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腐れ縁四姉妹

 私は大学に行く途中、書店に寄り道をしていた。

 今日は目当ての本の発売日だからだ。

 その本というのは、『こみっく百合園』の歴代の表紙絵だけを集めたイラスト集だ。


 タイトルは『回歴の回遊式百合園』


「需要がある筈なのに、何故か今まで出なかったんだよね。これの出版を決めた編集さんは、きっと出世するだろうな」


 私が一番好きな絵は、やはり『相合傘』だ。それも、めめんともり先生が描かれた。


 めめんともり先生は、百合漫画界のレジェンドだ。

 百合園に『はーとふる』を、長年連載されていて、

イラストレーターとしても活躍なされている。

 私が百合絵を描こうと思ったのも、彼女の『相合傘』の絵を見たからだ。


 確か、その絵は、七年前の六月号の表紙になっていた筈だ。


「あった! めめんともり先生の『相合傘』! やっぱり尊いな……私が描いたのと、全然違うんだもん」


 私にとっての原点の絵。この絵のお陰で、今の私があると言っても、過言ではない。


 めめんともり先生は、長年百合園の表紙も担当されていた。私はそれをずっとそれを見ていたので、強い憧れを抱いている。


 そして、私もいつか表紙を描いてみたいと思うようになったのだった。

 

 とは言っても、未だに声が掛からない。

 どうやったら描けるのかは分からない。

 まだ実力が足りないのだろうか。だったら鍛錬あるのみである。

 この夢は、百合の伝道師とは関係なく、私の単なる私欲でしかない。でもそれほどに叶えたい夢なのである。


 ちなみにみなもの描いた絵もある。

『喧嘩の後に恋人なったヤンキー達』という絵だ。

 『どつおつ』の未練タラタラみたいだ。




「雪菜、陽花、お疲れー」

「あっ彩果ちゃん! お疲れ!」

「お疲れ様です、彩果」

 私はサークルに顔を出す為に、美術室を訪れていた。

 その中に、二人とは違う、女の子がいた。

 彼女は私をみるやいなや駆け寄ってきて、私にキスをしてきた。


「! ちょっと、何するの……新月!」

「へへへ、彩果の唇、プルプルだね。色気がないのが残念だけどさ」


彼女は、いきなりキスをしてきておいて、私の唇評を語り初めた。色気がない唇ってなんなのさ。


「ねぇ……新月、私に出会い頭にキスする意味、あるの?」

「とくになし」


 彼女は唇に当てて、無駄に色っぽくそう言った。


「でた、新月の決め台詞。とくになし。とくになし子め」


「そのあだ名も懐かしいね、今だと意味合いが違うけれどね」


 何を言ってるかは分からないが、彼女はこういう奴だ。


 満汐新月(みちしおしんげつ)。私の小学校からの親友で、私をからかうのが好きな子だ。お調子者という言葉が似合う。


 プロのライトノベル作家で、『死にかけ女神と死にたい少女の復讐』は、彼女のデビュー作でもあり、アニメ化もされ大ヒットを記録した。


 私、ぷらむがイラストを担当したから売れたのである。

 ……というのは冗談で、彼女の作品が面白いから、売れたまでである。

 しかし、信じられない。あんなにも、尊くて儚い小説を描く、ぶらっとむーん先生が、新月だなんて……


 「いやー、新月のキスは魔法のようですね。された彩果がメロメロになってますよ」

「なってないから!」

「あたしのにキスされた人は、例外なくあたしの虜になるからね、彩果にだけは効果がないようだけれど」

「最近、大学内で通りキス魔が出没してるって噂になってたけど、そんなの新月しか思いつかないよ」


  なのに、被害届が一切届いていないのはこれが理由か。キスで相手を籠絡するとは、恐ろしい女だ。


「新月ちゃんはね、私に絵本の書き方を教えてくれてるんだよ!」 

「あたしは天才ラノベ作家だからね。そこの絵しか描けないひんぬーとは違うのさ」 

「はぁ? 余計な贅肉しかないムダ乳には言われたくくないんですけど」


 新月は大きい。何がって胸が。対する私は小さい。

 何さ、皆の巨乳信仰が異常なだけだもん。

 ひんぬー派だっているんだよ!


