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夫婦で初めての下校

 みなもと私は車で大学へ通う事にしている。徒歩だと大変だし、市内なので電車じゃ意味ないからね。バスという選択肢もあるけれど、みなもは私と二人きりの方がいいみたいだし。私も同意見なんだけどさ。


「まさか本当に大学生になるなんてな」

「えへへ、登校初日はどうだった?」

「緊張したけど楽しかったよ。お前と一緒だからな」

「みなもー!」

「よしよし」


 みなもと私は、車を降りていつもの商店街を歩いていた。お店で買ったアイスクリームを食べながら。所謂買い食いというやつだ。


「みなもはさ、こういうのやった事ないの?」

「ねぇな、いつも寄り道せずにまっすぐ家に帰ってたからな」

「お嬢様だねー」

「一緒にこういう事をしてくれる友達がいなかったんだよ……大星とはここまでする仲じゃなかったからな」


 やはり暗い青春を送っていたようだ。私には雪菜達が居て、毎日楽しい学生時代を送っていたのでこの楽しさをみなもにも知って欲しい。勿論、人によって何が楽しいかは違うから無理強いはしないけどね。


「遅れた青春を取り戻す為にも、思い出を作らなきゃね」

「そうだな。私が青春を謳歌したって良いよな。お前となら何をやったって楽しいからな」

「みなもー!」

「よしよし」


 みなもと大学生活を送りたいというのは、私の勝手な願望だった。本当に実現するなんて……私の方が楽しんでる気がする。


「それにしてもこの年で大学生になるとはな。変な目で見られないか心配だったぜ。今の所はそういうのは無いけど」

「別に珍しくないよ? うちの大学にはもっと年上の人もいるもん。大学にはいつでも行けるからね」


  還暦の人が居るのは流石に驚いたけどね。でも人生は一生勉強だから、年齢の事を言うのはナンセンスだけどね。


「フフフ、みなもの高校時代の事、大星教授から聞いたよ?」

「あいつ……本当に喋りやがったな……」

「まさか運動会の網くぐりが進めなくてリタイアしてたなんてね」

「あぁ……もう! 思い出したくもない過去なのに!」 

「その時のみなもを見て見たかったなーきっと可愛いんだろうなぁ」

「畜生、彩果の恥ずかしい過去とかねぇのか? 私だけ知られるのは不公平だ!」


 私の恥ずかしい過去を詳しく知っているのは、ママか妹の真白ちゃんだろう。あとパパか。私の家族に聞けば知る事が出来るかも。でもみなもだったら知られても特に問題はない。きっとそれと含めて愛してくれるだろうから。




