永い夜の明ける時
みなもだ。私が心配で出て来てくれたのだろうか……それとも、あの女性と付き合う事になって、私を見捨てに来たのかな。もう私は要らなくなったから、離婚届を持って……
「こんな時間までどこ行ってたんだよ、心配したぜ」
「みなも……」
「女の子が一人で、夜に出歩くなよな。ていうか車はどうした」
「……実家に停めてある」
「実家に帰ってたのか? それで遅くなったなら、仕方ないな」
みなもは怒ってはいなかった。むしろ私を心配してくれている様子だ。
「みなも……私の事愛してるよね? 嫌いになったりしてないよね?」
「何だ、今更そんな事、愛してるに決まってるだろ、一生一緒にいるって、あの時誓っただろ。一緒に年を取って、最期は一緒に看取りあって、一緒の墓に入る。 お前が地獄に落ちたら、私も地獄についていく。地獄ライフをお前と満喫するつもりだ。だから死んだ後も一緒だ。
「みなもー!」
私はみなもに抱きついた。私が地獄落ちなのかとか、そんな事どうでもいい。みなもの私への思いは、少しも揺らいでなどいない事が嬉しかった。
「まったく……私が彩果を嫌いになる訳ないだろ……どうしたらそんな考えになるんだ」
「だって、私以外の女の子と仲良してた」
「はぁ? 何の事だ」
「しらばっくれないでよ、商店街で見たんだもん、みなもが私の知らない女性と楽しそうにしてたのを」
彼女は誰なのだろう。みなもの恩師? にしては若すぎる。元恋人? いたなんて聞いた事ない。学生時代の友達だろうか。でもみなもに友達なんていそうにないし……
「お前……今失礼な事考えてないか? そんな気がする。女の感でな」
「事実かもしれないもん」
「おーい! 荒川っちー外で何してんのー? あたいと飲もうよー」
「ちっ、酔っ払いめ」
家の中から缶ビールを片手にした、知らない女性が出て来てきた。もしかしてあの時の女性だろうか。家に入れるなんて、やっぱり浮気してたのかな……
「大星! いつまで飲んでるんだよ、買ってきたビール全部明開けちまいやがって」
「でへへへ、まだまだいけるよ」
「アル中になっちまうぞ! もう飲ませねぇ」
そういうと、みなもは彼女から、缶ビールを取り上げて、中身を流してしまう。
「ああーもったいない!」
「うるせぇ、これ以上お前に飲ませる訳にはいかねぇんだよ、病気になったら困る。一応……友達だからな」
「へ、友達なの? 浮気相手じゃなくて?」
私は、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。
「こいつが浮気相手? 冗談じゃねぇ、浮気するにしてもこいつだけはねぇよ、この酒カスだけはな」
「酷いなーあたいは荒川っちとなら、セフレになってあげてもいいんだよー」
「お断りだ。私は彩果としか、そういう事はするつもりないからな」
「みなもー!」
「よしよし、本当可愛いなぁ、私の嫁は」
どうやら、浮気相手でない事が確定したようだ。つまり私の勘違いという事になる。私は、みなもを疑がってしまった……
「みなも、ごめんなさい……私ね、みなもが不倫してると思い込んでたんだ。最低だよね」
「別に、お前にそう思わせてしまったのは、私の落ち度だ。勘違いさせて悪かったな」
「みなもー!」
「よしよし」
みなもはどこまでいい人なんだろう。私は自分が恥ずかしくて仕方なかった。何か罪滅しをしなければ。
『あんたは自分の頬を叩け』
こがらし先生が言ってた通りにすればいいんだ。みなもを疑がった事への罪滅しだ。
パチン!