「反論するとこそこかよ、絵しかかけないってコケにされたというのにさ」

「ポイズン雪菜が発動したね」

「今のは普通に指摘です。新月の前だと、ペースを乱されますね。彩果は」

「えっそうなの? ごめん雪菜」


 くそっ新月のせいだ。彼女の前だと、調子が狂う。


「しかしあれだね、彩果ってさ」

「何? どうせ貶すんでしょ」

「可愛いよね」

「え?」


 思いもよらない言葉が出てきた。私は動揺した。


「お胸はちょっとないけどさ、スラッとしてて、くびれが綺麗で……モデルみたいだ」

「ちょっとどうしたの? 新月らしくないよ」

「顔立ちも良くて、髪も綺麗だよ、彩果は素敵な女性だ」

「えへへ、ありがとう」


 すっかり新月に絆されてしまった。でも新月が素直に相手を褒める訳がない。


「でも色気がないよね」

「あるもん! 滲み出てるもん!」

「人妻なのに色気がないって逆にすごいよね」


 やっぱり新月は新月だった。私を褒める時は、必ず弄ってくる。


「彩果ちゃんに人妻としての魅力は?」

「とくになし」

「あるもん!」


 私は縦に腕をブンブン振りながら、必死に否定した。

 興奮すると出る私の癖だ。


「彩果ちゃんの胸は?」

「とくになし」

「あるもん! 少しだけどあるもん!」

「彩果ちゃんの得意な科目は?」

「とくになし」

「あるもん! 体育が得意だもん!」

「彩果ちゃんの好物は?」

「とくになし」

「焼きそばだよ! 学生時代奢ったでしょ!」

「埼玉の魅力は?」

「とくになし」

「あるもん! いっぱいあるもん!」

「具体的には言わねぇのかよ」


 なんだこのノリは、雪菜も参加してるし、私を弄る為にわざわざやっているのか。


「じゃあじゃあ! 私の駄目な所は?」

「えーと……ちょっと情に厚い所があって、お人好し過ぎて自分を省みない所かな」

「そこはとくになしでしょ!」

「いいところは?」

「とくになし」

「あれよそこは!」


 ていうか、別に私を貶してない気がする。

 新月も私が憎い訳では無いようだ。


「このやり取りも懐かしいですね。ずっとこんな感じでしたから。私達四人は」

「小学校の頃から一緒だったもんね! 彩果ちゃんがいつも私達の中心だったよね」

「え? 私?」

「そうだよ、明るくて優しくて、誰にでも同じ目線で接してくれるから。あたし達は、彩果に惹かれていったんだ」 


 初めて聞くんだけど、私を中心に三人が集まっていたなんて。


「だから、新月ちゃんは、彩果ちゃんに惚れたんだね!」

「そうさ、なのに彩果はあたしを振った。冷たい女だよね」

「それは……ごめん、私にはみなもがいるから、新月と付き合うことはできなかったんだ」


 中学校の卒業式の日、私は新月に告白された。そして断った。こんな言い方をするのは良くないけど、新

月を恋愛の対象には見て無かった。眼中には無かった。

 でもあの出来事で、新月を傷つけてしまったのは事実だ。私は、新月に許して貰えてないんだろう。

だから、私にちょっかいをだして困らせているんだと思う。


「でも気にしてないよ、あたしには晴海(はるみ)がいるからね。彩果よりも素敵な女性がね、だから彩果が気に病む事なんてないんだよ」


 そうだ。新月には、晴海先生がいる。

