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ている先生

 私は東京の出版社に居た。というか呼び出されていた。『こみっく百合園』を出版している大手出版社である十全社。直接来たことは一度しかない為、余程大事なのだろう。




「ごめんね、彩果。忙しいのに埼玉から来て貰って」

「いえいえ、紡岐の頼みなら例え火の中水の中。どんな状況下だって飛んでくるよ」


 十全社の一室、私は一人の編集者と会話をしていた。

 彼女は赤崎紡岐(あかさきつむぎ)。『つきめば』を立ち上げるなど、百合園のエース編集者として活躍していた。私のイラスト集の担当編集でもある。今は訳あって、百合園の編集からは外されている様だ。


「で、私に相談って? 直接話さなければならない程に重要な事なんでしょ?」

「そうなの……私の人生を大きく左右する事なの! 彩果にも関わるかもしれない程にね」


 何だろう。まさか編集を辞めるとかじゃないだろうな……彼女の()()()()()()()に専念する為に……いやまさか、そんな事はないか。私は彼女が淹れてくれた、ルイボスティーを飲みながら、話を聞く事にした。やっぱりこの一杯が至福だな。


「実はね……十全社を辞めようと思っているの」

「予感的中! 私に未来予知の能力が備わっていたんだ!」


 ここでルイボスティーを零したりして、ふき出してしまうのがお約束なのだろうけど、私はそんなヘマはしない。流石私だ。つまらない女とか言わないでね。


「彩果?」

「あっいや……何でもないよ、ごめんね、話を続けて」


 まさか本当に辞めようしていたなんて、私の予感も当たる事があるんだな。いつも外しているから。みなもによく弄られている。スポーツの試合とかも、大胆私が言った事の逆の結果になる事が多い。


「私が『ている』としてラノベを描いているじゃない?」

「知ってるよそんな事は、私が専属絵師としてイラストを描いているんだもん」


 そう、彼女こそが異世界百合を得意とするラノベ作家、ている先生だ。出版社の編集者でありながら、ラノベを執筆して出版している。編集者とラノベ作家の二足のわらじを履いている凄い人なのだ。


「正直、編集と作家を両立させるのは、もう限界なのよね……もっと小説を描く時間が欲しい。そうすれば、今より早いペースで出版出来るもの」


 紡岐……ている先生はこれまでに三作のラノベを出版している。


 デビュー作の『ハグハーレム』

 二作目の『百合夫婦異世界探訪』

 三作目にして現在刊行中の『ファンタジーレストラン』


 どれも大ヒットさせている。彼女の創作の才能の凄さを思い知らされるばかりだ。その三作品全てのイラストを担当する私が言うのだから、間違ってはいない筈だ。


「まだまだ描きたいものが沢山あるの! 次は『無能だと追放されたテイマー、ケモ耳ロリに懐かれたので育てていたら、かつて世界を救った伝説の魔物でした! なので私を追放したギルドを魔物の力でボコボコにして、ついでにもう一度世界を救う事にしました』を描くつもりよ!」


 所謂追放系というジャンルだ。 略称は『追放テイマー』だろうか。それとも『ケモ耳ロリ』? いずれにしても、内容が気になる。


「その次が『異世界図書館の管理人なのですけど、毎日やってくる女の子の事が好きになったので、彼女が好きなジャンルの本を揃えたら、喜んでくれて私も嬉しい! ある日勇気を出して彼女に告白したら、私目当てでここに来ていたと言われました。しかもその子は、憧れの作家さんで、私をモデルにした小説を描きたいと言われました』かな」


 長い……過去一に長いタイトルだ。でも読みたい。イラストを描きたい。


「その次が『宿屋の娘、毎晩泊まりに来る女の子勇者カップルに「ゆうべはお楽しみでしたね」と言うのが飽きたので、「私も混ぜてほしかったです」と言うと、二人共混ぜてくれる事になりました。でも私は、尊い二人に挟まりたくないので断るも、遠慮しないでと言われ、結局挟まる事になりました』」


 その宿屋の娘、私がモデルなんじゃないだろうか。


「『異世界ダンジョンに迷い込んだ冒険者、ダンジョンの中で囚われの女の子を助けたら、惚れられて、このダンジョンには秘宝が眠っていると言うので一緒に探検する事に。だけど道案内をしてくれる彼女がポンコツすぎて、すぐ道に迷ってしまい途方に暮れていたので、秘宝は諦めてイチャイチャする事にしました。私にとって可愛い彼女が秘宝でした』も描きたい」


 ダンジョン系か。それにしても色々考えているんだね。


「『わがまま王女、わがまますぎて愛想を尽かされて国を追放されたので、復讐の為に魔王軍と手を組むも、わがまますぎて魔王軍にも愛想を尽かされ、孤立していたら、同じくわがまますぎて追放された隣の国の王女と気が会ったので、彼女と手を組む事に。そして二人で国と魔王軍に復讐する事に。そんな事を考えてたら、王女同士でなんだかいい雰囲気になってしまい、恋人から始める事になりました』」


 また追放系か、でもわがまま王女様同士の恋愛……読みたいに決まってる!