私は、左手で思い切り自分の頬を引っ叩いた。
「……何してるんだ、お前……」
「自分への罰。みなもを疑った事へのね」
「別に、気にしなくてもいいのに……」
「駄目、私の気が済まないもん。でもこれでスッキリした。」
みなもはちょっと引いているみたい。 思い切り引っ叩いたので、ずっとヒリヒリと痛かった。両親にも叩かれた事は無かったので、こんな痛みは始めて体験したかもしれない。
「おーおー二人で惚気ちゃってさ、羨ましいね。あたいも惚気る相手が欲しいものだよ」
「あの……誰ですか、みなもに馴れ馴れしくしないでください」
「酷いな、あたいは荒川っちの竹馬の友だよ、将来結婚する約束を交わしたね」
「おい、嘘つくんじゃねぇよ、会ったのは高校時代だろ、それに結婚の約束なんてしてねぇよ」
「あれーそうだっけ」
「みなも、この人は……」
「大星光夜。高校の友達だよ。商店街を歩いてたら、偶然再会したんで話し込んでたんだ」
驚いた、みなもに友達がいたなんて……学生時代はぼっちちゃんじゃなかったんだね。
「ていうか酒臭っ、どれだけ飲んでるんですか」
「彩果ちゃんも飲む?」
「彩果に飲ますと、テンションがおかしくなるからな、多分お前でも困惑すると思うぜ」
それが『オーバーキル』誕生のきっかけになるとは思いもしなかったけど。
「ていうか、いつまでいるんですか。早く帰ってください。みなもと私の愛の巣から出て行ってください」
「冷たいねぇ、一晩くらいいいじゃないか、ワンナイトラブというやつだよ」
「いや、お前とだけはありえねぇよ。そもそも大星を性愛の対象には見てないからな」
「高校時代、あたいを押し倒した事があったじゃないか」
「お前が転んだから支えてやっただけだよ、都合よく曲解するんじゃねぇ。それに……私が押し倒すのは彩果だけだよ。もちろん怪我しないようにな」
「みなもー!」
「よしよし」
「はぁ……すぐ惚気るね、君たち」
今はとにかくみなもに甘えたくて、仕方なかった。それに夜の街を彷徨って疲れきっていたから、早く寝たかった。
「みなも……眠い……このまま寝てもいい?」
「ったく、仕方ないな、じゃあ私が運んでやるよ」
そう言うと、みなもは私をお姫様抱っこしてくれた。
「お姫様抱っこなんて始めて見たよ、ていうか風呂に入らないのかい?」
「明日でいいさ、それより大星はどうすんだよ、こんなベロンベロンの状態じゃ帰れないだろ」
「あたいはソファに寝させて貰うよ、お二人の邪魔をするつもりはないからね」
「そうかよ、じゃあお休み。私も、もう寝るから」
「今度は一緒に飲もうねー」
「あいにく禁酒中なんでね、それに大星と飲むつもりはないよ。私が酒を飲むのは彩果だけだ」
みなもー! と言いたかったけど、いまの私にはそんな気力もなく、みなもの腕の中で微睡んでいた。
「みなも……愛してる……」
「私もだよ」
そう言って、私にキスをしてくれた。
「おーラブラブだね、あたいも早くこういう相手が欲しい」
「それは大星の努力次第だな、まずは酒の量を減らしたらどうだ?」
「あたいから酒を取るなんて、拷問だよ」
「じゃあ、諦めるんだな」
この人の事はよく分からないし、別に知りたいとも思わない。だけど一応みなもの友達みたいだから、優しくしておこう。
「……大星さん、隣の寝室の布団使っていいですよ、ソファだと寝付けないでしょうから」
「おっいいのかい? ありがとう、遠慮なく使わせて貰うよ!」
「ちったぁ遠慮しろよな」
「明日になったら、一宿一飯の恩を返すよ」
「期待はしないでおくよ」
そう言って、大星さんは隣の寝室に入っていった。
普段は両親が泊まりに来た時にしか使わない部屋だ。
「みなも……疑ってごめんね」
「気にするなよ、私は怒ってない。むしろお前の浮気を心配してたぜ」
「えへへ……ごめんね、夜遅くまで出歩いてて」
「本当は、夜の相手をして欲しい所だけど、お前も疲れてるだろうからな、今日は我慢するよ。それに大星の奴もいるからな」
「みなも……お休みなさい」
「あぁ……お休み」
私はいつの間にか寝てしまっていたようだ。 みなもが私を抱き枕にしていた。
