第一一幕
テミは空を見上げていた。空気調節器の範囲外、ビルの屋上からである。
空の躍動あふれる流れに、テミは完全に心を奪われていた。今にも、空に浮かび上がってしまいそうである。舞い上がってしまいそうである。
「おいおい。風に飛ばされるなよ」
ジルバはそう快活に言った。開放されたこの空間にいることで、自然とジルバも上機嫌になっているようだ。
「すごいです。ジルバさん、こんな空気を感じて仕事していらしたのですね」
「ははっ。低賃金だけどな」
ここでなら、首を痛めることなく空を眺めることができる。飄々と、雲が走っていた。
「みんなを、ここに連れてきてあげたいです」
「うん?」
テミがそっと呟いた。聞こえなかったのか、ジルバは聞き返す。強い風が吹いた。テミの金髪が勢いよく靡く。
「みんな、もやもやとしたわだかまりの中で生きているんです。ビルの中で生活用品は全て揃いますし、ビルの中でスポーツだってできます。ビルから出ることなんて、選挙のとき役所へ投票しに行くくらいで、その演説とかだって、全部ネット中継ですし……」
「リン」
ジルバが言う。相談ならなんでも来い! とでも言うような先輩の風格を装って。
「ここに来る途中、リンを見かけたろ。保育室をガラス越しに、うっとりした表情で眺めていた。俺はあれを、そうネガティブなものには見えなかったけどな。むしろ、希望溢れていた」
風が舞う。屋上ならではの感覚。
「……ジルバさん。うちの事務所で働きませんか?」
テミはそんな言葉を、風に載せた。便箋のように、その言葉はジルバに届く。
「いいや。遠慮しとくよ」
風はテミの髪だけでなく、ジルバのぼさぼさ頭も掻き乱す。
「俺は――このビルの清掃員だから」