 私達四人の、高校時代の恩師の晴海先生と新月は、恋人関係にある。

『教師と生徒の百合』を間近で見ていた私は、立場上許されない二人の恋物語を、応援していたんだ。


「晴海先生とはうまく行ってるのですか?」

「もちろんだよ! 今日もキスしてきたんだ」

「そんなの、みなもと私だってしてるもん!」

「じゃああたしは、キスに加えて、晴海と朝エッチしてきたもんね」

「んなぁ……朝からそんな事……」

「彩果はみなもさんとしてきたの?」

「すっするわけないじゃん!」

「じゃあ、最後にエッチしたのはいつ?」

「言えるか!」

「当ててみせようか?」

「しなくていいから!」


 新月の奴、何を言い出してるんだろう。


「クスッ、さっきまであんなに落ち込んでいたのに、元気になったね彩果。やっぱり彩果は、元気な姿が一番似合うよ」

「なっ……」

「彩果ちゃん、顔真っ赤だよ! 照れてるんだ!」

「本当、新月の前だと、弄られてばかりですね」


 くそっ、いつもみたいに新月のペースになっている。朝からそんな事する筈もないのに……

 いやもしかしたら、新月ならしてるかもしれない。

 こんな事を考えてしまう時点で、手のひらで踊らされているんだろうけど。


 でも良かった。私への未練はないみたい。

 私を許してくれたんだね、きっと。

 ……やっぱり納得いかない! 私、別に恨まれるような事してないのに!




「それじゃあ、久しぶりに四人が集まった事を記念して、打ち上げでもしようか」


 そう言い出して、買ってきたであろう、大量の食料品を取り出しはじめた。


「ほら、彩果、ホットドッグだよ、エッチな食べ方して色気を見せてよ」


 ホットドッグを私の頬に押し当ててくる新月。


「私に選ぶ権利はないわけ?」

「とくになし」


 新月の決め台詞、とくになし。久しぶりに聞けて、安心している自分がいる。


「ほら、彩果。ポッキーだよ、エッチな食べ方してよ」


 ポッキーを取り出して、私の頬に押し当ててくる新月。


「普通に食べさせて欲しいんだけど」

「はい二千円」

「高! なんでお金取るの? 理由は?」

「とくになし」

「あれよそこは!」


「あの二人、仲良しだよね!」

「変わりませんね、いつもあんな感じですから」

「まさか大学でこの四人が揃うなんて思いもしなかった」

「私は思ってましたよ、私達四人は頭の出来が大体同じくらいですから、県内で大学といえば、行ける所は限られてきますので」


 陽花の言う通り、私達の学力に大差はない。

 中学校を卒業する時に、離れ離れになると思っていたのに、同じ高校に進学していたので、大笑いした事があった。


「でも、大学も同じなんてね。あたし達は腐れ縁というやつで結ばれているのかもしれないね」

「否定はしませんね」

「腐れ縁か……」


 その言葉に、悪い気はしなかった。

 私達を表現するのにぴったりな言葉だったからだ。


「四人いるから、姉妹みたいだよね、あたし達」


 意味がわからない。四人だから姉妹ってどういう意味何だろう…… 

 新月は突拍子もない事を言う事がある。これも私を悩ませる新月の策略かもしれない。そう思わせる事さえも、新月の策略……


「腐れ縁四姉妹と名付ける事にしよう!」


 姉妹なら腐れ縁も何もないと思うんだけど。

 