「むにゃ……彩果……目玉焼きにはドレッシングだろ……」
みなもは夢の中で私と目玉焼きには何をかけるか論争をしている様だ。まったく……目玉焼きにドレッシングなんて合う訳ないのに、タルタル一択に決まってるのに。
「ん……シャワー浴びよう」
昨日は疲れていたので、帰って来てそのまま寝てしまったんだった。おかげで臭くて仕方なかった。
シャワーを浴び終えた私は、着替えて、大星さんが寝ていた寝室へ向かった。
「あれいない。帰ったのかな……」
彼女の荷物は置いてあったので、まだ家の中にはいる様子だ。私は台所へと向かう。すると大星さんがいた。
「やぁ、起きたみたいだね……彩果ちゃんだったっけ?」
「何してるんですか」
「朝食の準備だよ、私なりのお礼というやつだよ」
机の上には、大量の食材が並べられていた。
「何か作ってくれるんですか?」
「見ていてくれ、魔法使いの料理を」
そういうと、大きな鍋の中に、食材を放り込んでいく。この展開は何処かで見た事ある気がする。
「魔法をかけたら……パエリアの完成だ!」
「だから、具材が全然違うじゃん!」
食材に海老なんて無かったし、何で朝からパエリア何だろうか……ガッツリ食えという事かな。
「魔法です! ちなみにあたいは紅玉大学で教授をやってて、料理サークルの顧問でもあるんだ」
だからか、あの料理サークルのやり方も、この人が教えているなら納得だ。というかうちの大学の教授だったんだ、大星さん。
「好きなだけ食べてくれていいんだよ」
「ありがとうございます、でもみなもが起きたらにします」
「起こしにいかないのかい?」
「私のせいで心配をかけてしまったので、ゆっくり休ませてあげないと」
「そうかい、本当にあたいの事を不倫相手だと思ってたんだね」
「あんなに仲良くしてらしたので、端から見たら恋人同士の様でしたよ」
実際、周りの人達にもそう見えていただろう。大星さんは背が高くて、美人さんで、胸は無いけど素敵な大人の女性という感じだ。みなもと二人並んでいると、モデルさん同士みたいだ。
「君と荒川っちの方がお似合いだよ。お世辞でもなんでもなく」
「ありがとうございます。あと荒川じゃないですよ、色みなもですから!」
「あぁ……成程、君の姓を使っているんだね。じゃあなんて呼ぼうかな……みなもっち、とか」
「やめろ……そんな呼び方気持ち悪い」
みなもは起きた様だ。また髪の毛がぼさぼさになっていた。後でといてあげないとね。
「みなもー! お早うのキスしよ」
「ん……忘れる所だったぜ」
「朝からキスだなんて……見てるこっちが胸焼けしそうだよ」
みなもと私は、日課であるお目覚めのキスを済ませると、席に座って、大星さんが作ってくれた朝食を食べ始めた。
「なんだこれは……何でパエリア何だよ、しかも美味いじゃん」
「あたいに感謝してよね」
「今回の事はお前が元凶みたいなもんだからな」
「そっちが勝手に勘違いしたんじゃないか。あたいは旧友との再会を喜んでただけだよ」
「本当にごめんなさい……私が勘違いしなければ、こんな事にはならなかったんだ」
私は二人に頭を下げた。こんな事で許されるとは思っていない。それに折川店長や、新月と晴海先生、こがらし先生にママ……色んな人に迷惑をかけてしまったんだ……無事に解決しましたって、後で謝りに行かないとね。
「あたいは二人がラブラブな所を見れたから許す事にしますかね」
「ありがとうございます。できれば、みなもの高校時代のエピソードとかを聞かせて貰えるとありがたいですよね」
みなもは学生時代の事をほとんど話さない。聞いても話をそらしてしまうから、彼女の学生時代は、謎に包まれている。
「大星、余計な事を言うなよ、あの事とかな」
「あの事って……みなもっちが、体育の授業の時に……」
「言うなって言っただろ! 忘れろ彩果!」
「大星さん、大学でゆっくり聞かせてくださいね」
「もちろん、みなもっちの青春時代を知り尽くしてる女だからね、あたいは」
これでみなもの過去が知れる、そしたらもっとみなもの事が好きになるだろう。私の永い夜は漸く明ける事が出来たのだった。




