第4話 『交錯』
「どういう事ですかっ!」
奄美は携帯に向けて声を荒げた。平日の昼休み、学校の屋上だった。初夏の陽射しは燦々と辺りを照らしている。辺りに誰もいない事は確認したが、聞かれてはならない電話という事を思い出して声の調子を静かなものにした。
「何故、私の討伐任務が事件として報じられているですっ」
足元には叩きつけられた様に広げられた週刊誌。ある意味オカルト扱いされている様な、かなり確度の低い情報を扱う雑誌だったが、そこにはとある殺人事件が記載されていた。事件現場の住所は先日、奄美が使徒を討伐したものと同様だった。
本来、聖堂騎士団の活動は入念に隠蔽される。場合によっては事件現場で火災を起こして丸ごと焼き払うと言う強引な手段すら用いる。騎士団には騎士とは別に従士隊と呼ばれる者達が存在し、主に後方支援と後始末を担っている。騎士が間に合わない場合には銃器などの通常装備で戦闘すら担う。
従士隊の兵科の一つ、事件現場の後始末を担う部隊は確実に任務をこなした筈だった。
『おちつけ、金城』
「これが落ち着いていられますかっ・・・・・説明してください、副長」
電話の相手は第三聖堂騎士フェテロッティのにして、聖堂騎士団次席を務める男だった。本来であれば叱責ものの口のきき方だったが、事が事だけに相手はそれに何も言わなかった。半ば計算で付け入る様に追求する。
「説明願います」
『・・・今回の件は明らかに後方支援の不始末だ』
「確か、あそこの管轄は第二聖堂騎士でしたね」
騎士は組織内で管理職の扱いである。奄美は職位のみで部下はついていないが、騎士の中には部隊を率いる立場の者も多い。
第二聖堂騎士、王力群は任務の証拠隠滅も含めた破壊・隠蔽工作に特化した部隊を率いていた。
騎士団内の人間関係は各々だが、王力群と奄美の仲は良好とは言い難かった。相性もあったが、組織に属する経緯も関係しているかもしれない。奄美は騎士団に入ってから戦い方を覚えた、所謂生え抜きだ。全体の人員の三割程を占めるキャリアだが、残りは外部からスカウトしてきた人材である。世界各国の軍兵士であったり、格闘家。闇社会の荒事に長けた者などの犯罪者まがいの者も適正が有れば騎士団は迎え入れていた。奄美の様な生え抜きは騎士になる為に組織に迎えられ、その為の教育を受けてきた。総じて志の高いエリートだが、一般社会で言うところの中途入社の彼らは戦場の空気に慣れきった者特有の虚無的な感受性を持っている者が多い。
第二聖堂騎士、王力群もその一人だった。中国の闇社会でその名を馳せた凶手(殺し屋)だったが、その刃が自らに向かう事を恐れた雇い主に疎まれて日本に逃れてきたらしい。拳法の達人で、手技のキレから過去は断頭手とも呼ばれていたらしい。
都市部における戦闘経験の豊富さと極限まで練り上げられた功夫から、聖堂騎士の中でも一、二を争う実力派として知られていた。王力群から戦闘の薫陶を受けた者も多い為に仲間も多い。
「・・・・まさか、王力群の仕業ですか」
『相変わらず君達は仲が悪いな。彼も気に入らないからと言って仲間を売る様な真似をしないだろ』
「どうだか分かりませんよ。あいつ、私の事をお嬢様のお飯事って馬鹿にしてるんです。私みたいな組織に育てられたタイプが気に入らないんだ」
『それを言うなら俺だって生え抜きだよ。俺は別に王力群とは普通だけどな』
「・・・女を馬鹿にしてるんですよ」
その言葉を口にするのはやや苦痛を伴った。心と体が一致しないギャップを一番嫌な形で認識させられるのがそういった時だからだ。
『とにかく、騎士長が外遊中は副長である俺が聖堂騎士の長だ。あいつにもお前にもな。だから、暫くは大人しく学生生活を送ってろ。奴は俺が押さえておく。学生は勉強が本分だろ』
「・・・・了解」