「『戦いが苦手な女の子勇者、触らぬ神に祟りなしなので、スルースキルに全振りするも、女の子魔王に捕まってしまいました! スキル伸ばした意味ない! でも魔王に優しくされてたら、惚れてしまいました』も描きたい!」


 勇者と魔王の百合か。面白そう!


「更に魔王視点で描いた『スルースキル外伝。転生先が魔王だった! このままでは勇者に倒されちゃう! 一応勇者を確認して見たら、好みの女の子だった! 絶対に自分の嫁にしてみせると決意するのだった』何故スルースキルが通用しなかったのかが判る内容よ」


 なる程、魔王視点の話か、気になる。


「ていうか紡岐……どんだけ考えてるの? 凄すぎるよ!」

「だって、アイデアが次から次へと浮かんでくるんだもん! 描きたくて仕方ない! でも編集の仕事をしながらだと、描く時間が全然無い!」


 本当凄いなぁ……ている先生は。こんな凄い人と一緒に仕事出来てるんだもん。誇りに思うよ。


「ねぇ……どうしよう彩果、編集なんか辞めて、執筆に専念したいんだよね」

「……辞めればいいんじゃないかな、だってさっきの構想中のタイトルを聞いただけでも、読みたいと思うもん、イラストを描きたいと思うもん」

「でも……それだと、彩果の担当編集を辞める事になるんだよ! 本当にいいの?」


 私がこれまで出版してきた十九冊のイラスト集のテーマは、全て紡岐が出したものだ。私はそれに従って、百合絵を描いてきたにすぎない。彼女は作家としてだけでなく、編集としても優秀なのだ。だからもし、紡岐が退職して、別の編集さんが私の担当になったら、私はイラスト集を今まで通りに描けなくなるかもしれない……それを紡岐は懸念しているんだ。


「……大丈夫だよ紡岐、私が自分でテーマを考えて、内容を構想して、イラスト集を描くから。安心して辞めていいんだよ」

「彩果……でも、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、だって次に出版予定のイラスト集は百合夫婦がテーマだからね、これは自分で始めて発案したんだ! 紡岐の指示じゃなくて、みなもとの日常を描いたものだからね」


 私は紡岐を安心させる為、紡岐が気兼ねなく退職出来る為に、自分の気持ちを伝えたつもりだ。


「彩果が……自分で考えたって事? 私とやり取りせずに?」

「だから辞めていいんだよ、私なんかに遠慮する必要なんてないんだ」

「……成長したね、始めて会った頃と比べて」

「えへへ、私も成長期だからね。たまには自分で考えないと」

「そうね……辞めるかどうかは、もう少しだけ考えてみるわ」

「それでいいんじゃないかな、紡岐が後悔しなければね」


 もし本当に紡岐が辞めるとしたら、私は泣いてしまうだろうな……五年間、一緒に仕事をしてきたのだから。私が描くイラスト集の編集を紡岐が担当して、紡岐が描くラノベのイラストを、私が担当する。私と紡岐はビジネスパートナーなのだから。


「それにしても、編集さんなのにラノベを描いてるなんてレアケースだよね、世界中を探しても紡岐しかいないんじゃない?」

「やっぱりそうなのかな、私がラノベを描こうと思ったきっかけが、『自分が描いた方が面白い』と思ったからなんだよね」


 編集がそれを思うのはどうなのだろうと今でも思う。紡岐は作家によく口出しをするタイプの編集だった。ゆえに作家からは、良く思われていなかったのも事実だ。


「こうした方が面白いんじゃないですか」

「こうした方が絶対面白いですよ」

「私ならこうするのに……」

「私が描いた方が面白い!


 彼女の考え方はこうやって変わっていった。


 ある日。漫画家の持ち込みに目を通した紡岐はその作品をボロクソに貶してしまう。


「こんなものの何が面白いのか」

「話の構成が滅茶苦茶」

「見せ方が下手」

「キャラクターに魅力を感じない」

「プロの仕事じゃない」

「辞めちまえ」

「小学生の描いた漫画の方が面白い」

「母親の胎内からやり直せ」

「この一発屋!」

「私が描いた方が面白い!」


 罵詈雑言を浴びせた。それを知った編集長の竜子様は、紡岐を呼び出し激しく叱責する。そして百合園の編集から外され、異動を伝えられ、今に至る。


 ちなみにその漫画を持ち込んだ漫画家は、私の妻のみなもで、あの『どつおつ』の原稿だったらしい。その後連載が決まるも、一年足らずで打ち切りになってしまった。やっぱり紡岐は優秀なのかもしれない。先見の明がありすぎるもの。余程つまらなかったのだろうな……


