第七幕
ティンクは道場に着いた。
そこは今日も覇気のある声や、ミットを打ちつける音や、軽やかなフットワークの鈍い音で充満していた。
ここはリンが指南を担っている(リンだけが指南役というわけではない)総合格闘技の道場である。
「リン~」
ティンクは、なにか困ったことがあったときや悩んでいるときなどは、ここに来ている。ここのリン――同じ高校を卒業し、共に冒険に出た友達――に慰めてもらったり、アドバイスを貰ったり……親に叱られて祖母のところへと逃げていく孫のように、ティンクはリンに会いにくるのだ。
「あ、ティンクちゃんお久~」
リンの指南を受けている女子が、ティンクにそう声をかけた。まだ未成年の子だが、ティンクよりも年上であるように見える。いやそれはもちろん、ティンクの容姿のほうに問題があるのだが。
「るーたん久しぶり~。リンはどこー?」
「あー、今日リン先生はお休みだよ」
「えっ、なんでなんでー?」
「さぁ、理由教えてくれなかった」
それだけ言うと、その女子はまた練習に戻っていった。天井からつるされた黒い筒状のものを、目にも留まらぬ速さで回り蹴る。片足を軸にして回り、そこから一瞬だけ両足を床から離して、軸と反対側の足で蹴るのだ。テコンドーで言うところのタンチャギというものだったか。タンチャギとやらを繰り出した直後に、その足が地に着く前にもう片方の足を繰り出す。
ティンクはその練習を気にすることもなく、道場を後にした。彼女にとって、リンのいない道場は、ただの暑苦しいサウナなのである。
「マゼンダ怒ってるだろうなー。ほんとにわたしじゃないのに」
テンミリ探偵事務所に着くと、案の定マゼンダはかんかんに怒っていた。激怒していた。まだ白い皿を大事そうに、まるで証拠品を扱うように持っている。いや、証拠品だとしたら、素手で持ってしまっていてはいけないのだが。
「お、か、え、り。ティンク」
マゼンダは全速力でダッシュしたあとのように息を切らせている。
「いくらリンが庇ってもねぇ、あんたが犯人だってことは分かって――」
「リン、いなかった」
「あら、そうなの」
鎌のように持っていた皿を、マゼンダは下ろす。
「リン、理由を言わずに道場休んだんだって」
「なにっ!?」
ふいにブロントがソファーから飛び起きた。布団代わりのコートが舞い落ちる。
「ふむふむ。事件の香りがグッドテイストなんじゃないか?」
「最近のリンに、なにか変わったところはあった?」
マゼンダがティンクに訊く。探偵らしい顔になってきた。
「ううん。最近は会ってなかったの」
ティンクが答える。薄緑の髪が、一層薄くなっているようだ。
「よし! ブルースんとこ行ってくる!」
ブロントがそう言って探偵事務所を出ていった。
「なるほど。リンの夫なら、リンについて知っているでしょうね」
籠の黒猫が、また安眠を妨害されたとでも言うように、じとっとした視線を送っていた。
それを無視して、マゼンダとティンクが、また喧嘩を始めた。主にシュークリームについて。