みなもの思いⅳ 運命の出会いを経て
私が十一歳の時、彩果と始めて出会った。
雪の降る冬の日の事だった。私は生理中で体調が優れずにいた。
「くそ……イライラするぜ、痛えし、不快感も凄いし、集中力が続かないから漫画も描けない……後寒いし」
下校中の私は、何処からか人の泣き声を聞いた。こっちはイライラしてるのに……大声で騒いでんじゃねぇよと思いつつも、心配になったので声のする方へ向かって見ると、女の子が道の真ん中で泣いていた。
「グスッ……ママぁ……グスッ」
迷子だろうか、私より幼い女の子が、こんな時間にこんな所で一人で居るって事はそういう事だよな……
防犯ブザー鳴らされたらどうしようと思いつつも、私は彼女に声をかけてみた。
「おいお前、こんな所でどうしたんだよ、迷子か?」
「グスッ……お姉さん……誰?」
「安心しろ、私は悪い奴じゃない。お前を誘拐したりはしないよ」
「……」
彼女は私の目をじっと見つめていた。私を見極めるつもりか。ならば信用してもらう為にも、私は目を逸らしてはいけないのだろう。だから私も見つめ続けた。
「お姉さん……」
「私の事を信じてくれたか?」
「信じる……」
そう言うと、彼女は私にキスをしてきた。私は生まれて初めてのキスを、彼女に奪われたのだった。
「んな! このガキ……私の初キスを奪いやがった」
「えへへ、お姉さんの唇プルプルー」
私は動揺していた。初めて会ったばかりの少女に唇を奪われたのだから。私の初キスがこんな形で済まされるなんて、想像していたのとは少し違った。でも不思議と悪い気はしなかった。
そこからのやり取りは、前にも話した通りだ。そこで彼女の名前を知った。いい名前だと思ったよ。ただ生理煽りには腹がたったので、叱ろうかと思ったのだけど、また泣かれたら困るのでぐっと我慢した。
「私はお前より年上だぞ! 敬語とか使えないのか」
「まだ六歳なので。それに年上と言っても、お姉さん小学生でしょ? そんなに大人ぶらないでよ。背伸びしたいお年頃なのは理解するけどさ」
「このガキ……」
「きゃー! お姉さんに怒られちゃう! また泣いちゃうかも」
「変な小芝居してんじゃねぇ! 顔が笑ってるぞ!」
「お姉さん……」
「おっ、やっとしおらしくなったか」
「そんな訳ないじゃん、引っかかったー!」
「このガキ……」
「お姉さんが本気で怒ってないことくらい、見れば分かるもん。本当は凄く優しい人だって、このやり取りだけでも分かるもん」
「……ふん」
不思議だ……さっきまで生理でイライラしてたのに、こいつと居ると、気持ちが落ち着く。痛みもおさまってきたし……それに、こいつと居ると楽しい……
私は友達がおらず、学校で孤立していた。家族以外の人とほとんど話す事は無い。だからこいつと話しているこの時間が、嬉しくて楽しくて仕方ない。
言っておくが、私はロリコンではないぞ。こいつをそういう目では見ていなかった。まだあの時はな。
「取り敢えず、お前のママを探そうぜ、このままずっとこうしてる訳には行かないだろ」
「探してくれるの?」
「当然だ。お前をこのままにはしておけないよ」
「私がお姉さんの運命の人だから?」
「はぁ? 何言ってんだ。そんな訳があるかよ。」
「だって、特定の状況下で運命的な出会いをしたんだよ?」
六歳のガキが何を言ってやがると、私はまともに相手をしなかった。こいつが将来の結婚相手なんて、その時は思いもしなかったからだ。
「お前のママはどんな人なんだ?」
「優しくてー美人でー」
「いや……そう言うんじゃなくて、どんな見た目かだよ」
「私に似てる」
「ふーん、灰色の髪の女性か、すぐに見つかるかもな」
「……みなもさん」
「何だよ」
「この辺に住んでるの?」
「そうだ、お前と同じ市内だと思うぜ。多分住んでる地区が違うだろうけどな」
「こっちの方には来た事ないから迷っちゃった……」
「背伸びしたくなるお年頃だな。分かるぜそういうの」
