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四話

 長い沈黙が続く。


 永琳の説明もあって、輝夜が死ぬ理由こそ理解は出来た。……だが、それだけだった。


 出来事が理解出来ても、これからどうするかなど、決まっていない部分も多い。私が物を言える立場ではないことはわかっているものの、このままでも駄目だと、焦燥感に似た何かが私を埋め尽くす。


 堪らず、湯飲みを手に取った。

 お茶は澄んだ緑色をしているのだろうが、湯飲みの底には光が届かず、暗褐色に見えて少し気持ちが悪い。それでも、口に含んでみれば爽やかな香りが鼻に抜けて、少しばかり気を落ち着けることが出来た。

 気は落ち着いたものの、やはり何かを言える状況ではない。私に限らず、卓を囲う誰しもがこの現状は打破したいのだろう。ただ、皆が紡ぐこの沈黙を打ち破るのは、気が進まないに違いない。私も何かを言おうと考えてはみるものの何も浮かばず、結局は押し黙ることに落ち着くことしか出来なかった。




 やりきれない沈黙の中、どれくらい時間が経っただろう。“今からもこの沈黙が続くのか”と思った時に、背の高い兎が唐突に、震えだした。寒くて震えるとか、感情による震えだとか、そんな程度ではない。正しく言葉通りがたがたといった様子で、腕や足だけといわず身体全体が震えている。それに顔色は真っ青で、冷や汗も酷い。医学に疎い私が見ても、明らかに“正常”ではない。

 様子を見ようと慌てて立ち上がろうとすれば、もう片方の兎が手を翳して、私の動きを制した。同時に、立とうとしていた慧音も中途半端な体制で止まることになり、その格好のまま、震え続ける兎を見る。

 小さい兎は翳していた手を降ろすと、おもむろに震える兎に近付く。そして首元に手を回し、静かに抱き締めた。それに応えるように、震える兎も手を伸ばし、小さな兎の背中にしがみつく。心なしか、震えも収まったかのように見えた。


 ……ただ、気掛かりな部分もある。

 震える兎もそうだが、それを抱き締める兎にしても、あまりに血色が悪い。さっきまでは俯いていたこともあってわからなかったが、改めて見れば顔面は蒼白であり、あまりに不自然なそれはどこか人形を思わせて、気持ちが悪い。

 少しの間、二人の兎は抱擁を続けた。その内に段々と震えは落ち着いたようで、そして抱擁を続けたまま、二人の兎はその場に倒れ込んだ。

 どさりと、二人が床にぶつかる音が響く。刹那、まるで思い出したかのように、慧音が兎に向かって動きだした。それにつられるかのように、私も足を動かす。

 駆け寄ってみれば、倒れた兎の表情は微笑を浮かべたままであり、まるで血がなくなってしまったかのように真っ白であった。それは、輝夜のそれと全く同じに見えて、嫌でも死を連想させる。



「……死んでいる」


 脈を取っていた慧音が、そう呟いた。二人の首元に順に手を当てていたことから、恐らく二人とも、ということになるのだろう。


「…………やっぱり、毒を飲んでいたのね」


「永琳! 何故こいつらまで死ぬ必要が」


「私も、鈴仙とてゐには、二人で暮らしなさいと伝えたわ。この屋敷を使っても良いし、里に下りても良い、と」



 静かに語る永琳を見て、愕然とした。

 ……震えているのだ。先程の兎と同じく、身体全体を細かく揺らしながら、顔面はあまりに蒼白だった。


「でも、あの子たちは、私たちがいない生活は考えられないと。師匠が死ぬなら私もと、言ってくれたわ。鈴仙は少しだけど薬が扱えるから、毒薬も作れるはず」


 そう言いながら微笑む永琳だが、眼は誰も捕らえていない。二つの眼球は違う方を向き、どちらの先にも、焦点となりそうな物は、ない。その瞳からは輝きも失せていて、そこに何も映っていないことは、容易に想像出来た。


