封じられていた能力
町の外は、すでに夜の気配に包まれていた。
森の奥からは、低く唸るような気配が滲み出している。
ライアンは息を整えながら、その場に立ち尽くしていた。
(……いる)
理由は分からない。
だが、“分かる”。
森の奥、いくつもの気配。
獣のような単純なものもあれば、粘つくような悪意を帯びたものもある。
(これが……魔物か)
見えないはずのものが、まるで地図のように頭の中に広がる。
距離、数、動き。
すべてが流れ込んでくる。
――精神感知。
その言葉が、ふと浮かんだ。
「……なんで、そんな言葉を知っている?」
呟いた瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走った。
次の瞬間――
記憶が蘇った。
***
まだ3歳くらいの頃の頼安には見えてはいけないものが見えていた。
人の肩にしがみつく黒い影。
病人の患部に群がる、虫のような何か。
(あれは……なんだ?)
思わず手を伸ばした。
「何をしているの?」
「おばあちゃんの胸の上に黒い虫がいるの」
「そんな虫はいないわよ」
「いるよ。ほらそこ」
周囲の大人たちは怪訝な目で頼安を見た。
「やめなさい、気味が悪い」
「そんなもの、見えるわけがないだろう」
誰にも理解されなかった。
やがて6歳を過ぎた頃、それらは、突然見えなくなった。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
次に思い出したのは大学生になった自分だ。
部室の机の上に並べられたカードには星印や四角や十字のマークが書いてあった。
それを見ないで何のマークか当てようとしていた。
ゼナー・カード。
ESP(超感覚的知覚)を実験するためのカードだ。
「人間の可能性はまだ解明されていない」
「意識が現実に影響を与えることはあり得る」
そんなことを超能力研究会という大学のサークルで仲間たちと語りあっていた。
真剣だった。
遊びではなかった。
だが、何も起こらなかった。
ゼナー・カードで記号を確率の範囲を超えて当てることはできなかった。
スプーンは曲がらなかった。
おはじきを思念で動かすこともできなかった。
――そして、最後のあの瞬間。
古びた神社が火に包まれていた。
頼安は御神体を救うために火炎の中に飛び込んだ。
躊躇はなかった。
熱風が頬を焦がし、喉を焼いた。
視界は赤に染まった。
本殿の奥にあった小さな勾玉。
手を伸ばして触れた瞬間――天井が崩れた。
そして、自分も勾玉も焼け落ちた。
奇跡は起きなかった。
気がつくと、そこは“どこでもない場所”だった。
「……死んだのか」
不思議と、恐怖はなかった。
その時、声がした。
『見ていたぞそなたの生は、誠実であった』
神の声だった。
「そのお言葉だけで十分です」
本当にそれだけでよかった。
だが、声は続いた。
『お前に報いを与えよう。新たな生だ』
「……生まれ変わり、ですか」
『ただの転生ではない』
そこで神は一呼吸おいた。
『力が欲しいか』
直観的にその意味が分かった。
「はい」
その瞬間、何かが流れ込んできた。
【念動力】【精神感知】
頼安は理解した。それは自分が求めていたものだと。
『だが――』
神の声は厳しさを帯びた。
『幼き者がそれを使うのは危うい。ゆえに15歳まで封じる』
――そこで、記憶は途切れた。
***
ライアンはあたりを見回した。
町外れの暗い森の入口にいた。
「……俺は……」
自分の手を見つめた。
震えていた。
だが、それは恐怖からではない。武者震いのようなものだった。
「頼安……だったのか……」
胸の奥に奇妙な静けさがあった。
そして納得していた。
すべての答えがあった。
(十五歳まで、封じられていた……だから――今、目覚めたのか)
精神感知も。
念動力も。
そして前世の記憶も。
ライアンは、心を澄ませた。
