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深夜の婚姻届─僕が料理人を辞めた理由─壮絶な人生を描く感動のドラマ—守り抜いたはずの僕は実は略奪されていた  作者: 一斗


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運命の悪戯(亜耶視点)〜「親友」という名の残酷な嘘。呼び捨てにされた夜、身体を駆け巡った電流と、隠し通すと決めた私の恋心。

「優流さんは、私といて楽しいですか……?」


語られたのは、想像を絶する孤独と絶望。

彼を救えなかった自分への無力感と、彼を救った「由美さん」への敗北感。


それでも私は、彼の笑顔を守るために、一生分の「嘘」をつくことにした。

たとえその言葉が、自分の胸をズタズタに切り裂く刃物になったとしても――。

 優流さんの口から語られる過去は、私の想像を遥かに超えて重く、暗いものだった。

 話を聞きながら、私の目からは涙が溢れて止まらなかった。次から次へと、まるでドラマのような不幸が重なっていく信じられない話。


 どんなに、どんなに辛かっただろう。

 なのに、目の前のこの人は、少しだけ目を潤ませる程度で、どこか他人事のように淡々と話し続ける。その落ち着きが、かえって悲しかった。きっと彼は、そうやって感情を殺さなければ、心が壊れてしまうような場所を歩いてきたのだ。


 嗚咽が漏れ始める。

 いじめの主謀者だった親友の平林さんを「僕が凡ミスして悪かったなんて言ったから、妬まずにはいられなかったんだろう」と庇うなんて。どこまでこの人は、優しすぎるんだろう。

 どうして、こんなに優しい彼が、こんな目に遭わなきゃいけなかったの?  私は泣きながら、彼にこんな過酷な運命を与えた神様を、心の底から恨んだ。


 由美さんが彼を救った。その事実が、私の中でどろりとした嫉妬と、それ以上の敗北感に変わる。

 今は、由美さんがいてくれて良かったと思っている。でも同時に、そのタイミングで彼女が彼を救い、恋人になった事実に、やりきれない思いも込み上げる。

 けれど……彼女がいなければ、優流さんは本当に壊れていたかもしれない。少なくとも今、私の目の前にはいなかったはずだ。


 こんなに辛い過去の上に、今、彼はここに立っている。

 だからいつも、どこか儚げに見えたんだ。

(……この人の笑顔のためなら、なんだってしてあげたい)

 たとえ、自分の心に嘘をつくことになっても。


 優流さんは、私の嗚咽が収まるまで、静かに待ってくれていた。

「僕のために、こんなに泣いてくれたんだよね。ありがとう」

 その言葉に、また胸が痛む。こんな話、誰が聞いたって涙をこぼさずにはいられないのに。やっぱり、彼の心はどこか麻痺しているんだ。


 ふと、以前下原さんが言っていた「優流って、あまり笑わないんだよな」という言葉を思い出す。

 あんな地獄を見てきたんだから、当然だ。けれど、そんな彼は私の前ではよく笑ってくれていた。私の前だけで見せてくれた、あの柔らかな表情。


(あれは……私だけに見せてくれたものだと思っても、いいのかな)


 私は、赤くなった目で彼を見つめ、震える声で尋ねた。

「優流さんは、私といて楽しいですか……?」

 優流さんは少し黙った後、一つ一つの言葉を噛みしめるように答えた。

「……正直に言うと、今まで生きてきた中で、一番楽しかったかもしれない」


 私といる時の、彼のいろんな表情。あれは全部、本物だったんだ。

 確信が持てた瞬間、私の中で一つの決意が固まった。

 優流さんに、これからもずっと笑っていてほしい。だから私は、顔を上げて、精一杯の笑顔を作った。


「じゃあ……私たち、親友ですね!」

(――嘘だ。本当は、今すぐあなたの恋人になりたい。その胸に飛び込みたい)


「え?」

 戸惑う優流さんに、私は自分を納得させるように言葉を重ねる。

「プリクラだって、機械が勝手に指示しただけですよ!」

(――嘘だ。本当は、私がカップルコースを選んだの。後ろから抱きしめられたとき、このまま時が止まればいいと思うほど幸せだったのに)


「親友なので、由美さんとのことも邪魔しません。応援しますよ」

(――嘘だ。本当は、別れてほしい。私だけのものになってほしい)


「私も優流さんといるの、今までで一番楽しかったです。これからも、こうしていたいです」

(――本当は、私が一緒にいたい理由は、あなたが「好き」だから。けれど、今のあなたにそれを伝えたら、あなたはきっと逃げてしまうから……)


 少しの沈黙。やがて、彼は救われたような顔をして口を開いた。

「……ありがとう。亜耶ちゃんがそう言ってくれるなら。でも、もし彼氏ができたりして、僕が邪魔になったら、すぐに言ってね?」


 鈍感すぎる彼は、そんな残酷な言葉を、これ以上ない「優しさ」の顔をして私に告げた。


「初めて誰かにこんなこと話したよ。じっと聞いてくれてありがとう。なんだか心が軽くなった気がするよ」

 少しほっとしたような、穏やかな表情を浮かべている彼。

 けれど、それとは裏腹に、私の心の中はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。

 だけど、もう決めたんだ。私は彼の「親友」でいる。彼にこれ以上の罪悪感を背負わせないために。


「ね、親友なら、もう敬語はなしにしようよ。僕に『さん』もいらないよ」

 ふいに優流が、私との距離をさらに詰めるような提案をしてきた。

「わかった、優流……!」

 慣れない呼び方に、胸が高鳴る。私はその響きを確かめるように繰り返した。

「優流、優流……」

「いやいや、呼びすぎだよ、亜耶」


 ――亜耶。


 鼓膜を震わせたその響きが、血液に乗って一気に全身へ駆け巡る。

 彼の手で、直接心臓を握りつぶされたような衝撃。

「えっと……呼び捨てにしたら、まずかったかな?」

 急に不安そうな顔をする彼を見て、確信する。この人は、本当に無自覚にこういうことを言うんだ。どれだけ私の心がかき乱されているか、これっぽっちも気づかずに。

 私は『親友』の仮面が剥がれ落ちないよう、精一杯の強がりを喉の奥に詰め込んだ。


「ううん、嬉しい……!」

 嘘じゃない。名前を呼ばれたのは、心の底から嬉しい。

 けれど、その嬉しさと同時に、逃げ場のない悲しさがこみ上げてきた。


 こうして私たちの仲は、より深まった。

「好きな異性」としてではなく、あくまで、「唯一無二の友人」として――

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