「そう言えば、この前新月とこの辺でデートしたんだよね」

「何だよそれ、知らないぞ。いつの事だよ」


 みなもが嫉妬してる。そんなみなもも可愛い。


「この商店街で百合観察してた時に偶然新月と出会ってさ、なりゆきでデートする事になったんだよね。着物姿の新月、可愛いかったなー」

「納得いかねえ、彩果が私以外の女とイチャついてたなんて……よし、その時と同じデートコースを私とまわるぞ!」

「えーもう夕方なのに……再現してたら夜になっちゃうよ」

「なら、この商店街でやってた事で良い。私とデートするぞ」


 確かあの時は、喫茶店でコーヒーを飲んでその後ゲームセンターに行ったんだっけ……私はみなもを連れて喫茶店へと向かった。




「おっおい……何だよこのオサレな店は……私なんかが居たら浮きまくりじゃねぇか」

「そんな事ないよ、何処にでもある喫茶店だよ。学生時代は雪菜達と学校帰りに何度も来てたし」

「最近の学生はこういう所に来るんだな……ませてやがる」


 五つしか年が違わないんだけど。みなもはこういう所に来る事は無かったんだろうな……


「何だこのコーヒーは、何でクリームが浮いてるんだよ。ウインナーコーヒーっていうからソーセージが丸々一本入ってるんじゃないのかよ」

「そんなギャグみたいな訳ないじゃん、美味しいから飲んでみなよ。スプーンで混ぜずにクリームの隙間から飲むんだよ」

「ん……何だこれ……飲みづらいぞ」


 みなもの口元は見事にクリームが付いていた。ウインナーコーヒー初心者あるあるだ。


「あはは、口元にクリームが付いてるよ、取ってあげようか?」


 私はみなもの口に付いてるクリームを手で取って、自分の口に入れた。


「美味しい、いつぞやのお返しだよ。これも百合シチュの一つだよね」

「あの時は付いてる方の口に入れたんだよ」

「そうだったね、じゃあもう一度クリームを付けてよ」

「もうそんなミスはしないよ。今ので飲み方をマスターしたからな」


 そう言ってみなもはまたもクリームを付けていた。


「また付いてるよ、取ってあげる」


 そう言って私は、みなもの口元を舐めてクリームを取ってあげた。


「なっ……彩果……」

「えへへ、不意を突かれたね」


 みなもが赤面している。完全に予想外だったみたい。


「彩果、クリームを付けろ。お返ししてやる」

「えー私はそんなへましないよー飲み慣れてるからね」


 と言いつつわざとクリームを付けてみた。みなもがどんな方法で取ってくれるのか楽しみだから。きっと私の腰を抜かすような方法があるのだろう。


 みなもは指でクリームを取って、私の口に入れてくれた。え? これで終わり?


「……この前と同じじゃん。真新しさが無いよ。凄いのを想像してたのにさ」

「うっせ、思いつかなかったんだよ」


 でもみなもとこういう所に来るのは初めてなので楽しかった。これからもここへ通う事にした。今日は頼まなかったけど、ここのパンケーキは凄く美味しい。日によっては割引しているので、学生のお財布にも優しい。雪菜は何枚も食べてたな……凄い胃袋の持ち主だ。腹黒いけど。

 



 次はゲームセンターにやってきた。いつも学校帰りに来ていた場所だ。思えばみなもとはこういう場所へは殆ど来た事がない。いつも家に引きこもっているからかな。みなもはインドア派だからね。普段は家でアニメ見たり漫画読んだりしてばかりだ。たまには運動させないと。


「お前、こんな騒がしい所によく来てたのか?」

「みなもはこういう所苦手?」

「好きじゃねえな、ママに連れられて来た事があるけれど、うるさいし景品が全然取れないわで良い思い出がないよ」

「じゃあ帰る?」

「いや、彩果と遊びたい。お前となら良い思い出を作れそうだからな」

「みなもー!」 

「よしよし」 


 私がいつもみたくみなもに抱きついていると、周りのお客さん達が私達を見ていた。でもなにイチャイチャしてるんだよみたいな軽蔑の目ではなかった。むしろ皆尊みを感じているみたいだった。


 よく見るとカップルと思われる人達だらけだ。家族連れも多い。昔はもっと殺伐としていたのにその時とは客層が違うみたいだ。


 当時だったらリア充カップルなんて来ようものなら、取り囲まれてゲームを挑まれてボコボコにされていただろう。皆お遊びでゲームセンターに来ていた訳ではないのだから。戦う為だけに来ていたのだから。


 だがそれこそがゲームセンターの本来の姿なのだ。もっと殺伐としているべきなんだ。アウトローな連中がたむろしていて、目と目が合ったらゲームで戦う。勝った者が全てを手に入れ、負けた者には何も残らない。それこそが勝負の世界……それが手軽に味わえるのがゲームセンターなんだ。

 

 少なくとも、私が中高生だった頃はそうだった。なのに今は女の子同士が手を繋いでゲームをしていたりする。


「よーし! 今日はあの景品取っちゃうよ!」

「きゃー! 凄い! 私の恋人恰好良すぎ!」


 全くイチャイチャしちゃって……ここはそういう場所ではないんだ。もっと殺伐と……

 

「ほら、このストラップ欲しかったでしょ?」

「本当に取っちゃうなんて……ご褒美のキス!」


 ……新しい百合カップル観察の場所に使えそうだな。ゲームセンターで遊ぶ百合カップル、尊いから後で描こう。


「おお、あれは『でかかわ』のクマしゃんのぬいぐるみじゃん! しかも非売品のやつ!」


 キャラクターが大きくて可愛い事で定評のある『でかかわ』その中でもとりわけ大きいのがクマしゃんだ。みなもはあのキャラクターが好きらしく、グッズを集めているみたいだ。


