おじさん
「おい、そこのお嬢さん。」
「は、はい!!!!!」
渋い声が私を呼んだらしい。
私は背筋をしゃきっと伸ばしてリュックを掴んでいる手に力を入れた。
「ささささっき野良猫がこのお店に入っていったようなんですが……」
360度ぐるりと回りながら少し声を張って言った。
どこに声の主がいるのかわからないのだ。
心臓の音がバクバクとうるさい。さっき上ずった声が出てしまったせいだ。絶対そうだ。
用は無いが猫が気になってこの店に入ったと店員さんに言ったら怒られてしまうやばい怖いなんて全く考えてない。なんで店内に入る前にそんな簡単な事考えられなかったんだろう私は馬鹿だとか思ってすらない。このドキドキは声が上ずって恥ずかしかっただけ、そうそれだけ。
「あ?野良猫?かおりのことか。あいつは野良じゃねえよ、うちの猫だ。」
そう言いながらたったったったと一定のリズムを刻んで声の主は現れた。
左奥に階段があったようだ。
渋い声から予想していたがやはりおじさんだった。
50代だと思う。白髪が多いが染める気は無いらしい。黒髪と混じって灰色になっている。
黒縁の厚いレンズの眼鏡の奥の目は少し釣り上がっていて威圧感がある。
Tシャツにジャケットを羽織り、ジーパンを穿いていて腰には美容師がよく持っている道具セットが入ったバックを身に着けていた。
「そうなんですかあ。へぇー。」
笑みを顔に貼り付けて言った。
私ちゃんと笑えてるかな、さっきから口角がひくひくして辛い。
おじさんは舐めるように私を下から上まで見て
手を顎に添えた。眉間にしわが出来ている。
「……。お嬢さん何しにきたんだ?」