第一章 始まり
「なあ」
小野春はグラスに入った氷をストローで弄りながら目の前に座る自身の彼女、佐野飛鳥に呼びかけた。
「何、春君」
「お前さ」
「うん」
「俺がいなくなったら、どうする?」
突然の問いに佐野飛鳥は言葉を失った。全く予想もしなかった質問だったからだ。
「どうって・・・」
(そんな事急に聞かれても)
と、困るのに無理はない。
佐野飛鳥と小野春は付き合い始めて今日で四ヶ月が経つが、今まで長期間会わなかったことがない。最長でも一週間といったところだ。そんな環境であるから佐野飛鳥はこんなこと一度も考えたことがなかった。寧ろいて当たり前という感情が彼女の中にあった。
(どうなんだろう・・・)
「泣く、だろうな」
考えた結論だった。
「泣いて、泣いて、泣きまくって死にたいくらい悲しくなる」
大好きだからこそ、とは言わなかった。
「そうか」
その答えを聞いて小野春は微笑した。
「急にどうしたの?」
先程から抱いていた訝しい気持ちを佐野飛鳥はぶつけた。
「別に。ただちょっと気になっただけ」
「そっか」
何となく二人の間に沈黙が流れる。暫くしてその沈黙を佐野飛鳥が破った。
「逆にどうなの?」
「何が?」
「その、私がいなくなったら・・・」
うーん、と小野春は考えた。
「多分」
多分?と佐野飛鳥は聞く。
「世界が恐ろしい程憎くなる」
「そっか」
そしてまた沈黙が出来たが、それはほんの僅かな間だった。
「お前、泣いてない?」
目の前に座る佐野飛鳥を見て小野春は驚いた。佐野飛鳥の瞳には涙が溜まっていた。
「そういう春君だって。涙目じゃん」
溢れる涙を抑えながら佐野飛鳥は言った。
「そんなことないって」
「ううん、春君も泣いてる」
「お前程ではないだろ」
二人は見つめあった。そして二人同時に
「ふふっ」
「へへっ」
と笑いあった。