第二幕
銅で出来た剣を握っていた。柄のほうではなく、鋭い刃のほうを。それは意外にも痛くはなかった。ただ紅い血が、蛇のように剣に巻きつくばかりである。
頭を弓で挟まれていた。端から見てそれは滑稽な様だったが、しだいに弦は首を絞めつけていった。深く、深く。
足元では毛虫が蠢いている。両足はすでに腫れ、潰れ、腐っていっていた。
毛虫はだんだん増えていく。山積みに、毛虫が胴体へと顔へと近づいていく。毛虫の山。人を軸とした、毛虫の山。
毛虫が顔に到達するまえに、目の前に青年が現れた。青い髪だ。すらっとした顔立ちと、それに見合った鋭い目つき。青年はまさに今、毛虫の山に埋もれている人の頭に、弓矢を向けていた。
すぐに気付いた。その青年は――昔の自分だ。
青年が矢を放った。
「はっ!」
ブルースは飛び起きた。何か悪い夢でも見ていたようで、体中感じのよくない汗をかいている。けたたまましく目覚まし時計が笑っていた。まるで壊れたテープレコーダーのように、けたけたと。
「ブルース?」
リンが、布団から顔を出して、上半身を起こしたブルースを見つめる。
笑いつかれたのか、時計は静かになった。朝の六時半だ。
「どうせ夢だ……」
そう小さく呟いて、ブルースはまたベッドに上半身を倒した。布団の中で、なにも身に着けていないリンを抱きしめる。
「うち、もう道場へ行かな」
そう冷たくも温かくもない口調で、リンは言った。パーマのかかった黒髪が、白い布団から覗かせている。いともたやすく、リンはブルースの腕をすり抜ける。
リンはC棟の一階にある道場で、総合格闘技を指南している。冒険から帰ってきてから、親の意志を受け継いだのだ。
ブルースはというと、作家をしている。冒険から帰ってきて、その経験をもとにした小説を、いくつも手がけているのだ。
リンが服を着ている間、ブルースは夢のことを考えていた。銅の剣と、首に食い込んでいく弓と、毛虫の山。それと過去の――冒険をしていたころの――自分。恐ろしい夢だ。自分が自分に向かって、まるで敵を射抜くように……。
「んじゃ、いってくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
清楚なチャイナドレスを身にまとい、リンはふたりの家を出ていく。
ブルースはシャワールームへと向かった。
またけたけたと時計が嘲笑しだした。アラーム設定をまだオフにしていなかったのだ。
ブルースは無視して、ドアノブに手をかけた。