「ぜってー取ってやる! ふふふ、また私のクマしゃんコレクションが充実するぜ」


 そう言ってクレーンゲームを初めたけど、一向に取れる気がしない。みなもはこういうのが苦手みたい。


「畜生! 全然取れやしない……どうせ取れないようにしてんだろ」

「みなも、あれが欲しいの? 私が取ってあげようか?」


 私からしたら、こんなのは朝飯前だ。私は一発で景品のぬいぐるみを取る事が出来た。簡単過ぎる。

 

「みなも、UFOキャッチャーはこうやれば簡単に取れるんだよ」

「凄いなお前、私が何回やっても取れなかったのに一発で成功させやがった」

「えへへ、学生時代に何度もやってたからね、こういうのは得意なんだ」

「ありがとな彩果、これで私のクマしゃんコレクションがまた一つ増えたぜ」


 みなもはぬいぐるみが好きなんだよね。私と同棲するまではいつも抱き枕にしていたらしい。私しか知らないみなもの可愛い所だ。


「あ! あっちにも『でかかわ』の景品があるよ!」


 この店の名物、特大クレーンゲームの景品の中に巨大クマしゃんのぬいぐるみがあった。私が取ったぬいぐるみより何倍も大きい。


「デカ過ぎんだろ……あんなのどうやって取るんだよ……取れても持って帰れないだろ……」


 確かに、取れたとしても車には乗せられないだろうし、家に置こうにもかなりの場所を取る。というか玄関を通らないと思う。

 

「みなも、あれ欲しい?」

「いや、あれはさすがにデカ過ぎるよ……私には彩果が取ってくれたぬいぐるみがあるから良い。最愛の妻であるお前が取ってくれたって事に意味があるんだよな」

「みなもー!」

「よしよし」




 私は昔を思い出していた。そう、あの殺伐としていた頃のゲームセンターを。ゲーマーの血が騒いで来た。私は戦いを求めているんだ! ゲームでの戦いをね!


「みなも! ゲームで対戦しよ!」

「え? まぁ良いけど……手加減してくれよ、私は殆どやった事ないんだから」

「手加減なんてする訳ないじゃん、そんなのはここでは失礼にあたるからね、やるなら全力だよ」


 中高生の頃、私は雪菜達共にライバル校の生徒達とここで何度も対戦していたんだ。まさにお互いのプライドを賭けた戦いの日々だった。そのお陰で私は鍛えられている。負ける気がしない。


「じゃあ最初はバスケットゲームで戦おうか」

「私はバスケなんてやった事ないぞ……」

「まずは私がやるからやり方を見ててね」


 私は一分間の内に、一本のシュートしか外さなかった。バスケは得意なのだ。この時点で勝負は決まったようなものだけど、みなもの結果を待つ事にした。


 おお凄い凄い、フォームは綺麗だけど一本もゴールに入っていない。どんな下手な人でも一本くらいは入るものなのに……


「ゼ……ゼロゴールって逆に凄いよみなも」

「くそ……バスケットボールなんて触った事無いから持ちにくかったぜ」

「体育の授業の時どうしてたの?」

「私にボールが回って来なかったんだよ」


 あぁそういう事か。私はそれ以上の詮索はしない事にした。私の場合は逆にボールを持たせてはいけないと、相手のチームのマークが厳しかったな。私がボールを持つと大暴れしてしまうからね。


「次はパンチングマシーンだよ! パンチの威力を競い合うんだ」

「こんな野蛮なゲームがあるのかよ……」


 私は力いっぱいグローブを殴りつけた。


「おお! ハイスコア更新だよ! 我ながら凄いパンチ力だよ」

「ひぃぃ! 彩果とは絶対に喧嘩しないようにしよう……」


 ビビり過ぎだよ……私が手を出す事なんてある訳ないのに。喧嘩はする事あるけれど、口喧嘩だし、直ぐに仲直りしてエッチをするからね。これも夫婦円満の秘訣だよ。


 ちなみにみなもの結果は言うまでもない。こんなへなちょこ猫パンチ初めて見たかも。みなもは喧嘩とか大嫌いなお嬢様だから仕方ないのかも。見た目は元ヤンみたいだと良く言われてるけど……


