第四幕
黒猫がドアを引っ掻いていた。
ここはD棟の、九一一号室である。職場であるこの部屋は、一般の部屋よりも大きい。
ドアには『テンミリ探偵事務所』とカラフルなペンキで書かれた板が打ち付けられている。
猫が人を呼ぶように鳴く。猫の目は、赤と青のオッドアイになっていた。
そうしているとドアが開いた。「いらっしゃいませー!」という妙に透き通った声とともに。
「なんだ……クロウじゃない」
黒猫を見ると、彼女の声は毒を盛ったようなものになった。自分の赤いツインテールを手で払う。
「全く……猫の姿でドアノブに手が届かないのなら、一旦人間に戻るなりしてよね。こっちは事件抱えて忙しいんだから」
黒猫は行儀よくお座りしている。エサでも欲しているようだ。
「ちょっと、何か言いなさいよね。って、猫は言葉話せないか……」
ばたん。赤い髪の女、マゼンダは、黒猫を中に入れることなくドアを閉めた。目の前でドアを勢いよく閉められたのと、なぜか中に入れてもらえなかったという両方が驚きとなって、猫の毛が逆立つ。尻尾がぴん、と立っていた。
黒猫を紫色の光が取り巻く。次の瞬間にはテミに「お兄様」と呼ばれていた、灰色の髪をした男になっていた。
「おい! マゼンダ!」
彼はドアを叩く。
「開けてくれ! 俺が悪かったから!」
男らしい声色だった。格別低いというわけではないが、低くないというわけでもない声だ。
右眼は赤く、左眼は青い。感情が眼にでる性格のようで、ふたつの瞳は色は違えど、同じように細くなっていた。まるで猫の眼のように。
「猫は気ままで、悩みなんてどうでもよくなれるんだ。一種の麻薬さ。癖になる。いや、だからどうというわけではないが、俺が悪かった! どうかドアを開けてくれ」
とうに乾いているペンキを、灰色髪の男クロウは叩く。懇願を込めているようだ。オッドアイが浅く光る。
「……鍵、閉めてないんだけど」
クロウは黒猫に変化した。