電話は切れた。副長を務めている第三聖堂騎士は信用のおける人物だ。第二聖堂騎士である王力群を差し置いて副長を務めているほどなのだから。人格も実力も折り紙つきである。だが・・・
ただ待っている事しか出来ないのが辛かった。自分はもう無力で何も出来ない存在じゃない筈なのに、今はどうしようもなく出来る事が何もなかった。
三週間ほどの月日がたったにも関わらず、進展は何一つなかった。ここ暫く出動を禁じられている奄美は自分心が焦れているのを感じた。
別に、ただ待っている訳ではない。任務と聖鎧布の着装を禁じられているだけなので、自分なりに事の次第を把握しようと現場付近に脚を運んでみたりしたが、どう考えても何者かが、恐らくは王力群が手をまわしたに違いないという事しか思い至らなかった。
「奄美ちゃん?」
自分の顔を覗きこむ様に姉、明日香の顔が現れる。昼時、学校の食堂だった。
「それしか食べなくていいの? いつも丼ぶり二杯は食べないとおなか一杯にならないのに」
奄美の目の前には平皿にのったカレーライスが湯気を立てている。学生の食堂らしくそれなりに量を伴うものだったが、女性にしては大喰らいな奄美としては足りない位だ。もっとも、体に肉付きが良いという訳ではない。むしろスレンダーな部類に入るだろう。騎士としての鍛錬と任務で体は極限まで鍛えこまれ、絞られているからだ。お蔭で奄美の躰の基礎代謝、消費カロリー量はかなり高い。年頃の女子なら卒倒ものの高カロリーな食事をとり続けても、油断していると体重が落ちてしまう。
姉やクラスメイトの女子に溢した事があったが、その時は何故か殴られた。割と本気で。
「・・・確かにちょっと足りないかな」
「そ、それで足りないんだ。食欲無いの? 大丈夫?」
「ちょっと夏バテかもね」
夏バテにカレーと言うのはどうなのだろうか。ともかく、体調不良ではないが食欲がないのは本当だった。任務が一般社会に露見した件について、世間はバラバラ事件だ、凶悪犯罪だと騒いでその火は日に日に大きくなっている様な気がしてならないし、所謂、“真犯人”である奄美としては気が気ではない。
まあ、ほぼ確実に警察が真実に辿りつく事は不可能だろう。何せ、自分は姿恰好が甲冑姿で事に臨んだ訳だし、現場に残っている足跡等もそれのもの。加えて、聖鎧布は自分達にとって最高機密だ。どんなことがあっても組織はその物的証拠を隠蔽しようとするだろう。
そういう意味では、警察の追及の手が奄美のところまで来ることは有り得ない。だが、この事態が恐らくは組織内部の人間によって引き起こされて事が心にしこりを残していた。
「あ、いたいた」
明日香がやおら立ち上がると食堂のカウンターでうろうろしている人物に向かって手を振った。人物、彼は姉に気が付くと丼が乗ったトレーを両手で支えながら歩いてくる。
「すまん、こんな時間かかるとは思わなかった・・・・て、あれ?」
初めて見る顔だった。いや、そうでもないか。時々、校内で一緒にいるのを見かける姉の友人だ。短く整えられた黒髪の下には白く肉の薄い細面が乗っていた。顔立ちはそれなりに整っていたが、中途半端に整っているせいかやや印象の薄い、茫洋とした雰囲気を出している。肌の白さがやや病的で、体の線も細い。半袖のワイシャツからのぞく腕もやはり細かった。自分よりも細いかもしれない。
ただ、妙に姿勢のいい奴だと思った。もしかしたら、習い事でもしているのかもしれない。
「・・・金城奄美、です」
一応、挨拶をしておくことにする。
「ん、ああ、槙原誠司だけど。て、金城?」
「ああ、その娘、私の双子の妹なのよ」
合いの手を挟む様に姉が捕捉を入れる。すると、槙原はやや驚く様な顔をした。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「そういや言ってなかったかもしれないぜ。俺達にとっては今更な事だし」