「じゃあ、陽花ちゃんが長女だね!」

「面倒見が良くて、優しくて、頼りになるからね」

「なんか勝手に決めはじめたんだけど」

「あたしが次女だね、美人で気配りが出来て、妹たちから羨望の眼差し向けられているからね。


 自画自賛が止まらない新月。この時点で私が新月の妹になる事が確定したようだ。


「三女は雪菜だね。可愛くて人懐っこくて、でも姉からも妹からも好かれる癒し枠」

「えへへ、ありがと」


 腹黒いが抜けてると思う。口も悪いし。

 あと今日は毒を吐かないな。体調が優れないようた。


「彩果は四女だね」

「何で私が末っ子なわけ?」

「喋り方、見た目、雰囲気、日頃の行い」

「そこはとくになしじゃないの? むきー!」

「四女感がありますよね」

「四女って感じが醸し出されてるよ」

「四女感って何? 末っ子感じゃ無くて?」

「よしよし、雪菜お姉ちゃんが慰めてあげる」


 頭を撫でてくれる雪菜、やっぱり優しい子だな……腹黒いけど。


「あっ、お茶がない。彩果、ちょっと売店まで買ってきてよ」

「何で私が! もしかして四女だから?」

「いや、普通に後輩だから、あたし達より一学年下でしょ」

「確かに、一年遅れで入学したけど……同い年だし、私が一番早くに産まれたんだけど?」


 私が四月生まれで、新月と陽花が五月、雪菜が六月だ。だからまだ三人はまだ十九歳の筈。


「私が一番お姉さんなんだからね!」

「見えない……やっぱり四女だよね」

「ふんがー!」

「しょうがないな、私が買ってきてあげるよ」

「駄目、雪菜が行くなら私がいく!」

「ありがとう彩果ちゃん! 大好き!」

「雪菜!」

「彩果ちゃん!」


 私達は抱き合った。雪菜のハグは気持ち良くて暖かい。それに笑顔が可愛かった。

 守りたいこの笑顔を。腹黒いけど。


「あっやば! 離れて雪菜!」

「どうしたの? 彩果ちゃん。逃げちゃ駄目!」

 

 すっかり忘れていた。 雪菜のハグは抱いた相手を籠絡させる事が出来る。しかも、滅茶苦茶気持ちいい。      

 このままだと不貞行為になってしまう。でももう抜け出す気力もなかった。


「ごめんみなも、めっちゃ気持ちいい……温かくて、いい匂いがして……親友との不貞行為に走る私を許して……」

「ただハグしてるだけじゃん」


 私は雪菜の腕の中で、悶絶していた。

 凄く気持ち良かった……


「何やってんだろこの二人」

「あの二人は相性がいいですね」

「お嬢様が取られちゃうよ?」

「そんな訳ないでしょう、友達だから出来る事何ですよ」

「何だそりゃ、良く分かんない」

「さすが元陰キャですね、根っこは変わってないと言う事ですね」

「どういう意味?」

「別に」

「おーい、雪菜ちゃん? どうしたの、意識飛んでるよ?」


 雪菜の抱擁はやっぱり凶悪だ。他人を快楽で包むなんて。こうやってどんな相手だろうと、従わせてきたんだろうな。恐ろしい子だ。




 お茶は結局私が買ってきた。あの後じゃんけんをしたんだけど、私が全敗だったから。

「じゃんけんに勝つコツとかあるの?」

「とくになし」

「だよね……」


 私はお茶を飲みながら、この四人と談笑していた。


「せっかく四人が集まったんだからさ、何かしない?」

「何かって、何をです?」

「とくになし」

「考えてないのかよ、言い出しっペの癖に」

「あたしの新作を考えて欲しいんだ」

「考えてないって言って無かった?」

「という訳で皆でアイデアを出し合ってくれ」


 会話になってない。これがいつもの新月だ。

 すぐに自分のペースにしてしまう。

 