「おい……もっと平和的なゲームにしてくれ」

「じゃあ エアホッケーでもやろうか」

「これなら得意だぜ。ママと何度もやった事があるしいつも私が勝ってたからな」


 お義母さんは優しい人だから、可愛い娘の為に接待プレーをしてくれていたのだろう。思い違いをしているみなもに、現実を思い知らせる事になるだろうな。


「彩果! 私の実力を思い知れ!」


 数分後……


「ぜぇ……ぜぇ……参った、私の負けだ」

「もう疲れちゃったの? 体力ないなぁ」


 勝負の結果は私の全勝に終わった。私が苦手とするレーシングゲームでさえ勝つ事が出来た。というかみなもが下手過ぎる。


 新月と戦った時も思ったけど、もしかして私ってゲーム強過ぎ? もっと強敵と戦いたいものだ。真白ちゃんはこういうの得意だったかな……


「じゃあ次行こうか」

「も……もう疲れるのは嫌だぞ……」

「本屋に寄るだけだよ。丁度欲しいものがあるからね」




 私達は本屋にやってきた。『死にかけ女神』のコミカライズ版を買う為だ。あと百合園の今月号も買っておかないとね。


「本屋なんて久しぶりにきたな」

「みなもはひきこもりだからね」

「……否定はしない。欲しい本はネットで買うからな」

「本屋で探すのも良いものだよ。私が『つきめば』を知ったのも本屋で百合作品を漁ってた時だからね」

「成程……運命の出会いってのは、こういう所で起こるものなんだな……彩果と私の出会いを超える運命なんてないけどな」

「みなもー!」

「よしよし」


 ふと店内のポスターに目がいった。私の妹である真白ちゃんが作画を担当しているBL漫画『月下に咲き乱れる野薔薇』の新刊告知をしているようだ。


「……真白ちゃんの絵だ」

「おっ本当だ、あいつも今や売れっ子絵師だからな。真白の絵を目にする機会が増えたぜ」


 男性同士の恋愛を描いたボーイズラブ。その人気は凄まじく、百合作品以上に売れている。


 腐のお姉さん達の購買力が凄すぎるのもあるし、どんな作品でも男性キャラが二人以上いればカップリングにしてしまう。女の子を男の子に性転換させて無理矢理カップルにしてしまう人もいる。BLファン達の創作意欲は底なしだ。


 とにかく行動力が百合好きとは桁違いなのだ。私がどんなに百合を伝え広めても、その差は埋まらないだろうな……腐女子恐るべし。畏怖の念すら感じる。


 だからと言って百合好きとBL好きが争う必要はない。好きなものを好きでいれば良いのだから。両方好きな人もいるだろうし。


「ええっと……漫画コーナーはどこだっけ……」

「おい彩果! 百合園に『オーバーキル』の告知が載ってるぞ!」

「え、本当! どこどこ?」


 後ろの次号予告の所に『つきめばのりぷとん先生と、天才絵師ぷらむ先生がダッグを組んで描く新作が次号から連載開始!』と書かれていた。


 ……『どつおつ』は無かった事になってるらしい。


「本当に連載が決まったんだね。いまいち実感が無かったから……今になって沸いてくるよ」


 喜びと同時に、責任感で身が引き締まる思いだった。この作品を絶対に成功させなければいけないからだ。勿論それだけじゃない。


 『オーバーキル』は読み切りを経ずに連載に至っている。みなもの実績が評価されたのだろう。内容が面白いのもあるのだろうけど。


 でもその陰で連載に至らなかった人達も沢山いる。 実力の世界だから、そればかりは仕方がない。ポンコツ編集の見る目がないのも関係あるのだろうけど…… どんなに連載を夢見ても、叶わない人達がいる。現実は非情だ。

 