その声で初めてタケルが近くに座っている事に気が付いた。いつも自分に話しかけてきたり、やたらコミュニケーションを取ろうとしてくる彼だったが、姉の友人という以外にはどうでもいい存在なので、事を荒立てない程度に無難に対応している。
ああ、今更気が付いたのはそのせいかと納得した。
食事をしながら三人が仲良く話し込み始める。奄美は適当に相槌をうったり笑ったり。正直、年頃の少年少女の話題など興味の欠片も無かった。そもそも、体は女の子だが心は男の子の奄美としては女性らしく着飾る事にも執着は無かったが、流石に少女がスポーツ刈りでジャージ姿では体裁が悪いし、何より格好良くない。美しくない。
大よそ考えている事は吸血鬼の事、聖鎧布の運用で有ったり、剣の事だ。こう来たらこんな風に斬り返そう。あんな敵はこんな戦法に弱い筈だ云々。
「槙原君、今、面白い本探してるんだって、本好きの奄美ちゃんから一言アドバイス!」
その一言で奄美の意識が現実に復帰する。正直、殆ど話など聞いてなかった。記憶から単語をサルベージして会話を復元する。
「槙原君、本が好きなの?」
確かめる様に問うと、槙原誠司は恥ずかしそうに頷いた。何だ、恥ずかしい話題だったのか、食事時に。しかし、言葉には出さない。そう、本だ。読書は奄美にとって剣技を磨く事以外に唯一と言っていい趣味の一つだ。読書が趣味なんてありきたりと言う人間は多いかもしれないが、奄美から言わせてみればそれは違う。読書すらも趣味に出来ない人間は精々、異性を追いかけるかパチンコの玉を転がし続ける事くらいしか出来る人間ではない。そもそも、批判する人間に限って本など読みはしないのだ。
奄美が好む小説のジャンルはバイオレンスはサスペンスものだ。同じ年頃の少女であれば恋愛小説であったり、流行のネット小説の書籍に手を出すのだろうが、奄美に限っては有り得ない。
この頃で言うと、大沢在昌の新宿鮫シリーズを全巻読破したところだ。そう、大沢在昌は良い。この作家の作品に初めて出会ったのは三年程前、『天使の牙』を読んだ時だった。男勝りで武闘派の主人公が、犯罪に巻き込まれて見目麗しい美女の肉体に脳移植されてしまう話。中身と外見が一致しないという点が他人事とは思えず何度も読み返した覚えがある。
「さっきはタブレットで天使の・・・・何だっけ」
タケルが横から口を挟んだ。
「・・・『天使の牙』」
「大沢在昌!?」
思わず声が大きなものになるそれは奄美のバイブルの題名だった。
茜空のノスタルジーな光が家々を横から照らす中、奄美は上機嫌で帰路についた。住宅街を歩く足取りは軽く、今にもスキップし始めそうな程だ。
今日の収穫は何と言っても槙原誠司の存在だろう。話してみると、彼は随分と自分に近い趣味をしている事が分かったからだ。好きなものを同じように理解する存在が居る事は嬉しかった。あまり女性が好む類ではあり得ないが、其れゆえに女性の友人が極端に少ない。かといって男性とは話題が合うものの、彼らは奄美と友人となるとその内言い寄ってきて、やはり友人の関係は壊れてしまう訳だが、何となく槙原誠司は不用意に距離を狭めようとする短慮さは無い様な気がした。
久し振りに話の合う良い友人を得られそうだった。
進む道の先、逆光となった夕焼けの光が美しい。その光景に見入っていると、不意にそれを縦に割く影の姿。それは大柄な人影だった。
目を凝らして、その人物の容姿を認識した瞬間、奄美の機嫌は急降下する。知人の顔だったからだ。
「金城奄美」
年の頃は幾つだろうか。三十代半ば、二十代という事は無い筈だが、存外若そうでもあり、一方、その眼は老いた人食い虎の様な老成した雰囲気をもっても居た。伸ばした髪を後ろで纏めて、口元に煙草を咥えた姿は如何にも闇社会の住人と言った風体だったが、その身に纏っているのは十字教の黒い僧服だった。首元に垂らされた銀のロザリオが冗談のように輝く。
「・・・ウォン・リーチェン」
