第五幕
テミは広間にいた。円形に並んだA棟からF棟までのビルに囲まれた空間のことである。
ベンチに腰掛け、自分よりも遙かに高いビルを眺めていた。「はあ」という溜息もひとつ。
広間には芝生が生えている。だが別段、芝生が珍しいということはない。芝生の生えている部屋は少なからずある。テミは、人工の芝生を、力なく蹴った。
「この草も、あの木も、ぜんぶぜんぶ偽物の命……」
テミを囲う六棟のビルが、無機質に、規則正しく佇んでいた。テミのいる空間は、高度が低いからといって、空気が濃くなっているというわけではない。どれほど高いところでも、ビルの中であれば、完璧な空気調整によって濃度は一律に保たれている。木が葉をゆさゆさ揺らしていた。だが、ここに風はない。それも人工的なものだった。
なにもかも、人工的な、計算しつくされた空間。六十度ずつのズレを意図的に作り、円形に並べられたビル。それらのビルに囲まれた、閉鎖的な広間。閉じた世界。
「うわぁぁぁ!」
テミの上空から、ふいにそんな叫び声が響いた。慌てることなく、テミは声のほうを見上げる。これも人工のものなのだろうか、とでも言うように。
人が落下していた。
「また自殺……馬鹿な人たち」
テミはそう呟く。ベンチに腰を下ろしたまま、何もせずにただ、落ちてくる人を眺める。
その人は、地を背中にして落ちてきていた。自殺するつもりで落下したのなら、背は空を向いていそうなものだが。どうせ、ビルが高いから落下途中で向きが変わっただけに過ぎないのかもしれないが。
そして人は地についた。
「……」
反重力装置。ビル周辺のいたるところに埋め込まれている機械だ。ある一定以上の速度で地面に落下してくる物体があれば、その物体にマイナスの圧力をかけ、衝撃を緩和し、物体の破損を防ぐ装置だ。
その人は、丈夫にも気絶していなかった。「うぅ」とうめき声を漏らしながらも、起き上がる。
「あ、ジルバさん」
その人は、さきほどまで窓拭きをしていたジルバだった。
テミはベンチから腰を上げる。スカートに皺ができていた。