 だから私達はあぐらをかいてはいけないのだ。連載を勝ち取る事が出来なかった人達の分まで、頑張らないといけないのだ。


「おい彩果、何暗い顔してんだよ」

「みなも……ごめん、ちょっとナーバスになってた」

「暗い顔をしてるお前なんて見たくないんだよ、お前は笑顔が一番似合うからな」

「みなもー!」 

「よしよし」


 そうだ、難しく考え過ぎても駄目なんだ。みなもと一緒に漫画を描ける事を喜ばないとね。


 ちなみに私が一番笑顔が似合うのは雪菜だと思ってる。彼女の笑顔を見ると守りたいと庇護欲が沸いてくるもの。それにあの可愛い笑顔をしながら、毒を吐いてくるギャップもたまらない。


 でもやっぱり愛する妻のみなもの笑顔が世界で一番かな。もっとみなもの笑顔が見たいから、幸せにしないといけないんだ。


「お前と一緒に漫画を描いてる事が楽しくて仕方ないんだよな」

「えへへ、私も同じ事考えてたよ。漫画は楽しく描かなきゃ面白くなんてならないからね」


 今の百合園は売上が落ちて暗黒時代にある。二枚看板である『君メロ』と『拳恋』以外はぱっとせずに、すぐに打ち切りになってしまう。 そこで『オーバーキル』をヒットさせる事によって救世主になってやるんだ。三強時代にしてみせるんだ。


 それにしても『君メロ』の人気は本当に凄いな。百合園の看板と言えばこれだもん。アニメ化される事が少ない百合園作品だけど、既に決まっているしまさに百合園の星だよ。


 この作者様の前作『論理派少女と理論派少女の恋愛論』も面白かった。勿論全巻持っている。何度読み返しても面白くて尊い。


 何より優しさや温かさが作風から伝わってくるよ。きっと作者様は心が綺麗で人格者でお優しいお方なのだろう。私が大好きだと言える作家の一人だ。


「私の憧れの人達と一緒の舞台で仕事が出来るんだ……」

「おい、私が言った事を覚えているか?」

「覚えてるよ、憧れは捨てろでしょ? 同じプロの世界で闘う以上はリスペクトし過ぎてたら生き残れないからね。むしろ勝ちにいかなきゃ」

「それなら良い『君メロ』と『拳恋』を越えてやろうぜ。『オーバーキル』こそが百合園の看板漫画だ」


 私の憧れの雑誌で連載作品を持って、憧れの漫画家さん達と競い合うんだ……正直怖気付いてる。だけど絶対にヒットさせてやるんだ。そして『君メロ』も『拳恋』も打ち切りに追い込んでやる!


 ……どっちも好きな作者様の作品だし、続きが気になるから続いて欲しいけど。


「何か腹減ったな」

「さっき食べたばかりじゃん……と言いたけど私も同感だよ」


 甘いものを食べた後はしょっぱいものが食べたくなる。その後は甘いものが食べたくなる。そしてしょっぱいものが食べたくなる……無限ループって怖い。


「そうだ、ラーメン屋に行こうよ。『時グル』の聖地になった場所なんだ」

「学校帰りにラーメン屋か……そういうのも漫画でし

か見た事ねぇな」 

「なら行こう! こういう思い出を作る為に大学に入ったんでしょ」

「まぁな、お前と一緒ならどんな事でも最高の思い出になるよ」

「みなもー!」

「よしよし」 


 あれ? 何かを忘れている気がする……まいっか!




「それでねー折川店長がラーメンを作ってくれなかったんだよね」

「もうラーメン屋畳めよ……」


 私達は『全王』へ車で向かっていた。ラーメンを食べられるかは分からないけれど、あの餃子とチャーハンは美味しいからね。みなもと一緒に食べたい。それに折川店長にお礼を言わないとだし。