「……」
黙り込んでやがる。相当効いたみたいだな。
「違うもん! 冒険心をくすぐられただけだもん! 知らない場所を開拓したかったんだもん!」
「それで迷子になってちゃ世話ないぜ」
「ごめんなさい……グスッ」
「おいおい泣くなよ! 私が悪かった……」
「嘘だよー! 騙された?」
「このガキ……」
不思議だ。こいつと話しているうちに、どんどん惹かれていっている。まさか私はこいつに惚れてしまったのか? あのキスの影響か?……魔性の女め。
今はとにかく、こいつのママを元に帰さないとな。 もし見つからなかったら、私のママに頼ろう。大学の学長なんて暇だろうし……とか言うと怒られそうなので、本人の前では言わないけど。
私達は暫く歩いていた。彩果に弄られながら……
「あ! ママだ!」
「彩果ちゃん!」
「え? あの人がお前のママ? 姉とかじゃなくて……」
どう見ても大人の女性には見えなかった。ぱっと見小学生女児かと思った。見た目は私よりも幼いじゃないんだろうか。でも彩果に似ているし、本当に親子なのだろう。
「ママー! グスッ……ごめんなさい……」
「ごめんね彩果ちゃん、私が目を離したばかりに……」
再会して抱き合う二人。どう見ても親子の感動の再会には見えない……姉妹なら納得いくんだけどな。
「お姉さんが……みなもさんが私を助けてくれたんだ」
「そうだったの、みなもちゃん、ありがとうね」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
彩果のママは、私の頭を撫でてくれた。目線の高さが同じだったけど、小五の私と同じくらいの身長なのか。なんなら私の方が高いんじゃないか? これが合法ロリというものか。
「みなもさん、本当にありがとう……」
「気にするな、これも人助けというやつだ」
「お礼にキスしてあげる」
そう言って私にキスをしてきた。
「なっ……お前また!」
「えへへ、本当にプルプルの唇だね」
「あらあら、仲良しなのね」
いやそこは怒る所じゃないのか……娘に甘い人だな。私のママみたいだ。
「全く……もう怒る気力も沸かないよ。ほら、これやるよ」
「何これ?」
「イルカのストラップだ! 家族旅行に行った時に買ったやつだ。 沢山あるから一つ分けてやるよ」
「ありがとう! これをみなもさんだと思って、二十四時間、三百六十五日持ち歩くね!」
何故だろう……嬉しい筈なのに少し怖い。私と一緒に居たいってのは伝わってくるから良しとするけど。 それにこんなガキだしな。どうせすぐ無くしちまうに決まってる。
「みなもさん……また会えるかな?」
「さぁな、会えるんじゃね?」
「また会える事があったら……それは幾つもの偶然が重なった、まさに運命というものだね」
六歳児の癖にロマンチックな事を言おうとしやがる。こいつと私に運命……そんなものはありはしないのに。
「みなもさん。また会ったら結婚しようね!」
「何でだよ。私に惚れてんのか?」
「……」
分かり易く照れてやがる。六歳に惚れられても嬉しくは……
「分かった、結婚してやるよ。また会える事があるならな」
「あらあら、二人は結婚を約束する仲だったのね」
私は何を言い始めてるんだ……ママさんも本気にするなよな。
「うん、約束だよ!」
その時の彩果の満面の笑顔は、今でも私の記憶に深く残っている。
これが彩果と私の出会いだ。この出来事が私の人生を大きく左右する事になる。
「特定の状況下での運命的な出会いか……それを漫画に描いたら面白そうだな」
そうして生まれたのが『月映えに芽生える』だった。着想に至った経緯が彩果との出会いだったのは、あいつも知らない。話したらどんな反応をするのか楽しみだ。いつか教えてやろう。
「それにしても、あいつ可愛かったな……」