 慧音が、立ち上がった。

 唇を真一文字に結び、視線はどこまでも鋭い。顔色も優れず、足下はどこかふらついているようにさえ見えるが、余所見をすることもなく永琳へと歩み寄る。

 そして慧音は永琳の傍らに跪くようにして、震え続ける肩を両手でつかむ。そして、僅かばかり間を置いてから、静かに永琳を抱き寄せた。



 ……輝夜が死んだ。それは、理解出来た。兎たちは、目の前で息を引き取った。そして、永琳もまた、風前の灯火。あまり時を待たずしても、その内に、死ぬ。



「お前らは……」


 話す気など更々無かったにも関わらす、口が勝手に動き、声を出していた。


「死ねば全て許されるとでも思っているのか!」


 私の意思とは関係なく吐き出される声。それに驚いたのか、慧音は少しだけ目を見開いて、こちらに視線を向ける。


「今まで好き勝手に散々私を弄んで! お前らだけで勝手に話を進めて! それで何だ、戯事が上手くいかなかったからって全部私の所為に」


「妹紅! 静かにしてくれないか」


「何だよ慧音! 私はそいつが薬を作った所為で蓬莱人に」


「五月蠅い! 黙れ!」



 一喝だった。慧音の鬼気迫る剣幕に圧され、思わず後退りをしてしまう。だが、壁に阻まれて下がることも出来なくなり、私はそのままへたりと座り込んだ。


「……あの子たちは、強かった。死ぬ時も、何も、言わなかった」


「……」


「…………怖いの。死ぬ……死ぬなんて、私が、私が。信じられない。寒い、……怖い。…………死にたくない」


 永琳は慧音の服を強く皺になる程握り締め、そして最後に「姫様」と呟いた。それと共に震えは止まり、瞳から流れていた涙は流れ切った。そして、しっかりと握り締めているはずの手が、慧音の背からずるりと落ちる。



 …………逃げ出したかった。

 こんな、考えもしなかった出来事から。あからさまにおかしい、この非日常から。私だけが置いていかれた、この世界から。


 慧音は未だ永琳を抱き締めている。

 私は、慧音に否定された。黙れと。五月蠅いと。慧音は私の訴えを退け、永琳を庇った。

 ……慧音を信用していた。私の力になってくれると、そう信じていた。私の言うことなら何でも聞いてくれると思っていた。だが慧音は真っ向から、それを否定した。

 ……慧音は私に背を向けている為、表情を窺うことすら出来ない。


 何故だろう。

 私が輝夜を殺したから現在があるというのに、何故現在に、私はいないのだろう。私がいないのに、何故時間が進んでいるのだろう。


 様々な思考が錯乱する中でふと、思い付いた。

 だが、これを伝えれば慧音は激昂するだろうし、私自身としても、これはしてはならないことだと思う。

 ……だとしても。ここから逃げ出したい私は、それを尋ねずにはいられなかった。




「……なぁ、慧音。今夜は満月だろう」


「断る」



 またも、一言だけで言い切られた。その言葉は私の予想した通りではあったが、落胆している自分がいた。


 ……慧音が歴史に干渉しないことは、知っていた。その能力故に、自らの理性でそれを封じていることを。私利私欲の為には、絶対に使わないことも。

 それに甘えようとした私は最低だ。己の罪を省みずに、歴史を改変しようなどと。全てが消えてしまえば良いなどと。

 最低だという認識はあるにも関わらず、未だに私の本能は現実から逃げ出そうと必死にもがいている。

 言訳も屁理屈も、掃いて捨てる程思い浮かぶ。しかし、そのいずれにしても、我侭な子供が駄々を捏ねていることと大差はなく、自問自答の末、下らないと切り捨てる。


 …………自分が、滑稽だと感じた。




 気付けば、慧音は永琳から離れていた。私と面と向かうように正座をし、私を見据え、そして口を開く。


「自分のしたことが、理解出来たか」


 質問の意図もわからない。だが、理解をする以前に、何が起こったのかすら、正確には把握できていない。私はおもむろに首を横に振る。

 それを見てか、慧音はすっくと立ち上がると私を一瞥して襖を開けた。


「どこに、行くんだ」


「もしかしたら、博麗の巫女と連絡がつくかもしれない。永遠亭の面々が死んだことは十分な“異変”だろう。後のことを考えれば、私では手に負えない」


 慧音は敷居を跨ぐと、振り向きもせずに襖を閉める。しかし、襖は閉まり切る前に動きを止めて、向こう側から少しばかりくぐもった慧音の声が響いた。


「妹紅は、死体が盗まれないように、番をしていてくれ。それと……」


 須臾の、空白。


「さっきの答えがわからないようなら、お前は下等な妖怪とさして変わらんな」


 ぴしゃりと音を立てて襖が閉められた。



 部屋を見渡せば、見知った顔の死体が四つ。あれだけの最期だったにも関わらず皆が安らかな表情を浮かべており、それらが死んでいるとはいささか信じられない。

 だが、微塵にも音を立てる者はおらず、ただただ部屋に響く私の呼吸の音だけが、生者が一人のみであることを表していた。


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