「そんなの知らないんだけど、自分で考えてよ」

「中々思いつかないんだよね『死にかけ女神』以降の小説がさ」

「スランプって奴?」

「そう、このままだと、一発屋になってしまうよ」


 みなもも同じ事を言ってたな。そんな事気にしなくてもいいのに。一発当てるだけでも凄い事なのだから。


「ということで、この四人をモデルにした新作を書こうと思うんだ」

「さっき、私達に考えて欲しいって言ってたような」

「タイトルはどうしようかな……」

「もしもーし、新月? 聞こえてますかー?」

「『四馬鹿姉妹珍道中』というのはどうかな」


 駄目だ、こうなると会話にならない。

 いつもこうだ、こうやって周りを振り回すんだ。



「私達をモデルにするとなると、生々しさが出てし

まって、人気は出ないと思いますよ」

「生々しさって?」

「全員、恋人持ちで非処女な事ですよ」

「確かに……雪菜と陽花。新月は晴海先生と、私はみなもと……」

「一人既婚者いるからね」

「そして全員非処女という……」


 全員非処女で夢がない。処女信仰の強い日本では、こんな設定にしたら大炎上ものだろう。


「でもその時は、彩果にイラストを描いて貰うよ。生々しさとか、下品さが、彩果の絵だと薄れるんだよね」

「私を絵師ガチャで引き当てる事ができたらね」

「『死にかけ女神』の時は、運が良かったよ。彩果が描いてくれたお陰で、百万部を売り上げる大ヒット作になったからね」




 いじめられっ子の少女は、自死を考える程に追い詰められていた。そんな少女の元に、何故か死にかけていた女神が現れる。助けにきたと言うのだが、どう見ても助けが必要なのは、女神の方だ。


 女神は少女に助けてくれたお礼として、チートスキルを授ける。それを使っていじめっ子達に凄絶な復讐をしてやろうと提案。少女も乗り気になる。


 そしていじめっ子達に死の復讐を果たす始めるの

だった――




「この作品の見所はなんといっても、チートスキルを使って、いじめっ子に復讐するシーンだよね。圧倒的な力を前に、恐怖で泣き出したり、命乞いをするんだけど、結局殺すんだよね。たっぷり恐怖を与えてから殺す方がスカッとするもん』


「いじめっ子は皆殺し。復讐と題して殺人鬼となる少女。でも少女は一切葛藤する事もなく殺していく。こういうのは躊躇う描写を書くと、読んでる方も、萎えるからね、やるなら徹底的にだよ」


 他にも女神と少女の百合も見所の一つだ。孤独で何も感じる事ができなかった少女に恋心というものが芽生えていく。


「こんなダークな世界観を書ける新月は凄いよ!」

「なっ……あたしを褒めても、何も出ないよ」

「とくになし?」

「ぐっ……あたしのセリフ……」


 やった! 新月を動揺させてやった。何年一緒に

居ると思ってるの? 新月の弱点はお見通しだ。

 新月は、自分の予想外の行動を取られると、狼狽してしまう。元々は、無口で人見知りの激しい子だったから。他人というものが、人一倍怖いのだろう。


 陽花が新月の事を元陰キャだと言っていたけど、そんな事はどうでもいい。ただ無理して明るく振る舞っていると言う事は、私の目から見ても分かっていた。新月らしくいてくれれば、それでいいのに……


「はっ、あたしだって絵が描けるんだよ! 彩果に頼まなくても、自分で挿絵を描いてやる!」


 そうなのだ。新月はラノベ作家という面だけでなく、イラストレーターとしても活動している。

 ジャンルは様々だが、やたら性転換ものを描いている気がする。百合カップルに男の子を混ぜて、炎上する事もしばしば。


「あっ、もしかして、あたしの事を見下してるでしょ! 自分の方が上手いからってさ」

「そんな訳ないじゃん。絵に上手い下手の優劣なんてないよ」

「はっ! 確かにそうかもね、何たってあたしは、百合絵も得意なんだから! 彩果の得意なジャンルで活躍しちゃってごめんね?」

「うんうん、新月の絵は、何度も見させて貰ってるけど、凄く尊いよね」

「ぐがっ……なんだろう……この感覚、手のひらで転がされてるみたいだ……」


 こうなれば、新月に手玉を取られる事はない。

 完全に私のペースだ。

 こうしていると、新月は本当に可愛い女の子だ。


「くそっ……何か彩果を挑発出来るような事……」

「私は仏様ですから、粗相には目くじらを立てないのです」

「うぜぇ! 畜生畜生。何かないかな……あたしに あって、彩果にないもの」

「とくになし」

「あたしの台詞をとるな!」



 新月は本当に分かりやすい。普段もこうでいてくれたらいいのに。

 

「あっあった……『こみっく百合園』の表紙を担当したんだ!」

 「え……」


 その言葉に、私は一瞬、目の前が真っ白になった。   

 新月が……表紙を……?