あの日彩果に会ってから、彼女の事が頭から離れなかった。中学時代も、高校生になってからも、彩果の事が頭によぎる。そうしてるとムラムラしてくる。そういう時、私は自室にこもり自慰行為にふける。
「はぁ……はぁ……くそ、あいつを思いながら、こんな事するなんて……」
何度でも言うが、私はロリコンではない。それはママの方だ。幼児アニメばかり見てるし、幼女が活躍する同人誌を描いてコミケに参加したりしてる。人の性癖にケチつける訳では無いけど、娘としては少し引いてる。現実の幼女には興味が無いだけマシか……
私は十八歳になっていた。この七年間、彩果への思いは消える事は無かった。
「くそ……情けないぜ、あの時のあいつに会いたくて仕方ない。ぶっちゃけ友達を作る事よりも、あいつに……彩果と再会したい」
だけどそれが叶わない事だとは分かっている。それにもし再会出来たとして、私は何を話せば良いのだろうか。そもそも彩果が私の事を覚えているとは思えない。あの時やったストラップも、どうせ捨てているに違いない。
「あいつの事は忘れるんだ、それよりアシスタントを雇わないとな……」
『つきめば』を連載中の私は、締め切りに追われていた。前に雇ったアシスタント達は、私が嫌いになったのか、全員辞めてしまった。何がいけなったのだろう。少しボディタッチが多かっただけなのに……
「要件は……高校生限定にしよう。もしかしたら友達になれるかもしれないからな」
私は大星意外に友達が居なかったので、欲しくてたまらなかった。出来れば同じ高校生の友達が欲しい。そう思い、この応募条件にしたのだった。
「ぼっちちゃんは寂しからな、一人でも多くの友達が欲しい所だぜ」
要は気軽に話せる相手が欲しかったんだ。同じ高校生なら話しも合うかもしれない。百合漫画のアシスタントに来るような奴とならば、百合談義も出来るかもなと考えていたからな。
三人の応募があった。その中の一人に、色彩果という名前があった。
その名前を目にした時、まさかな……と思った。多分同姓同名だろう、あいつはあの時六歳だったので、今は中学生の筈だ。だから別人だ。そう思う事にした。淡い期待を抱きながら……
アシスタントがやってくる当日。私のママがお茶菓子を大量に用意してくれた。ここまでやらなくていいのに、あの人は本当に過保護だ。それとも私に友達が出来て欲しいと思ってくれているのだろうか。だとしたら娘思いな人だ。
玄関前に居た三人の女の子達。その中の一人が、私をみるやいなや抱きついてきた。
「みなもさん……会いたかったよ……」
「お前……彩果か?何で……」
その女の子は間違いなく、あの時の彩果だった。まさかこんな形で再会できるなんて思いもしなかった。
「お前……中学生だよな、何でここに来てんだよ。高校生限定だぞ」
「ごめんなさい……年齢と経歴を詐称しました。どうしてもプロの人に直接教えて欲しくて」
「何だそりゃ、他にやり方が無かったのかよ」
「……この方が手っ取り早く上達できそうだから」
「お前な……」
他の二人は何やら尊みを感じている様だった。二人共百合厨なのか。それならば気が合うかもしれない。
「りぷとん先生がみなもさんだったんだね……」
「そうだ……ていうかいつまで抱きついてるんだよ」
「ずっとこうしていたい気分」
それは私も同意見だった。せっかく初恋の相手と再会出来たのだから、その喜びを味わいたかった。噛み締めたかった。でもそれを悟られる訳には行かないので、ぐっと堪えていた。
「取り敢えず家に上がれよ、ここで話しててもしょうがないからさ」
「あっ私達は今この瞬間に辞める事にします」
「えっ何で?」
「りぷとん先生と……彩果さん? お二人の邪魔をしたくないので」
「邪魔者の私等は退散しますわ! これでも百合好きなので。百合の邪魔だけはしたくないからね!」
アシスタント二人が初日に辞めてしまった。二人共、私と同じ高校生だったのに……友達になれそうだったのに……共通の趣味を持っていたのに。だのに!