男、王力群は嫌悪感に満ちた奄美の眼差しを受けても眉ひとつ動かさない。薄い唇をあまり動かさずに告げた。
「貴様は現在、第二聖堂騎士として行動する事を禁じられている筈だ」
「・・・その通りだが、それがどうした。学校からの帰り道だが」
「ここは貴様の本来の通学路ではない」
王力群の口調は厳かと言っても良い様子だった。奄美は言葉を否定しない。事実、そこは本来の帰り道ではなかった。この先、まっすぐ行ったところに現状の謹慎に近い扱いを受ける原因となった一軒家が存在する。二週間ほど前までは警察の実況見分などであわただしかったが、今やそこは静かな場所だ。近隣の住民が不気味がって近寄らない事を覗けば、閑静な住宅街の空家に過ぎない。だが、奄美はここ数日帰りに通りかかる様な道を通っていた。
「貴様の行動は明確な騎士戒律違反だ。返答次第では審問会に処す」
騎士戒律、審問会。自分達が時には法を無視した活動を行うが故の存在だ。軍隊で言うところの軍規、軍事法廷に近い意味合いを持つ。
場合によっては死すら有りうる苛烈な法廷。しかし、奄美は鼻で嗤って否定した。
「耄碌したのか王力群? 騎士を審問会にかけるには事前に聖堂騎士半数以上の同意を得なければならない。騎士長の外遊について行ったものが六名、日本に残っているのは副長と貴様と私だけだから貴様が筋の通った屁理屈で私を弾劾しようとも、それはあくまで今次的な誹謗中傷であり文句だ。貴様が審問会を開く訳ではない。仮に簡易法廷で私を裁くにしても、副長が首を縦に振る訳がない」
「屁理屈はどちらだか」
王力群はつまらなさそうに、どうでもよさそうにそう言った。突き放した、どこか他人事の様なもの言いだった。この男はよくこういった話し方をする。言葉に血が通っていない様な、どこか機械の様な客観と隔絶を感じさせる。
「だが、これ以上先に進む事を許すわけにはいかんな。貴様が先日、吸血鬼を駆除した現場、旧間宮家は我々の現場保全地域だ。既に警察との裏取引でこちらに管理権限を移管されている。表向きは物件のクリーニングとしてな」
「・・・止むおえんな」
行く手の右手方向に問題の一軒家が見て取れる。今来た道を引き返したのではやや遠回りになってしまうが仕方がない。裏工作担当の王力群の行動を妨害したとあっては、それこそ、本当に審問会にかけられでもした時に不利な要素となりかねない。
言葉に従うのは癪だが、天邪鬼を起こしたところで意味は無い。踵を返したところで、遠くに数人の人影を見かけた。しかし、連れだって歩いていると言う雰囲気ではない。合計で4人だ。1人を3人が取り囲んでいる。といった風。
囲んでいる3人には見覚えがあった。王力群の部下達だ。勤め人の様なスーツ姿だったが、腕や肩の筋肉の張り具合から、見る人が見れば堅気では無い事が知れてしまうだろう。
「ああ、今回の情報漏えいに関しては外遊中の騎士長とも相談して調査委員会を設置する事をなった。今は現場に近づく不審な人影にそれとなく聞き取りしているところだな」
それとなく、と言った雰囲気ではない。しかし、奄美はそんな事に頓着しなかった。件の囲まれている人物、その顔に見覚えがあったからだ。
(あれは、槙原誠司)
困惑した表情で自分を取り囲む者達を見回している。周囲の3人は何処となく暴力的雰囲気を纏っている事が分かるのだろう。やや怯えている様でもあった。
1人が槙原誠司に向かって手を伸ばした。槙原は体を逸らせてその手を避けると、避けられた男の表情は怒りと苛立ちにそまる。
暴力沙汰に発展するのもの時間の問題に思われた。
奄美は軽く溜息をついた。彼らに向かってゆっくりと歩を進める。
「妨害は許さないと告げた筈だが?」
と王力群。奄美は舌打ちをしながら吐き捨てる様に言った。
「私は帰るだけだ。その帰り道に偶々、悪漢に囲まれている同級生に声をかけるだけ、それだけだ」
