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深夜の婚姻届─僕が料理人を辞めた理由─プロポーズしたのに!—守り抜いたはずの僕は実は略奪されていた  作者: 一斗


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運命の悪戯【由美視】)〜暴力を振るう男しか知らなかった私が、8歳下の高校生を「光」に変えた日。合鍵を握りしめ、私は彼の部屋で「女の影」を探す〜

「家族思いで偉いね」

その一言が、私の暗闇を照らした。

画面越しに恋に落ちた彼は、私より8つも年下の、眩しすぎる光だった。

彼を失えば、私はまたあの地獄へ戻ることになる。

だから私は、彼に嘘をつき、彼に縋り、彼の「すべて」を管理する。

ゆーくん、今日は引越しの手伝いなんだよね?

――じゃあ、あなたのいない部屋で、あなたの秘密を探してもいいよね。

 画面の向こう側にある世界だけが、私の唯一の居場所だった。


 人並みに恋愛もした。けれど、私が知る男性はいつだって、都合が悪くなると怒鳴り、殴り、暴力で私を支配しようとした。私の父が、そうだったように。

 父は、世間にいる「酷い父親」よりは働くだけマシだったかもしれない。けれど、ひとたび玄関の扉が閉まれば、そこは父の独裁国家だった。

 気に入らないことがあるたびに、「誰のおかげで飯が食えているんだ!」という怒声と共に、拳が母や私に振り下ろされた。


 一度だけ、この人ならと信じた人がいた。

 結婚を前提に同棲を始めたとき、母は障害を持つ姉の面倒を一手に引き受けることになるのに、快く私を送り出してくれた。けれど、その彼も結局は同じだった。数ヶ月後、実家に戻った私の体はあざだらけで、母は疲れ果てていた。

 ……もういい。二人でこんな風になるのなら、もう結婚なんてしない。恋なんて、二度としない。


 そうして私は、オンラインゲームの世界に閉じこもった。

 名前も顔も知らない誰かと戦っている時だけが、現実の重みから逃げられる、唯一息をつける時間だった。


 仕事から帰れば、次は姉の面倒を見る番だ。

 姉は普段、自室で静かに遊んだりお気に入りの映像を繰り返し観たりしている。けれど、何かの拍子にパニックを起こすと、家中に悲鳴が響き渡る。

「――あ、……ぁ、あああああああッ!!」

 急いで駆けつけなければ、彼女は自分の皮膚を真っ赤になるまで掻きむしってしまう。だから私は、ゲームの最中でも突然、キャラクターを放置して席を立たざるを得なかった。


 当然、ゲームの仲間からは容赦ない言葉が飛ぶ。

「またかよ」「やる気あんのか」

 やっぱり、ここでも男性は嫌いだ。そう確信しかけていた時に出会ったのが、彼だった。


 野良のパーティーで偶然知り合った彼は、急に動かなくなった私を責めるどころか、本気で心配してくれた。

『大丈夫? 事情があるんだろうけど、ここで放置すると倒されてペナルティが痛いから……』

 何のメリットもないのに、彼はただ静かに、私のキャラクターをモンスターから守り続けてくれていた。


 思い切って事情を話したとき、彼は「そういうことなら仕方ないね」と言ってくれた。それどころか、「家族思いで偉いね」と、初めて肯定してくれたのだ。

 この事情を話せば誘われなくなるのが当たり前だったのに。チャット越しに交わす彼の言葉は、どれも誠実で、温かかった。


(この人なら、信じてもいいのかな……)


 私は、彼という光にどんどん惹きつけられていった。

 違うゲームに移動するという彼についていくため、必死に一緒に行きたいとお願いし、初めて連絡先を交換できたときは、飛び上がるほど嬉しかった。けれど、彼は八つも年下の高校生。本当は、好きになってはいけない相手だったはずなのに。


 ……あの時、私は卑怯な手段を選んだ。

 彼が精神的に弱っている隙に、その心の隙間に付け込むような形で、強引に恋人という座を手に入れたのだ。

 本当は分かっている。私のような過去に縛られ、歪んでしまった女は、彼にはふさわしくない。

 けれど、私には「ゆーくん」じゃなきゃダメなのだ。彼を失うことは、私の世界が再びあの暗闇に飲み込まれることを意味するから。


 せっかく久しぶりに休みが取れたのに、今日のゆーくんは「引越しの手伝いがある」と言っていた。

 少しでも彼に会いたい。……もし会えなくても、彼の部屋を掃除してあげよう。

「甲斐甲斐しい恋人」という体裁を繕いながら、部屋に潜んでいるかもしれない「他の女の体温」を、爪の先で掻き出すように探るのだ。


 ゆーくんが、私だけの「居場所」でい続けてくれるように。

 私は、彼からもらった銀色の合鍵を、お守りのように強く握り締めた。

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