森の奥で、魔物が動いていて、その一つ一つが手に取るように分かる。
もはや恐怖はない。
静かな確信だけがあった。
「……なら」
ライアンは、拳を握るとゆっくりと顔を上げた。
「この力で、生きる」
ライアンは、盗賊たちのことを思い出した。
(あの盗賊連中が待ち構えていたら町には戻れない。どうしているのだろうか)
夜は、すでに深まっていた。
闇は濃く、わずかな月明かりすら飲み込んでいる。
ライアンは目を閉じた。
町の方へ意識を広げるとまるで水面に波紋が広がるように、感覚が外へ外へと伸びていく。
(……いた)
町から離れた森の縁に近い場所に、さきほどの男たちの気配があった。
『……ちっ、逃げられたか』
『ガキのくせに、妙な術を使いやがって』
『まあいい。深追いはやめだ。町で騒ぎになった。衛兵が動くだろうから、アジトに引き上げるぞ』
はっきりと彼らの意識が流れ込んでくる。
彼らがライアンを町の中で襲ったのは、“ただの良いところの坊っちゃん”だと、侮っていたからだ。
反撃されて騒ぎになったのは、彼らにとっては予想外の事態だった。
だから彼らは退いた。
(……ならば町に戻れるな。もう待ち伏せはない)
町に戻ると、門は閉ざされていた。
高い木製の門扉の横の塔の上に松明を持った門番が立っていた。
「止まれ!」
ライアンが近づくと鋭い声が飛んだ。
「こんな時間に何者だ!」
「……夕方、町で盗賊に襲われた者です」
門番の表情が変わった。
「何だと?」
「逃げて、森の方まで……さっきまで身を隠していました」
ライアンは門番の頭の中を覗いた。
(……本当か? だが、あの騒ぎは確かにあった。身なりも……旅人というより、良家の子息か)
門番の考えがそのまま伝わってくる。
「……助けてください。外にいては魔物に襲われてしまいます」
ライアンはわざと哀れな声を出した。
門番は、しばし考えてから口を開いた。
「……分かった。今回だけは特別だ」
そう言うと仲間に合図を送った。
重い音を立てて門がわずかに開いた。
「入れ」
「……ありがとうございます」
ライアンは頭を下げると町の中へ入った。
町は、すでに眠りについていた。
灯りはまばらで通りには人影もない。
ライアンは門番に教えてもらった宿に向かった。
宿はすぐに見つかった。
小さい町なのでそもそも宿は数軒しかない。
古びた宿屋の扉を開けた。
中は暗く、ほとんどの客はすでに部屋に引き上げているようだった。
帳場には、眠そうな様子で主人が座っていた。
「……なんだ、こんな時間に」
「すみません、泊めてもらえますか」
そう言って銀貨を差し出した。
主人はそれを見ると肩をすくめた。
「部屋はあるが……食堂はもう終わりだぞ」
「構いません。でも何か食べるものはありませんか」
主人は小さく頷いた。
「……残り物ならある。だが期待はするなよ」
主人はトレイに載せた硬くなったパンと、冷えたスープを部屋に持ってきてくれた。
疲れ果て空腹だったライアンには十分だった。
ライアンは、静かにそれを口に運んだ。
硬いパンを噛みしめながら、今日の出来事を思い返した。
襲撃。
逃走。
覚醒。
(全部……今日か)
信じられないことばかりだった。
だが、不思議と落ち着いていた。
むしろ、どこかで納得している自分がいた。
冷えたスープを飲み干した。
体に、じんわりと力が戻ってきた。
部屋は狭いベッドと、小さな机だけだった。侯爵家の屋敷とは比べ物にならない。
だが、今はそれで十分だった。
ライアンはベッドに腰を下ろすと、ゆっくりと横になった。
目を閉じた。
町の気配が、微かに伝わってくる。
眠る人々。
遠くの足音。
かすかな不安と安堵。
(これも……感じるのか)
だが、それも次第に遠のいていく。
意識が深く静かに沈んでいった。
こうしてライアンの長い一日が終わった。
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