 ちなみにみなもは免許を持ってなくて運転が出来ないので、私が運転するしかない。


「みなもも自分で運転出来る様になって欲しいなー」

「すまん……教習には何度も行ったんだけど、毎回不合格でな……正直自転車で事足りるから、取らなくて良いと思ったんだよ」

「レーシングゲームはあんなに得意なのに運転は苦手なんだね」

「お前はあんなにゲーム下手なのに、運転は上手いよな」

「えへへ、さぁ着いたよ『時グル』に出てきたラーメン屋に」

「おおっ! 本当に存在してたんだな」


 みなもは『時グル』の大ファンなので、いつか来てみたいと言っていた。やっぱり好きな作品の聖地には一度は行ってみたいよね。


「いらっしゃいませ! あっ彩果ちゃん、みなもさんも一緒なんだ」

「何で雪菜がここにいるんだ? ていうか途中で帰ったよな」

「ここでバイトしてるんです。あの時は新月ちゃんとみなもさんがクソしょーもないマウント合戦を始めたから、聞く価値ないなって……」


 ポイズン雪菜が発動している。でもその意見には頷くしかない。


「しょーもないってなんだよ。雪菜は『つきめば』と『死にかけ女神』のどっちが好きなんだよ」

「どっちも好きです。だから原作者達がマウントを取り合う所なんて見たくないんですよ」


 おおっ、私が教えをしっかりと継承している。そうだ、好きな作品を好きでいて楽しめば良いんだ。他人と争う必要なんてないんだからね。


「そうか……見苦しい所を見せちまったみたいだな」

「でもアニメ化されてるのは新月ちゃんの『死にかけ女神』だよね!」

「それは言わないでくれよ……気にしてるんだからさ……」


 みなもが落ち込んでしまった。本当にアニメ化されていない事を気にしてるんだな。


「雪菜、みなもは『つきめば』がアニメ化されていない事にコンプレックスを感じているんだよ。だから触れないであげて」

「ありゃりゃ、ごめんねみなもさん。お詫びに私が踊りで元気付けてあげるね」


 雪菜は謎ダンスを披露し始めた。雪菜の十八番のダンスだけど全く意味が分からない。見てるだけでマジックパワーを吸い取られそうだ。


「何だよその踊り。逆に力が抜けそうだぞ」

「雪菜、その踊りを私にも教えてくれない? 私が踊ればみなもを励ませるかも」

「何言ってるの? こういうダンスは巨乳の女の子がおっぱいブルンブルン揺らしながら踊るから意味があるんだよ。絶壁貧乳の彩果ちゃんの踊りなんて需要が皆無だよ」


 ポイズン雪菜は今日も絶好調だ。


「あるもん! ひんぬーが好きな人もいるもん! ていうか雪菜もひんぬーじゃん!」

「陽花ちゃんは私のおっぱいも好きでいてくれてるからいいんだ。私の踊りも絶賛してくれるから」

「ぐぬぬ……」

「彩果が私の為に踊ってくれるなら元気百倍だぜ」

「みなもー!」

「よしよし」

「惚気かよ」

「何か騒がしいと思ったらお客さんか……いらっしゃい」


 厨房から出てきたのは折川店長だ。ラーメン屋なのにラーメンを作らない事でお馴染みの折川捩木さん。花の独身。あと巨乳。


「折川店長、あの時はお世話になりました。全部私の勘違いでした……みなもが浮気なんてする訳ないのに……」

「へぇ、その人が彩果の奥さんか。仲直りできたんだな。良かったよ」

「彩果の知り合いなのか? 本当に顔が広いんだなお前」


 みなもが狭すぎるだけだよって言うと凹んでしまうので言わないでおこう。


「もしかしてラーメンを食べに来たのか? それなら作ってやるぜ」

「え? 本当に? あの塩ラーメンを食べられる!」


 ……いや、ラーメン屋なんだから当然の事なんだけどね……もういっその事、ラーメンを作らないラーメン屋として営業すれば良いんじゃないかと提案しようと思ってた所だ。でもやっぱりあのラーメンは食べてみたい。


