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第一〇幕
この店のドアが開くと、それに付いている鈴が鳴る。乾いた音が店内に響いた。
「いらっしゃい」
ミドリは反射的にそう言う。カウンターに肘をついて、接客にしてはいささか不真面目である。
「おや……キミ」
朝の9時からバーにきた客は、ミドリと同世代の黒髪女性だった。黒髪といっては語弊が生まれてしまうような、艶やかな、光沢のある黒髪である。それが足元にまで伸びていた。端麗な顔は、雪よりも白い。
「カシス・オレンジ」
「はいよ」
大型のグラスに深紅のリキュールと氷を入れる。そこにまた、オレンジジュースを入れて、少しだけステアをしたら、カシス・オレンジの出来上がりだ。
「お待たせ……朝凪さん」
「ありがとう」
その客は、自分の名前を言い当てられたことに驚かなかった。初めての客であるはずなのに、この反応は不思議だと、ミドリは笑う。そしてまた相手の心を見た。
「初めて、だよね。カクテル」
「うん」
「この店、値段高いから飲みすぎは気をつけてね」
「うん」
他に客はいなかった。