「あの時の私はどうかしてた……立ち上げた作品がすぐ打ち切りになったり……子育てで悩んでいたり……色々追い詰められてたんだわ」

「紡岐はさ、元々創作するのが好きなんだよね」

「創作なんて大層なものではないのだけどね。ただの私の妄想だよ」


 それを創作と言う。そんな事言ったら、ノンフィクションは全て作家の妄想だ。だから照れる事でも、恥じる事でもない。謙遜する必要もない。


「竜子……編集長に怒られて、有給休暇を無理矢理取らされたんだよね」

「その時の紡岐に仕事をさせたら、何を言い出すか分からないからね。竜子様の聡明な判断だよ」

「私が休んでる間、ずっと小説を描いてたんだよね、私が編集になったのも好きな二次作品に関わっていたいからね」

「自分で描きたいとは思ってたの?」

「思っていたけど、一度挫折してるんだよね。なれるかどうか分からないものよりも、安定をとったって感じかな」


 編集という仕事が滑り止めみたいな言い方だな。でも紡岐が編集になっていなかったら『つきめば』は連載されなかったし、私がみなもに弟子入りする事もなかった。私が絵師になる事も……


「その時に描いてたのが『ハグハーレム』で試しに小説の新人賞に投稿してみたら、見事受賞する事が出来て、プロになれたのよね」


 凄すぎる。自分が描いた方が面白いと言って、その通りになったのだから、彼女は天才にも程がある。


「しかも、イラストを担当するのが彩果だと知った時は、驚きを隠せなかったわ」

「私もだよ、ている先生がまさか紡岐だったなんてね」

「彩果にイラストを描いて貰えるのは、本当に嬉しかった。自分の考えたキャラクターが、絵として描かれるんだもん」


 まただ……みなも、新月、そして紡岐も同じ事を言ってる。作家の人は皆同じ事を思っているのかな……

 絵師の私からしたら、作家の生み出したキャラクターを描かせて貰える事がなによりも嬉しい事だ。きっとそれと同じ感覚なのかな。


「結果として大ヒットしたんだもんね! 紡岐のラノベ作家としての人生は、こうして始まっていったという訳か……私なんかが関わることが出来て、感無量だよ」

「謙遜しなくていいのよ、彩果と一緒に仕事が出来て凄く楽しいもの」

「えへへ、黄金のていぷらコンビってファンの人達から言って貰えてるからね、しかもペンネームが擬人化までされて」

「何で私がケモ耳ケモ尻尾のお姉さんなのかな……」

「それを言ったら、私はすももが好きな少女だからね、ぷらむだってのに……」


 と思って調べたら、すももとプラムは同じものだった……和名か英語名かの違いだけだった。今まで知らなかった。ぷらむ失格だな。改名してすももにしようかな……


 それにしても、彼女の考え方は凄い。そんな理由で小説を描いてプロになるだなんて……私は、一つ疑問に思った事を紡岐に聞いてみた。


「ねぇ、紡岐ってさ、ヒットしている作品を見た時、『何でこんな物が売れているのか』と思うのか、『成程、こういう物が売れるのか』と思うのか、どっちなの?」

「両方!」

「正直だね」

「成功者から学ぶのは、当然の事だからね。でも同時に嫉妬してしまうんだよね……」

「でもそれで僻んでたら、何も描けないよね……」

「だから描くの、どういうものが面白いと思って貰えるのかをね、幸いお手本は沢山あるからね」


 新月も同じ事を言っていたな。『死にかけ女神』は読書の需要に応える為に、修正を重ねてあの内容になったのだと言う。いじめられっ子がチートスキルを使って、いじめっ子に復讐をする。この内容が読書には受け入れられたらしい。



 「そうだよね……嫉妬しちゃ駄目だよね。描き続ければ……いつか私も百合園の表紙を描けるよね」


 私の嫉妬で新月に暴言を吐き捨ててしまった事は、一生許されない事なのだろう。でも私は諦めない、いつか絶対に描いてやる。


「ん? 百合園の表紙を描きたいの?」

「うん、その為に努力してるんだ」

「んーそれなら竜子に頼めば何とかなるかも」

「え、本当?」

「決めてるのは竜子だからね、彼女が描いて良いと言えば描かせて貰えると思う」


 まさか、編集長の竜子様に直訴するつもりか。そんな事をして大丈夫なのだろうか。


「良いの? そんな事言って、クビになったりしない?」

「大丈夫よ、私を誰だと思っているの。それにクビになったら、辞める手間が省けるもの」


 確かに、紡岐は竜子様の……でもここは会社、普段の様には行かない筈だ。


「それじゃあ、早速行こうか」

「行くって何処へ……」

「百合園編集部」

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