「私、まだ描いた事ないのに……」

「お? やった! てっきりもう描いた事あるのかと思ってたよ!」

「何で……新月が……?」


 私がまだ成し遂げていない事を、新月はもう達成している……

 私の中に、敗北感がのしかかっていた。

 それと同時に、灼き尽くすような、嫉妬の炎が燃え盛っていた。


 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しすぎる!


 悔しくて、劣等感と嫉妬心で、おかしくなりそうだ。嫉妬の炎で、燃やしつくされてしまう……


 私は、このどうにもならない気持ちの矛先を、あろうことか、新月に向けてしまう。



「何で! 新月が描いてるのさ! おかしくよこんなの!」

「なっ、何怒ってるんだい?」

「悔しいよ! 私がやりたかった事なのに!」

「彩果ちゃん?」

「どうしたんですか」


 私の怒鳴り声に、途中から絵本を描いていた雪菜と陽花が反応する。


 「落ち着いてよ、彩果ちゃん。新月ちゃんが怖がってるよ」


 見ると、新月が怯えてるような表情を浮かべていた。予想外の私の言葉のせいだろう。

 しかし、すぐにいつもの余裕に満ちた顔に戻っていた。


「そっかぁ、彩果は百合園の表紙が描きたかったんだね、偉大な人達しか描く事が許されないから、彩果がまだ描けてない事には、違和感があるよね」

「うるさい……馬鹿にするな」


 私は、ついカッとなって、最低の一言を言い放つ。


「新月の絵なんかより、私の方が上手だもん!」

「ふーん、そーなん?」

「彩果ちゃん……」

「彩果……」


 私は我に返った。それと同時に、とてつもない後悔の念に苛まていた。


「ちっ違うの! さっきのは嘘だよ! ついカッとなって……」

「あー確かに、あたしなんかの絵より、彩果の絵の方が、評価されてるもんね」

「違うよ、聞いてよ新月!」

「さすが天才絵師ぷらむこと色彩果様だね」

「新月!」

 

 どうしようどうしようどうしよう。新月を怒らせてしまった。傷付けてしまった。最低だ……

 謝らければ……早く、早く、早く!


「ごめん……なさい……許してよ、新月」

「こうなったら対決しよ、どっちの絵が上手いか」

「聞いてよ、新月……」


 私は下を向く事しかできなかった。新月がどんな顔をしてるかを見るのが怖かった。


「いいね対決だ! 今日からの一週間、大学中をまわって百合風景を絵に描く。そしてSNSに投稿して一つでもいいねが多い方の勝ち!」


 新月は勝手に勝負のルールを作って、説明を初めた。きっと私の事を許すつもりはないのだろう。


「新月、彩果の話を聞いてあげてください」

「新月ちゃん! 彩果ちゃんが謝ってるんだよ? 許してあげてよ」

「じゃあ一週間後に会おう! 逃げるなよ、彩果」


 そう言って、美術室から出て行った。


「どうしよう、新月が許してくれないよ……」

「彩果ちゃん、泣かないで」

「私、嫌われたんだ、大切な親友に……グスッ、グス……」

「彩果ちゃんにも涙なんてものを流す心なんてあったんだね! そういうものとは無縁だと思ってたよ!」

「ポイズン雪菜! 今日は鳴りを潜めてたと思ってたのに!」


 涙が止まらなかった。自分のしてしまった事への後悔と情けなさに。私のくだらないプライドの為に、親友に向けた侮辱の言葉。私は、取り返しのつかない事をしてしまったんだ。


