色彩のない永い夜Ⅲ
私は商店街のゲームセンターにいた。 あんな事を言われたけど、帰る勇気が無く、ここで時間を潰していたのだった。
「……一人で遊んでいても、楽しくないなぁ……」
皆でやると楽しいクレーンゲームも、一人だと面白みに欠ける。何の反応も無いし。取れたとしても、喜びを分かち合う事も出来ない。
「みなもと来たかったなぁ、絶対楽しいもん」
このゲームセンターは、私の行きつけの場所だ。両親に連れられて、真白ちゃんと一緒によく遊んだものだ。中学生になった時。当時の私は、非行にならない程度に悪ぶっていた。帰宅時間を守って、四人で、ゲームセンターでほぼ毎日遊んでいた。ライバル校の閃亜鉛高校附属中学の生徒達と対決していたものだ。
「懐かしいなぁ……灰礬柘中学のクラスメイト達、皆元気にしてるかな……」
雪菜、陽花、新月の三人以外とは、付き合いがなくなっているから、クラスメイト達がどうなっているかは知らない。別に興味も無いけど。
「はぁ……暫く遊んでようかな、帰る勇気もないし」
さっき飲んだ缶コーヒーのせいで目が冴えていたので、まだまだ遊びたい気分だった。一人でも楽しめるゲームもあるからね。
「よう、久しぶりだね、色さん」
そんな私に、一人の女性が声をかけてきた。誰だろう、知らない人だ。
「覚えてる? 中学時代のクラスメイトだったんだけど」
んん? 誰だっけ、思いだせないや。
「柊柊だよ、一年生の時、クラス委員長だったんだよね」
そんなの覚えてる訳がない。むしろよく私の事を覚えていたな。
「私がさ、閃亜鉛高附属中の人達にからかわれている時、色さんが助けてくれたんだよね、それでゲームセンターで決着付ける事になってさ、ホッケーゲームだったかな? 見事勝利したよね」
そんな事もあった気がする。ほぼ毎日、閃亜鉛高附属中の生徒達とゲームセンターで対決してたから、全ては覚えていない。
「でも、あの時を境にゲームセンターに来なくなってたよね」
「私も色々あったからね、いつまでも遊んでられないしさ」
みなもに弟子入りした中一の冬を境に、私はゲーセン通いをやめた。絵を描く事に専念したかったからだ。
「色さんはさ、いつもクラスの中心だったよね、人見知りの激しかった私より、色さんの方が委員長に向いてたのかもね」
「私はそういう柄ではないからね、なったとしても、クラスをまとめられる自信も無いし」
「でも皆、色さんの言う事なら、聞いてたと思うよ」
私がクラス委員長か……絶対グダグダになるな。
むしろそういうのは、私じゃなくて、陽花が向いていると思う。リーダーシップもあるし、人見知りしないし。
「ごめんね、急に話しかけて、たまたま色さんを見かけたから、声をかけてみたんだ」
「ううん、私も柊さんに会えて嬉しかったよ。正直言うと、柊さんの事忘れてたけど……」
「あはは、正直だね、でも思い出してくれてありがとう。ところで、色さんは何の仕事してるの?」
「私? えーと……」
「もしかして、ニート?」
「違うもん! ちゃんと働いてるもん!」
「あはは、ごめんごめん」
思い出した。柊さんはこういう人だった。相手を茶化すのが好きだったんだ。私もよく茶化されたものだ。
「プロの絵師だよ! 百合絵を描いてるんだ」
「えっ凄い! 確かに色さんって絵が上手だった気がしたけど。プロになってたんだ」
「見せてあげようか?」
そう言って、私はスマートフォンを取り出し、何枚かの百合絵を見せてあげた。
「マジで尊いわ……昇天しそう……」
「えへへ、百合の伝道師としてまた仕事しちゃった」
「じゃあいつか、色さんがイラストを担当した作品のキャラの声を担当するかもね」
「キャラの声?」
「私、声優になったんだ!」
「凄い! 声優さんになんて、始めて会ったよ」
「まだ名無しモブキャラしかやった事無いけどね、いつかメインキャラも出来るように頑張るよ」
「うん! 私も応援してるよ!」
「ありがとう、それじゃまた今度ね」
そう言って、彼女はゲームセンターを後にした。
まさか、中学時代の同級生に会うなんて。奇遇だな。でも声優さんになってたなんて、驚きだ。
……もしかして、あの女性もみなもの同級生なのかな? だとしたら、やっぱり私の勘違いという事になる。だとしたら、私は自分の頬を叩かないといけなくなる。
早く帰って真相を知りたい。私は車を走らせ、自宅へと向かった。
「もう夜の十一時だ。きっとみなもが心配してる。駄目な奥さんだな、私って」
こんな時間まで、仕事でもないのに夜の街をほっつき歩いてたんだ。私のほうが不倫を疑われても仕方ないだろう。
「でもやっぱり不安だよ。どうしよう、このまま帰ろうかな……それとも、寄り道しようかな。どうしようどうしよう」
ここまで来て、私は悩んでいた。もうすぐ家に着くというのに帰るのが不安で仕方なかった。
「そうだ、ママとパパのいる家に寄ろう。そして相談しよう」
両親は私達の家のすぐ隣に住んでいる。私と真白ちゃんの実家でもある。だから気兼ねなく帰る事ができる。……もっとも、こんな時間に帰るのも迷惑だと思うけれど。
ピンポーン。
私は家のチャイムを押した。こんな時間だし、寝てるか、起きていても、非常識だと怒って出てくれないかもしれない……
「ママ……あとついでにパパ……」
「はいはーい、こんな時間に誰かしら」
インターホンからママの声が聞こえてきた。起きていたようだ。
「ママ……私だよ、彩果だよ」
