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第1話 『夢現』

 勇者が魔王を倒したらしい。

 槙原誠司は伝え聞いた噂を頭の中に反芻させながら、座ったまま胸に抱いた長槍の柄を撫でた。長さにして全長6メートル、刃の部分だけでも小剣程もある剛槍だ。

 レザーアーマーが擦れる音が耳に伝わる。ワックスで煮込んで硬化処理を施したそれも、もはや浴びた血にふやけ、酷使に傷んでいて鎧としての機能を保持している様には思えない。だが、誠司は気にした様子もなく、ふと何かに気が付いた様に顔をあげた。

「来たか」

 丘陵。なだらかな岩と土に覆われた辺りは霧で覆われている。普段は晴れていた筈だが、朝の冷え込む時間帯は霧が出る事も多い。そう、霧だ。誠司はその景色で朝が来たことに気が付いた。

 やがて霧の向こうからは無数の人影が現れた。しかし、どうにも距離感がおかしい。遠い筈なのに近い。否、人影たちは人と言うにはあまりに巨大だった。身長は5メートルはある。明らかに人ではなかった。獣の手足に雄牛の様な角、青白い肌を覆うのは傷つき、くすんだ板金鎧。

 異形の者達は誠司の姿を見て、人間には理解不可能な言語で何かしらを叫ぶ。

「フリゲアッ、ヒッヒンデルトゥ!?」

「魔王軍の残党、悪魔部隊か・・・面白い」

 のっそりと立ち上がると剛槍を天高く掲げ、腰を落す。丹田の前に置いた右手で石突きの辺りを支え、柄を握る左手を額の前に掲げる。腰を落として悪魔たちを睨む。これが構えだ。今までもこれで戦ってきたし、そうやって鍛えてきた。そもそもこの様に教わった。

 過去に思いを馳せる。高校二年生の夏、交通事故にあった。別に引かれそうになった子供助けたわけでも、暴走車に巻き込まれた訳でもない。こちらの信号無視と向こうのスピード違反が不幸にも重なっただけ。朦朧とする意識が闇に呑まれ、次に目が覚めた時には病院でも天国でもない場所で目を覚ました。

 そこは異世界だった。

「何度来ても同じ事だ」

 距離にして20メートル以上は離れていただろう。誠司の手に持つ槍であっても明らかに届かないと分かる。悪魔たちの人間に相似した貌からは余裕の色が見て取れる。

 しかし・・・・

 槍をゆっくりと、よく見ていないと分からない程の速度で倒す。地についた脚を撓め、腰を僅かに捻転、一歩進みつつ、槍が水平になると同時に更に踏み込んだ。

 すると、あら不思議。まるで魔法の様に距離は潰され、悪魔の巨大な顔を槍の穂先が貫いた。素早く槍を戻し、後ろに跳んで先程と同じ構えを取った。

 全てが瞬くよりも刹那に行われた。顔面を貫かれた悪魔が後ろに倒れ、周りの悪魔たちが初めて仲間が殺された事に気が付いてキョトンとした表情を見せる。やがて、仲間の死を認識してその顔が怒りに染まっていく。

「トドゥゲラッ、クォンタバサヨ!!」

 一人の悪魔が叫ぶと、彼らは一斉に武器を構えた。盾にブロードソード。そのどれもが大ぶりで凶悪な金属のギラつきを見せている。組織的に攻撃を仕掛けるべく隊列を組もうとするが、誠司は構わず槍を振るった。先程と同じように一人、また一人と急所を槍に貫かれて絶命していく。

 流れ着いた異世界は平和な日本で育った誠司にはあまりにも過酷だった。通じない言葉など些末な事。そこには人外が跳梁跋扈し、無秩序な暴力が吹き荒れる死の大地だったからだ。そもそも、高校では美術部で絵筆くらいしか握ってこなかったのだ。ここで生きる為に必要な全てはここで手に入れたものだ。少なくない人の手を借りて生き残り、紆余曲折あって傭兵に身をやつしながらも生き長らえた。金と雇い主次第で、人間だろうが、魔族だろうが戦ったが、戦う術と生きる道を与えてくれた傭兵団の仲間達だけは裏切らなかった。