「全く、新月もさ、彩果が謝ってるんだから、耳を傾ければいいのに……うちだったらそうするよ」


 本来の陽花に戻っていた。本当に自分では、切り替えが出来ないのだろう。


「ううん、全部悪いんだ。プロなのに、他人が描いた絵を見下してしまったんだからね……」


 絵に上手い下手の優劣なんてものはない。そもそもどんな絵が好きかなんて人によって違う。


 他人から見れば落書きでも、その人から見れば、美術館で飾られてるどんな絵よりも心惹かれる、世界最高の絵画なんだ。


 だから、競い合う必要なんてない。馬鹿にしたり、貶してたりしてはいけない。なのに私は――


「最低だよね私。罵ってよ、好きなだけさ」


「いつまでもうじうじしてんじゃねーぞ! この絶壁貧乳非処女他人にマウント女!」

「ありがとう、雪菜」

「いや、罵られて感謝する人なんて、うち初めてみたよ……雪菜も言い過ぎだから」


 でもお陰で少し元気になれた。雪菜の満面の笑顔はいつでも癒される。腹黒いけど。


「こうなったら、新月ちゃんとの対決に勝つしかないよ。そして彩果ちゃんが勝って、言う事を聞いて貰うんだ。許してくださいってね!」

「分かった……新月と戦うよ、そして向き合うんだ。あいつの真意を知りたいから」

「新月にも、何か意図があるように思えるよね」

「だから私は聞かなきゃいけないんだ。新月が何でこんな勝負を仕掛けてきたのかを」


 あいつにとって、この勝負のメリットは、私より上だと証明する事……でも本来にそうなのかな。何か……他にある気がする。それが何かは分からないけど……


「『彩果、お前は引くことを覚えろ。自分の意見を押し通して、相手を倒すのではなく、時には引いて、相手を立てろ。それが出来るのが大人だ』ってみなもに怒られた事があったけど、本当にその通りだな……」


 私はやっぱり子供のままだ。年だけとっても、中身は成長していない。それを実感している。


「だからってわざと負けるのだけは、絶対駄目だよ! 

そんな訳したら、新月ちゃんが失望して、二度と口聞いてくれないかもしれないから」

「分かってる、そんな失礼な事、するつもりはない。真正面からぶつかって、新月に圧勝して見せるよ」

「それでこそ、彩果ちゃんだよ! この絶壁貧乳非処女他人にマウントしたのに反省無し女!」

「ありがとう……雪菜」

「意味が分からない……貶されてるのに、感謝するなんて……うちもまだまだだな」


 私は涙を拭いて、立ち上がった。行かなければ、大学中を巡って、百合絵を描く為に、そして勝つ。


「この対決の先になにがあるのかな……親友を傷付けた事に対して、許しを請う為なのかな……」

「別に彩果が勝っても、得られるのは、精神勝利だけ、百合園の表紙を描ける訳でも無いのにね」

「うぅ……分かってるよ、新月に土下座してでも、許して貰うつもりだからね、それとこれとは別に、勝負には勝つけどね!」


 美術室を出ようとする私に、二人が声をかけた。


「楽しみだね! 彩果ちゃんの絵!」

「できれば沢山描いて欲しいよね、うちらも彩果の絵のファンだからさ、早く尊さに悶えたいよ」

「雪菜……陽花……」


 そうだ、私は百合の伝道師。百合絵を描いて、その尊さを伝える事が、私の使命……

 というのは、勝手に言ってるだけで、私が趣味でやってるだけなんだけどさ……


「うん、楽しみにしててよ! 大学といえばサークル活動だからね。サークルを巡って、その百合風景を描いてくるよ」


 目を輝かせる雪菜と陽花。本当に二人は良い子だ。

 私は親友に見送られながら、美術室を後にした。

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