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彩果の心の闇

 私は運が良い方だと思っている。絵を描いていたら、竜子様の目に止まりプロになれたのだから。

 

 でもプロになれない人もいる。どんなになりたいと夢見ても、それが叶うとは限らない。悲しいけれどそれが現実だ。


 以前、こんな紡岐との打ち合わせの時、こんな会話をした。




「紡岐、この世の中ってさ、不平等だと思わない?」

「何が不平等なの?」

「誰もがプロになれないからね」

「どういう意味?」

「本当に面白いものを描く人が、正当に評価されてないって話だよ」

 

 ここからのやり取りは、人によってはかなり不快に思えるだろう。でも私は黙っていられなかったから、編集者である彼女に不満をぶちまける。その時の私は、とても機嫌が悪くて仕方なかった。


「書籍化されてる作品なんて、ほとんどがコネなんだよ、その人の実力じゃないんだよ。その陰で本当に面白い作品が埋もれてる現実に、私は腹ただしく思っているんだよね!」

「何を……言い始めてるの? 彩果……」


 私の言葉に動揺する紡岐。私がこんな事を言い出す事なんて予測出来なかっただろう。


「何でこんなものが売れてるんだろうって、思う事が多々あるからね」

「それは、皆が面白いって思ってるからだよ」

「私は面白いとは思ってないけどね、逆張りとかじゃなくて、本心だよ」


 何を面白いと思うかは、人によって違う。だけど面白いけど日の目に当たらない作品が、世の中にはありすぎる。


「編集会議でさ、朦朧した爺さん婆さん達が碌に読まずに適当に決めてるんだ! きっとそう……そうでしょ?」

「読んでるよ……そのうえで、連載や書籍化を決めてる。だからそんなのは彩果の妄想だよ」

「ふーん、そーなん? そうは見えないや」


 紡岐は何処か自信がなさげだった。数多くの作品を立ち上げた彼女でさえ、見落としてしまった作品があるのだろうと察する事ができる。


「だって私が面白いと思った作品、どれも書籍化されないんだもん、正当な評価を受けてないんだもん。何で見落としてるんだろうって、馬鹿な編集さん達だなって、心のなかで思い続けてるよ」


 私の不満は止まらない、本物の編集者の前でぶちまけ続ける。紡岐は反論する事なく黙りこんでいた。


「百合園でもさ、私が面白いと思った読み切り作品が何故か連載されず、逆にそんなに面白くないやつの連載が決まったりするからさ、読書も編集もどんだけ節穴なのかと……だから百合園は低迷してるんだよ?」

「……」


 紡岐は黙って聞き続けている。怒って反論していいのに、私の愚痴を聞いてくれている。ならばもっと言いたい放題言わせて貰おう。


「私が好きだったのに、連載されなかった百合園の読み切り漫画……いっぱいあるよ? アンケートを出したのに、連載までいけなかった作品……ねぇ……何で? 低迷する百合園を救うかもしれなかったんだよ?」

「ごめん……私は百合園の編集を編集者を代表して謝罪させて貰うわ……つい見落としてしまうのよね……」


 あぁ……たまらない、編集を論破してスカッとする高揚感。そして同時に体中を貫く罪悪感。恩人である紡岐に、私は何を言っているのだろう。せめて彼女だけは例外だよって伝えなきゃ。


「紡岐は悪くないよ? みなもと私の恩人だし、私が怒っているのは、他のクソ編集共だよ? 私が面白いと思った作品を見落とすわ、打ち切りにするわで本当に碌な事しないんだからね」


 私が好きだった『ホットケーキのバターのようにとろけるほど甘い日々』略して『ホトバタ』を打ち切りにしたのは、絶対に許せない。担当してた編集は一体どこのどいつなのだろう。全部お前のせいだと問い詰めたい。私の楽しみを一つ奪いやがった。


「『どつおつ』の事を言ってるの?」

「ううん、あれは本当につまらないからね。打ち切りになって当然だよ」


 『どつおつ』は今読み返してもつまらない。でもみなもには言わないでおこう。彼女が傷付いてしまう。


「竜子様と紡岐だけは別だよ? 二人は数多くの名作を立ち上げてきた、本物の名編集だからね。感謝してもしきれないんだ」

「……ありがと」

「他のクソ編集には恨みしかないけどね」

「彩果……」


 紡岐の悲しそうな表情。何故私がこんな事を言い出すのか理解出来てないのだろう。……そろそろ良いかな。


「……なーんて、全部嘘だよー! 今言った事は、全部冗談なんだ!」

「……へ?」


 紡岐はポカンとした表情を浮かべている。


「コネで書籍化や連載が決まるなんて、ある訳ないでしょ? 全部作者さんの実力だよ」

「……そうよね、私ったら真に受けちゃった」

「全く、紡岐は純粋なんだから」


 紡岐の表情が和らいでいた。あんなに悲しそうな顔をさせた事に、罪悪感に苛まれる。


「編集さんだって、ちゃんと読んで決めてるのは分かってるよ?」

「と……当然でしょ! 読書にお金を払わせるんだもん! いい加減な仕事はしてないわ!」


 紡岐は少し怒っているみたいだった。私の言う事に根拠なんてないのだから当然か。名誉毀損で訴えられても仕方ないだろうな……


「読み切りだって、同じ作者さんが別の作品で連載を決めたりしてるからね、その時は嬉しかったよ」

「それは私も同じよ。挫折しなかったからこそ、叶えた新連載だもんね。編集としては、我が子を見守る親の気持ちだもん」

「勝手に親の気持ちになられても、漫画家さんも困ると思う」

「例えよ例え」


 ピリピリしていた雰囲気が、和やかなものになっていた。


「私の一方的な不満を聞いてくれてありがとう。私って本当に嫌な奴だよね。今ので大嫌いになった?」

「別に……彩果の言う事にも一理あると思うから……」

「ありがと、例え嘘でも不満をさらけ出したらスッキリしたよ、やっぱり溜め込むと駄目だよね」


 ただ編集への不満は事実だけどね、みなもは編集に敬意を抱いているみたいだけど、私は竜子様と紡岐以外の編集に感謝の念を抱いた事など、ただの一度もない。もし私が編集をやっていれば、百合園は黄金時代を迎えていたのにね。


「ねぇ……彩果、今の言葉、何処から何処までが本音なの?」

「嫌だなぁ、全部嘘だって言ってるでしょ。本気にしないでよ」


 紡岐は疑念の目を向ける。今の言葉は全て私の本音だと信じてるみたいだ。


「……彩果って闇が深いよね」

「それはよく言われる。でもこれが本当の私だから、本当の私は凄く嫌な女だから……紡岐にも理解して欲しい」 


 そしてこんな私を理解した上で愛してくれているみなもへの思いは更に増している。愛は深まっている。熱を帯びながら……




「彩果、ここはこういう展開だから……」

「おお成程! 流石みなもだよ! 天才漫画家!」

「照れるぜ」

「えへへ、照れるみなもも可愛いー」


 今、こうしてみなもと漫画を描けるのが、とても楽しくて幸せだ。勿論これは本音だ。だから埋もれていった作品達の分まで、私は描き続けなければならない。不平等なこの世界を唾を吐き捨てながら……


 私の心の闇を、ほんの少しだけさらけ出した。

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