ていうか、百合の邪魔って何だよ。私達が百合カップルにでも見えるのか? だとしたらこの上ない喜びだな。
「みなもさん……」
「はぁ……残ったのはお前一人か、どうするかな」
私は内心、喜びを隠しきれなかった。私がずっと恋をしていた彩果と七年越しに再会出来たんだからな。 この思いを伝える機会が来たのだと思いつつも、それを悟られないように振る舞う事にしなければ……
「嘘を付いた私を帰さないんですか? 警察に突き出さないんですか?」
「お前の熱意を感じるんだよ、こんなしょーもない嘘を付いてまで、絵の技術を上達させたいっていうな」
「みなもさん……」
正直な所を言うと、アシスタントが欲しかったのと、せっかく再会出来た彩果ともっと話したかったんだ。とても邪な理由だ。
「……で、お前はどんな漫画を描きたいんだ? 私に絵を教えて貰いたいって事は、漫画家志望なんだろ?」
「……絵師になりたくて」
「はぁ? 漫画家を目指してる訳じゃねぇのかよ」
「漫画なんて……私には到底描けませんから。私は絵だけを描きたいんです」
何だこいつ、おもしれー女。ますます好きになりそうだ。
「お前……どんな絵を描くんだ? お前の絵を見てみたい」
私は彩果に絵を描かせた。こいつの事を見極める為に。これでアシスタントとして雇うかを判断するつもりだ。
「何だよこれ、お前が描いたのか?」
「はい……私は百合絵が描きたいので」
それは相合傘の絵だった。二人の女の子が振りしきる雨の中、一本の傘を差して濡れないように身を寄せ合っている。
私はこいつに光るものを感じた。十分上手だったけど、こいつはもっと上手く描ける。その絵を見てみたい。こいつに基礎を叩き込めば……きっと大物になるかもしれない。
「いいぜ、お前を雇ってやるよ。アシスタントとしてな」
「本当ですか!」
「報酬は金じゃなくて絵の指導だ。プロの私が直接をおしえてやる。それでいいか?」
「勿論です!」
「言っておくが私も暇じゃないんだ。自分の時間を割いてまでお前に教えるんだ。甘くはないぞ」
「分かってます……」
と言っても、殴ったり激しく叱責をするつもりは無かった。そんな教え方しても意味なんてないからな。それに今のガキはそんな事されたら、すぐに辞めちまうだろうからな。
「ありがとうございます! みなも!」
「おいまて、何で呼び捨てになってんだよ、距離を縮めるの早すぎだろ!」
「えへへ、よろしくね、みなもー」
「さん付けろ! それかりぷとん先生と呼べ!」
そう言えば始めて会った時もこんな感じだったな。この馴れ馴れしさはこいつ特有のものらしい。多分他の奴にもこんな感じなのだろう。今までがおとなしすぎただけか。
「何でりぷとん先生っていうの?」
「ペンネームを決める時に紅茶のリプトンを飲んでたからだよ」
「ふーん、なんの捻りもないね」
「うっせえ! 本名の荒川だと荒川先生って呼ばれる事になるからな。凄い恐れ多いんだよ」
「じゃあ私と結婚しよ! 名字を変更すれば良いんだよ」
「何でお前と結婚するんだよ」
「あの時に約束したじゃん。覚えてないの?」
私は本気で言ったつもりじゃなかったのに、こいつは真に受けてたのか。下手な約束はするもんじゃないな……
「ほら、イルカのストラップ。みなもから貰ったのをずっと大切にしてたんだから」
「お前それ……ずっと持ってたのかよ、とっくに無くしてたのかと思ってたぜ」
「そんな訳ないじゃん。恩人がくれた物だからね。和肌見放さず持ってたよ」
こいつの事を誤解していた様だ。そこは反省しないといけないな。そして少し嬉しかった。私がやった物をずっと持っていてくれた事に。
「これからよろしくね。みなも」
そう言って私にキスをしてきた。こいつはキス魔だったのも忘れていた。しかし私は動揺したりはしない。むしろ逆に動揺させてやろう。
「あぁ……よろしくな、彩果」
私は彩果にキスを仕返した。
「むっ……みなも……」
彩果は予想外の行動に狼狽していた。してやったりだぜ。
「えへへ……不意を突かれちゃった……」
「私をみくびるなよ!」
一体何で張り合っているのやら、でもやられっぱなしは嫌だったからな。これでイーブンだ。
「これからよろしくね……」
「あぁ……」
これが、彩果と私の運命の再会だ。彩果の言う通り、私達は運命で結ばれているのかも知れないな。
あのストラップは今でも大切にしているらしい。義理堅い奴だ。だから私も彩果に貰った物を全て保管する事にした。
彩果が編んでくれたマフラー。あいつ裁縫が苦手なのに一生懸命作ってくれたんだよな……勿論他にもあるぞ。
彩果が描いてくれた私の絵。
彩果が買ってくれた時計。
彩果が取ってくれた景品のぬいぐるみ。
彩果が使ってた手袋。
彩果が使ってた靴下。
彩果が使ってた髪留め。
彩果が使ってた下着。
彩果が使ってた水筒。
彩果が使ってた耳かき……
特に使った物を貰うのは大変だったぜ。何でそんな物が欲しいのかと聞かれたものだ。なんとか誤魔化したけど……でも全てが私の宝物だ。
これも愛だよな……彩果。




