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深夜の婚姻届─僕が料理人を辞めた理由─プロポーズしたのに!—守り抜いたはずの僕は実は略奪されていた  作者: 一斗


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運命の悪戯〜「後ろに乗せてくれますか?」と瞳を輝かせる彼女。プリクラ機の密室で下された『後ろから抱きしめて』の指示。僕は、部屋にあるはずの『鎖』を忘れ、彼女の笑顔に見惚れていた。

「後ろに乗せてくれるんですか?!」


弾んだ声と共に、僕の腰に回された細い腕。

背中に伝わる柔らかな体温を、僕は「移動手段だから」と自分に言い聞かせた。


密閉されたプリクラの筐体。

次々と飛んでくる「恋人」のようなポーズ指定に、

思考は麻痺し、彼女を背後から抱きしめてしまう。


「指示でしたから、いいんです……」


感情の読めないその言葉に、僕は救われたのか。

それとも、さらなる深みに突き落とされたのか。

腕の中に残ったぬいぐるみの重みだけが、僕たちの歪な関係を肯定していた。

 一番近くのモールにある店でも、歩いて行くには少し遠い。僕は隣に立つ亜耶ちゃんに提案した。

「……バイクで行こっか?」

「えっ、後ろに乗せてくれるんですか?! 私、バイクの後ろに乗るの、初めてです!」

 亜耶ちゃんはぱぁっと目を輝かせた。どうしてこうもすぐに瞳をキラキラさせるのだろう。真っ直ぐに僕を見て、純粋に喜びを表現してくれる姿が、眩しくて少しだけ苦しい。


「僕の腰か、後ろのグラブバーを持っててね」

「はい!」

 返事と同時に、亜耶ちゃんの手が僕の腰に回り、しがみつくように密着した。背中に伝わる柔らかな体温と、かすかな鼓動。

「行くよ。しっかり掴まってて」

 アクセルを回すと、秋の入り口の風が僕たちの横をすり抜けていった。


 ゲームセンターへ足を踏み入れた瞬間、喧騒と電子音に包まれた。

「優流さんと、プリクラが撮りたくて……! 一緒に撮ってくれませんか?」

 正直、戸惑った。由美とだって、一度も撮ったことはない。けれど、彼女の今日の目的がこれだったのなら、断る理由は見つからなかった。

「……いいよ」

 自分でも驚くほど、彼女に対して「甘い」自覚があった。


 白いカーテンの向こう側――密閉された「光の箱」へと連れ込まれる。

「よくわからないから、全部任せるよ」

 その言葉を待っていたかのように、彼女の指が迷いなく画面を叩いた。


『腕に抱きついて!』

『三、二、一——』

 機械的なカウントダウンに合わせ、亜耶ちゃんが僕の腕にぎゅっとしがみつく。ふわりと鼻をくすぐる彼女の匂いに、思考が止まりそうになる。

『次は猫のポーズで!』

『手を合わせてハートを作って!』

 次々と飛んでくる無茶な指示に、僕は半ば麻痺した状態で従い続けた。そして、決定的な指示が飛んだ。


『後ろから抱きしめるように!』

『三、二、一——』

 理性が一瞬だけ吹き飛んだ。指示通りに背後から彼女の肩に手を回し、胸元へ抱き寄せる。彼女の甘いシャンプーの香りに理性が焦げそうになる。フラッシュが焚かれ、我に返ったとき、僕は猛烈な罪悪感と羞恥心に襲われた。これは、客観的に見れば完璧な「恋人」の構図だ。


「ご、ごめん。……急に後ろから抱きしめたりして、流石にまずかったよね」

 撮影された直後、僕はたまらず謝罪した。亜耶ちゃんは僕の方を振り向かず、吐き出すように答えた。

「指示でしたから、いいんです……」

 後ろ姿からは、彼女がどんな表情をしていたのか読み取れない。もしかして、彼女が設定でポーズを選んだのではないか……という疑念がよぎったが、それを口にする勇気はなかった。


 その後、僕たちはプライズゲームのコーナーを歩いた。

「かわいい……」

 スヌーピーのぬいぐるみの前で足を止めた彼女を見て、僕は無言で五百円硬貨を投入した。

 料理で培った集中力をすべて注ぎ込み、見事に六回目でゲットした。


「はい、これ」

「すごい! ありがとうございます、優流さん!」

 ぬいぐるみに顔を埋めて喜ぶ姿。僕は、自分の部屋にあるはずの「鎖」を忘れ、その笑顔にただ見惚れてしまっていた。

「名前……ピピに決めました! 私の宝物です」

 ピピと名付けられたそのぬいぐるみは、僕たちの間に流れる空気の中に、確かな「家族」のような温もりを添えてくれた。

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