「じゃあ塩ラーメンを! みなももそれで良いよね?」

「私は彩果と同じのを食べたいからそれで良い」

「みなもー!」

「よしよし」

「……凄ぇラブラブなんだな……あんた達。見てるだけで胸焼けしそうだよ」

「えへへ、みなもと私はいつもこうなのです!」


 折川店長が私達を見て尊さを感じているようだ。でも嫉妬してる感じは無かった。あんなにリア充カップルアンチだったのに。


「じゃあ人気アニメにも登場した我が店の塩ラーメン、あんた達に振る舞うから楽しみにしてくれよな」


 あんなにラーメンを作る事が嫌になってたのに……何だろう、心なしか折川店長の雰囲気が前とは違う。とても幸せそうだ……


「もう、店長さんったら、恋人が出来てから惚気てばかりですね!」

「おい雪菜……お客さんの前だぞ。そういうのは言わないでくれ」

「だって、仕事中でも恋人さんの事ばかり話してるじゃないですか」

「仕方ないだろ……私にとって初めての事なんだから。恋に溺れて見たかったんだよ。今がとても幸せ何だよ」


 折川店長の顔が乙女になっている。あんなに卑屈だったのに恋は人を変えてしまうんだな。それにしてもどんな恋人さん何だろう。


「邪魔するぜ! 捩木ちゃん居る?」


 大声で店内に入ってきたのは大星教授だ。折川店長をちゃん付けとは……友達なのかな。


「あ、大星! お前私の学生時代の恥ずかしい体験を彩果にバラしやがったな!」

「別に良いじゃん、みなもっちの恥ずかしい所も愛してみせるって彩果ちゃん言ってたし」

「えへへ、他にも聞いちゃた。でもみなもの事がもっと好きになったよ」

「……彩果になら知られても良い」


 良いのかよ。今度はみなもの知らない私の恥ずかしい過去を話してあげよう。どんな反応をするのか見てみたい。


「光夜さん!」

「おお捩木ちゃん。客の前だってのに大胆だね」 


 折川店長が教授に抱きついた。まさか恋人って教授?