 しかし、それも今やいない。

「ヘブライオリッ!?」

 気が付けば悪魔が最後の一人となっていた。多く居た仲間達がなすすべも無く惨殺されていく様子をまざまざと見せつけられた彼の顔には怒りと困惑、そして恐怖に彩られていた。

「ゴルフォッフッ・・・・ギッ」

 構わず喉に突きこみ、捩じる。人間であれば空気が入り込んで確実に絶命するところだが、悪魔の生命力は強靭だ。念を入れて、そのまま穂先で頸椎を砕いて首を刎ねる。僅かに繋がった皮にぶら下がって彼の頭部は逆さになった。その顔は苦痛と屈辱を孕み、無念の表情をつくっていた。

 どうと倒れる。

 戦果を気にした様子も無く、遺体に背をそむけると、自分が立ちふさがり、背後に守っていた存在に目を向ける。それは巨大な門だった。石造りの外壁に、本来であれば門を塞ぐ扉が有ったのであろうが、それは金具部分に煤のついた焼けた木片を残すのみだった。向こう側に城壁に守られた街並みが見える筈だが、しかし、それらも、門と同じように焼けていた。人など住んでいないだろう。

 死の街。さながらネクロポリスといったところか。

 無感動にその街並みを眺め、呟いた。

「今度は誰も通さない。俺は守り続ける」

 五年か、十年か、あるいはもっとか。気が遠くなる程の時間を今日と同じように門を守って過ごした。ここは墓標だ。仲間と共に最後に戦い、その全てが戦いに倒れた地。

「・・・・・」

 これがいつまで続くのだろうか。心も体も疲弊する事を忘れて久しいが、純然たる疑問としてそれは残る。しかし、自分にはここ以外に何もないのだ。自分を知る人間など。悪魔達の総元締めである魔王と呼ばれる存在に、勇者と呼ばれる人間の超戦士が徒党を組んで戦いを挑んだ噂についても興味が沸かなかった。この世界には、もうここ以外に自分が守りたい場所など無い。

 あるいは、元いた世界の日本であれば、そう言ったものは見つかったのだろうか。

 空を見上げる。日が昇り、霧が晴れ始めていた。白い霧に覆われた空はやがて燦然と輝く太陽に照らされ、同時に誠司の意識も白んでいく。




 気が付けば横になって眠っていた。

(しまった!)

 心に焦りが浮かぶ。普段から、寝起きは城門で済ませていたが、それでも壁にもたれかかったり槍に身を預けたり。いつでも戦えるような体勢を取りながらの休息だったし、眠りも浅く敵の接近にも敏感に対処出来ていた。しかし、今回のは何時になく深い眠りだった。警戒など覚束ない事は明らかだ。

 瞼を開く。強い光が網膜を焼いて何も映さない。咄嗟に槍を探そうと手を動かそうとするが、上手く動かなかった。

(まさか、捕えられたか!?)

 次第に辺りの色を捉えられるようになった。無意識に槍を探していた手に目をやり、愕然とする。

(俺の手・・・・か?)

「・・・・細い」

 掠れた声が響く。まるで病人のように白く、細かった。

「・・・・槙原さん?」

 訝しげな声が誠司の耳に届く。声の主を探せば、二人組の人影。黒髪に色白の若い女性が自分の顔を覗きこんでいた。傍らに立つ初老の女性が驚愕に目を剥いている。

「▽◎×#@あhsどいh?」

 世界を渡って以来覚えた言葉で『誰だ?』と呟くが、女性が理解した様子はない。しかし、彼女は頓着する事無く傍らに立つ女性に指示を出した。

「大至急、大原先生に連絡して! 後、ご家族にも・・・・・ずっと植物状態だった槙原誠司さんが目を覚まされたって!!」

 女性は白衣を纏い、日本語でそう叫んでいた。


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