しかし、彼らの元に歩を進めようとしたその時、男の内の一人が既に拳を振り上げているところだった。槙原は咄嗟に手を掲げるが、その程度では男の拳は止まらない。ガードごと弾いて槙原の躰が後ろに吹き飛ばされる。男は追撃に踏みつけの一撃を見舞おうと足を振り上げる。
奄美は舌打ちをすると腰を落した。八極拳における寸打を足で放つ様に地面で蹴った。一瞬でトップスピードに乗りながら、蹴った脚から逃げてくる衝撃を丹田の部分にとどめる。
中国拳法から王力群の事を連想して嫌気がさしてくるのを抑えながら、未だに脚を振り上げたままの姿勢の男の胸元に掌底を当てると、砲弾の様に駆けてきた運動エネルギーと奄美の仲に蟠っていた衝撃が掌を通して解放。男はワイヤーにつられるように吹き飛ぶと、10メートルは転がって仰向けのまま気絶した。
ポカンとした様子の男達二人に向かって言った。
「さっさとそこに寝ている奴を連れて去れ。殺すぞ」
男たちは泡を食った様に慌ててその場を去った。槙原を見下ろすと、同じ様に呆けた顔で奄美を見上げている。目の前で手の平を振るとようやく現実に復帰した。
「え、あ、あれ、奄美さん?」
「怪我は無いかな?」
「え」
「怪我だよ。痛いところとか無い?」
奄美は屈んで男の拳を受けたであろう槙原の腕を取る。戦闘慣れした人間の拳を受けたのだ。下手したら骨がやられているかもしれない。しかし、彼の右手は腕刀部分の手首から肘にかけて僅かに赤くなっていたものの、さして重傷と言った風ではなかった。左手に至ってはかすり傷一つない。続いて、槙原を絶たせて、地面をうった背中、腰を触診する。「ちょ、ちょっとっ」と慌てる槙原を無視して診るが、痛めた様子は無かった。
狐につままれた様な心地になっていると逃げる様に槙原は身を翻した。
「いきなり何すんだよ!」
「あ、ああ、御免」
後ろを振り返れば、既に王力群の姿は無かった。
「・・・・」
「金城さん?」
「・・・ああ、何でもないさ。それより、どうして槙原君はこんなところに居たんだ?」
ああ、と一呼吸おいてから彼は答えた。週刊誌で例の事件の事を見かけて、何となく近くである事を思い出して通りかかってみる事にしたそうだ。
「あの人達、いきなり『ここで何をしているんだ』って、驚いたよ」
本当にただの野次馬であるらしい。どうやら、自分が襲われた原因が事件を野次馬したせいである事にも気がついてなさそうだった。
「・・・まあ、ここら辺は最近物騒だからね。気を付けた方がいいかもしれない」
「そうだね、明日からは普段通りに帰るよ・・・・それよりも、金城さんって凄く強いんだね」
先程の男に見舞った一撃の事を言っているらしい。奄美はどう誤魔化したものか迷った。他の男達についても、第五聖堂騎士の威光をかさに着て追い払ってしまったから、それも誤魔化さなければならない。
一瞬だけ迷って、以前から考えていたいざと言うときのカバーストーリーを展開する事にした。
「・・・実は私、中国拳法を嗜んでいてね。彼らはそこの門下生なのだけれど、私の方が早く入門しているから先輩なんだ。そういうところの礼儀には厳しい道場だから彼らも表向きは小娘の私に頭を下げざなくてはいけない」
「へ、へえ、そうなんだ」
「これはお願いなんだが、私の密かな趣味と言うか特技と言うか、周りには言わないでくれないか?」
「え、いや、別に構わないけど」
「なら、頼む。内緒にしておいてくれ」
内緒、の一言に槙原は頷いた。女性に内緒と言われて周囲に言いふらす事が出来る男はいない。男の心理を持ち、女性の立場であるからこそ実感できる事実の一つだ。
都合のいい時だけ女になりきる自分の性根を嫌悪した。
「槙原君、家はどこ?」
「え、千鳥町の、池上線のだけど・・・」
奄美の自宅とそう離れていなかった。色々と誤魔化す様に言葉を続ける。
「私は蓮沼だよ。途中まで一緒に帰ろう」