「あの……二人は付き合っているんですか?」

「ああ、捩木ちゃんとあたいは恋人なんだ。結婚の約束もしてるからね」

「光夜さん……光夜さんの事ばかり考えて仕事に集中できません……」


 何て顔をしているんだ折川店長。乙女過ぎる……この前とは本当に大違いだ。


「お客さんが待ってるよ、頼むからこれで仕事する気になってくれ」


 そう言って、教授は折川店長にキスをした。しかもディープキス。みなもや私より上手い。


「大人の女性同士のキス……尊いよ」

「彩果と私だって大人だろ。ていうか何でこの二人が付き合う事になったんだよ」

「あたいが合コンに参加した時に一人で寂しそうにしている捩木ちゃんと出会ったんだよね」

「……誰でもいいから出会いが欲しかったんだ、だけど私はそういう場所が苦手で皆と話せずにいたんだ。そしたら光夜さんが話しかけてくれたんだ」


 折川店長って、人見知りするんだな。意外と繊細なのかも知れない。


「光夜さんは聞き上手で、私の愚痴を文句も言わずにずっと聞いてくれてたんだ」

「確かに大星はそういう所あるよな。私の愚痴も聞いて貰った事があるし」


 みなもの愚痴なら私は何度も聞いている。愚痴は本音が出るのでその人の内面を知る事が出来る。みなもは繊細で弱気な女の子だ。きっと折川店長もみなもに似ているのだろう。


「やけ酒をした私はいつの間にか酔い潰れて寝てしまったんだ。そして起きた時にはベッドの上で全裸になっていたんだ……つまり光夜さんに抱かれたんだ」 

「それって所謂お持ち帰り百合じゃないですか! 本当に存在したんですね……」


 漫画でしか見た事の無かった、合コンで女の子同士が仲良くなって、そのままお持ち帰りされる展開。二人からその時の状況を詳しく聞いて描いてみたいものだ。


「いやーあたいも酔っててさ、つい勢いで捩木ちゃんを抱いちゃったんだよね。まさかこんな形で貞操を失うなんてさ」

「大星お前……下手すりゃ犯罪だぞ」

「違う、私は無理矢理抱かれたじゃない! ちゃんと合意の上でしたんだ! というか私の方から抱いて欲しいと頼んだんだ! だから光夜さんは悪くない!」

「あたいにとって捩木ちゃんは好みの女の子だったからね。抱いて欲しいと言われたらつい……」


 成程、それで恋が芽生えて二人は恋人になった訳か。


「いやー良かったですね! 店長さん。お陰で元気になってまたラーメンを作るようになりましたし、彩果ちゃんにあの塩ラーメンを食べて貰う事が出来るよ!」

「雪菜……」

「だからいつまでもイチャついてないでそろそろラーメンを作りましょうよ」

「おっと、そうだったな。待たせて済まない。塩ラーメン二つだな」

「あっ、あたいも頼むよ。丁度ラーメンが食べたいと思ってここに来たからね」

「ラーメンって無性に食べたくなる時がありますよね」

「体に悪いと分かってても食べたくなるんだよね、滅茶苦茶体に悪いんだけどね」 

「ラーメン屋でする話じゃねぇな……」 


 ちなみにみなもが好きなのは醤油ラーメンらしい。健康に気を遣って最近は食べて無かったけど、たまにはラーメンも良いだろう。




「へいお待ち! 塩ラーメンだよ、うちでは豚骨ラーメンに継ぐ看板メニューだ!」

「店長さん、余計な事は言わなくていいんですよ、この店では豚骨ラーメンなんて誰も頼んでない不人気メニューなんですから」 

「そんな事言うなよ、雪菜だって豚骨が好きだろ?」

「いえ私はラーメン自体が嫌いですから」

「じゃあ何でラーメン屋でバイトしてるんだよ……」

「そりゃお金の為だもん! ここ時給良いので!」

「正直だな!」


 これがふがしちゃんを元気付けた塩ラーメン……


「いただきます……」


 あの時のふがしちゃんと同じトーンで言う。別に落ち込んではいないけど、真似してみた。そして私はラーメンを口に運んだ。


「美味しい……こんな美味しいラーメン初めて食べました」

「そうでしょ? 店長さんの作るラーメンは宇宙一だからね! 私は食べた事ないけど!」


 スープを飲んでみた。やっぱり美味しい。これこそがふがしちゃんを立ち直らせた味なんだ……食べる事が出来て本当に良かった。


 ……一応教授に感謝しないとね。折川店長に彼女が出来たお陰で、ラーメン作りを再会したんだから。


「どうみなも? 美味しい?」

「美味いよ、だけどお前と食べるからもっと美味しく感じるよ」

「みなもー!」

「よしよし」


 何を食べるかではなく誰と食べるかと言う奴だ。みなもは私と一緒なら何を食べてもそう言ってくれるだろう。


「それに好きなアニメに出て来たラーメンだからな、どんな味なのか気になってたんだ」

「えへへ、この味ならふがしちゃんも元気になるのも納得だよね」


 あの回は二人で食い入るように見ていた。落ち込んだふがしちゃんを一緒に心配していたんだけど、このラーメンを食べて元気になったのを見て感動して抱き合ったんだよね……やっぱり夫婦で同じ趣味を持つと毎日が楽しいよ。


「あの……光夜さんはどうでしょうか」

「凄く美味しいよ。捩木ちゃんと結婚したらこれが毎日食べられるんだろうな……想像しただけで体壊しそうだよ」

「別に毎日食う必要はないだろ。大星が体を壊したら私は悲しいよ」

「何だいみなもっち、あたいを心配してくれるのかい」

「一応、唯一人の友達だからな」

「ありがとう、じゃあ友達としてみなもっちの学生時代を話してもいいかな?」

「言い訳あるか!」

「みなも、今日はどうだった? 大学生活初日だったけど」 

「どうだったって、お前と一緒なら楽しいに決まってるだろ」 

「みなもー!」

「よしよし」


 私達は抱き合った後に、キスをした。折川店長と教授のあれを見た後だったので、したくなっていた。


「いやーアツアツだね、お二人さん。あたいも捩木ちゃんとキスしよっと」

「光夜さんと私の方がラブラブだから!」


 そう言って、二人はまたキスをした。本当にキスが上手な二人だ。ずっと見ていたくなる。そして描きたいと思える。


「どいつもこいつも惚気かよ! 私も帰ったら陽花ちゃんに甘えよっと」




 後日『死にかけ女神』のコミカライズを買うのを忘れていたのを思いだして、ネットで買ったのだった。ごめんね新月。

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