第〇幕
「あぁぁぁ!」
そんな叫び声が壁を跳ね回った。
女は、目の前の惨事を否定するように、現実に目を背けるように首をふる。女の赤いツインテールが余裕なく揺れる。
「どうしたどうしたっ!?」
どたどたとした足音と、がさがさとした服の擦れる音が近づく。
自動で開く扉から、焦げ茶色のコートを身に着けた金髪の男が飛び出てきた。声の溌剌さとは相反して、眠たそうな顔をしている。
「マゼンダ……どうした」
わなわなと女の肩が震えている。金髪の男は、あまり気遣いのなさそうな声で、その肩に手を置いた。
「ブロント……あ、あれ……」
肩が揺れているせいなのかどうかは分からないが、指も狂ったコンパスの針のように震えていた。その指が、焦点をぶらしながらもそれを差す。
そこには一枚の皿があった。銀色の机の上に、ぽつんとあった。
「あたしの……シュークリームが――」
蒼白な顔を隠さずに、赤い髪の女マゼンダが言う。
「――あたしの作ったおやつがない!」
金切り声をあげてマゼンダが叫ぶ。いちいち壁がそれを跳ね返した。マゼンダの瞳からは、うっすらと涙が溜まっていた。
「おやつがない……だ、と?」
ブロントがはっとした表情で驚く。そして、その表情を笑みにかえ、ブロントはいつもの台詞を壁に放つのであった。
「事件の香りがグッドテイストだぜ!」
こうして、十月二十八日は始まった。