運命の悪戯〜生活を染め上げる甘い毒。恥ずかしがる彼を追い詰め、勝ち取った同棲ごっこの切符。パジャマに宿る彼の匂いと、確信犯の微笑み。水曜日の休日、私は彼の理性がブレーキをかける前に、その手を取った。
「洗濯物、一緒に洗いますよ?」
その一言が、僕の最後の「聖域」を奪う合図だった。
布団を持ち込み、服を預け、僕の生活は少しずつ彼女の部屋に溶けていく。
彼女持ち、板前修行中、そして由美への恩義。
守らなければならないものはたくさんあるはずなのに、
亜耶ちゃんが微笑むたび、僕は自分に都合のいい言い訳を探してしまう。
水曜日、二人きりの休日。
ついに僕たちは、密室を抜け出して「外」の世界へ踏み出す。
「いってらっしゃい、優流さん!」
優流さんが扉を閉め、その足音が階段の下へと消えていくのを耳を澄ませて確認する。完全に気配がなくなってから、私は堪えていた喜びを一気に爆発させた。
「……やったぁ!」
思わず声が漏れる。誰もいない部屋で一人、拳を握りしめた。
優流さんが、ついに敷布団まで持ってくる。それは単なる宿泊の準備じゃない。彼がこの部屋に「根を下ろす」ための、確かな一歩だ。
このまま甘えて、頼って、お願いし続けたら、彼はいつかずっとここにいてくれるんじゃないかな。……これって、世間一般ではもう、ほとんど「同棲」って呼んでもいいよね?
嬉しさのあまり、頬が緩みきってしまうのを止められない。だらしない顔をしている自覚はあるけれど、今は誰に見られるわけでもない。
……けれども。
ふと窓に映った自分の締まりのない顔を見ると、冷たい現実がふわりと脳裏をかすめる。
私たちは付き合っているわけじゃない。彼には、足立由美という「彼女」がまだ存在している。
それなのに、優流さんはどういうつもりなんだろう。いつも一人だと言っていた彼も、心のどこかで寂しさを飼っていたのかな。それとも、私のこと、本当にただの「放っておけない危なっかしい友達」としてしか見ていないの?
ロフトを降りる時、あんなに見ていながら……
期待と不安が、心の中でシーソーのように揺れ動く。
思考の迷路に迷い込みそうになったその時、脱衣所のカゴに置かれた、優流さんが脱ぎ捨てていったパジャマが目に入った。
(……そうだ。私の洗濯物と一緒に、洗っちゃおう)
名案だ。自分の服と、彼の服が、一つの洗濯機の中で混ざり合う。それだけで、彼が私の生活の一部になったような、甘美な征服感があった。
洗い上がって彼の石鹸の香りと私の柔軟剤の香りが混ざったパジャマを見せながら、こう言うんだ。
『洗濯物、持ってきてくれたら一緒に洗いますよ?』って。
きっと、真面目すぎる優流さんは「申し訳ないから」って、一度は困った顔をして断るだろう。でも、そこで畳みかける。
『手間はあまり変わりませんし。私も前に……下着を直してもらっちゃったし、今さら恥ずがらなくても大丈夫ですよ?』
――そうやって理屈を添えて押せば、どこまでも合理的で、どこか自分に都合の良い言い訳を探している優流さんなら、きっと「じゃあ、お願いしようかな」って折れてくれるはず。
そんな「秘密の作戦」を立てながら、私は洗い上がった彼のパジャマを、一枚ずつ丁寧に広げる。
まだ少し湿った布地から、彼自身の体温の残滓を探すように。
二十一時。
仕事を終えた優流さんから、「今から持っていくけど、大丈夫?」と、少し遠慮がちな電話があった。
布団を抱えて彼がやってくる。私は平静を装いながらも、心臓の鼓動を抑えられず、玄関のすぐ近くでそわそわしながら彼の到着を待っていた。
部屋に入り、布団を置いた優流さんの目に必ず留まる位置に、綺麗に畳んだパジャマを置いておく。彼がそれに手を伸ばした瞬間、私は狙い澄ましたタイミングで声をかけた。
「あ、優流さんのパジャマ、洗濯しておきましたよ」
「……ありがとう」
予想通り、優流さんは前髪を少し触りながら、戸惑ったように答えた。その「少し困ったような顔」こそ、私が最も愛着を感じる彼の表情だ。
「優流さん、最近ずっと私と一緒にいるから、自分のお家でお洗濯できてないんじゃないですか? もしよかったら、洗濯物を持ってきてくれたら私が一緒に洗いますよ」
極めて自然な、善意の第三者を装った提案。
彼はまた前髪を触りながら、眉根を寄せて……必死に自分の中の「倫理観」と「合理性」を天秤にかけているのが分かった。
「でも、それは流石に悪いし……」
まだ、ブレーキがかかっている。すかさず、私は用意していた「とどめの一撃」を畳みかける。
「手間は変わりませんし! それに……私も前に、あんな風に下着を直してもらっちゃったじゃないですか。だから、今さら恥ずがらなくても大丈夫ですよ?」
あの時、私のプライベートに踏み込んできたのは優流さん、あなたの方。
だから今度は、私があなたの生活の奥深くまで入り込んでも、文句は言わせない。
一瞬の沈黙。……勝った、と思った。
「……じゃあ、お願いするよ」
「はいっ!」
弾けるような返事とともに、私は心の中で特大のガッツポーズをした。
これでまた一つ、優流さんの生活を私の色に染めることができた。外堀を埋めるように、少しずつ、けれど着実に。
そして迎えた、水曜日。
優流さんは仕事が休み。私も、大学もバイトも入っていない。
親しい友人も少なく、どこか孤独の影を纏った優流さんは、私がいなければ一日中、読書でもして過ごすに違いない。だから、今日は一日中、私が彼を独占できるはずだ。
けれど、「離れたくない、ずっと一緒にいたい」なんてストレートに言えば、彼の理性が警告音を鳴らすかもしれない。
だからあくまで自然に。まるでそれが、昨日からの続きであるかのように。
「優流さん、今日はゲームセンターに遊びに行きたいです!」
断られる選択肢など最初から存在しないかのように、明るく、無邪気に誘ってみる。
優流さんは飲み干したコーヒーカップを置き、またいつもの癖で前髪を触りながら、ふっと柔らかく微笑んで言った。
「いいよ」
その言葉が、どんな約束手形よりも嬉しかった。