「彩果ちゃん? こんな時間にどうしたの? ちょっと待っててね、今玄関のドアを開けるから」
ママは怒っている様子ではなかった。むしろ私を心配している様子だ。
「彩果ちゃん! こんな夜遅くに帰ってくるなんて、私も驚いちゃった。できれば昼間の方がこちらとしても助かるんだけど」
「ママ……」
私は、ママに抱きついた。
「どうしたの? 彩果ちゃん」
「ごめんなさい……こんな時間に帰ってきて」
「いいの、そんな事気にしなくて。疲れてるでしょ? ゆっくり休んでいきなさい」
私は、ママの優しさに甘える事にした。
私と真白ちゃんのママ、色環瑠は、とても不惑には見えない。ぱっと見、小学生女児と間違える程、幼い容姿をしている。
でも、この独特の色気は、本物の小学生には醸し出せないだろう。 彼女は、二次の母だからだ。私と真白ちゃんを産んで育てた実績があるからだ。
「落ち着いた? 彩果ちゃんが好きなルイボスティーよ」
「うん、ありがとうママ。美味しいよ」
ママが淹れてくれるルイボスティーが好きだ。実家にいる頃は毎日飲んでいた。嫌な事があっても、これを飲めば気持ちが落ち着く。
「話は聞かせて貰ったわ、みなもちゃんはそんな事しないと思う……だけど、彩果ちゃんは純粋な子だからね、疑うのも無理ないわ」
さすがママだ。私を否定したりはしない。呆れたりもしない。私が傷付かないように言葉を選んでくれてるんだ。本当に優しいなぁ。
「そういえばパパは?」
「花織君なら、もう寝てるわ。お仕事で疲れてるからね」
ちなみにパパは、大手企業のビジネスマンとして働いてる。彼を例えるなら、性に関心を持ち始めた小学生男児と言う所か。見た目も幼く、合法ショタという言葉が似合う。
「どうしよう……みなもを疑ってしまった……でも不倫してないとも言い切れ無いし」
「大丈夫、私も花織君の不倫を疑った事があるもの、それで問い詰めた事があったの」
「ママも? でもパパがママ以外の人とそういう事する印象はないよ」
「もちろんしてなかったわ。私の勘違いだったもの。でも、花織君は怒らなかったわ」
「優しいんだね、パパは」
「もう! こういう所はかっこいいんだから、普段は、子供みたいな人なのにね」
小学生男児をそのまま大人にした様な人だからね。下ネタが好きで、私にも容赦なく言ってくる。デリカリーもないし、いつかセクハラで訴えられるんじゃないだろうか。
「だから彩果ちゃんも、みなもちゃんに話せば良いと思う。疑ってごめんなさいって。もし……本当に不倫してたら……」
「してたら?」
「ちゃんと事情を聞いてあげてほしい。何で彩果ちゃんという素敵な奥さんがいるのに、他の女性とそういう事をしてしまったのか。理由がある筈だから」
「みなもが不倫するなんて、ある筈ないよ、そんな事考えたくないもん!」
「私もそう思っているわ。みなもちゃんは、とても良い子だもの」
ママはみなもと私の結婚を認めてくれた。みなもと話しているうちに、彼女の事が好きになったらしい。みなもの事を、とても純粋で優しい女の子だと見抜いたのだとか。
「ありがとうママ。私、ママの子供で本当に良かっよ」
「そう言って貰えるのが、私にとって何よりも嬉しい言葉よ。彩果ちゃんと真白ちゃんは、私の自慢の娘達だもの。何処に出しても恥ずかしくない、私の誇りだもの」
「えへへ、照れるなぁ……」
私がここまで立派に育つ事が出来たのは、ママの躾の賜物だ。私が駄目な事をしたらちゃんと叱ってくれたし、良い事をしたら褒めてくれた。もちろん、真白ちゃんにも同様だった。
「私が絵を描く事を否定せずに、道具を買い揃えてくれたよね」
「私の口紅で絵を描いてたんだっけ? それは流石に注意したけどね。でも今思えばその絵を見て、何かを感じていたのかも」
「もしかして、私がプロになる事を予知してたの?」
「まさか、プロになった今だから言える事よ、でも彩果ちゃんが興味を持って、自分からやり始めた事だもの、辞めさせる訳ないし、親として出来る限りの事をしたまでよ」
「ありがとう……ママ」
駄目だ……マザコンを卒業するどころか、またママの事が好きになってる。母親離れなんて、出来る訳ないよ……
このままいくと、禁断の関係まで発展してしまいかねないよ。
「私、ママになら抱かれてもいい!」
「え……それはちょっと……何を言い出すの?」
ママの顔が曇り始めた。どうやら不味い事を言ってしまったみたいだ。
「彩果ちゃんには、精一杯の愛情を注いだつもりだっ
たけど、それが歪んだ方向へ向かってしまったみたい……どうしよう」
「冗談だよ! そんな事思ってる訳ないじゃん!」
「あぁ……良かった。それはそうよね」
ママの顔が明るくなった。勘違いさせてしまったみたいだ。 実際、親子百合というジャンルもあるし、実母と一線を越える展開もある。だけど現実では流石に無いかな。
「帰って来たくなったら、いつでも来ていいのよ、何せお隣さんなんだから」
「うん、分かった。ママの作る料理が食べたいからね」
「彩果ちゃんは、カレーが好きだったわね。今からだと少し難しいから、明日作ってあげるね」
「やった! 楽しみにしてるね。だからみなもと仲直りする。このままだと、カレーも美味しく感じられないだろうし……」
「そうね、解決したら、みなもちゃんも連れて来てちょうだい。振る舞ってあげるから」
「あっ別に、ママのカレーはいつ食べても美味しいよ? 落ち込んだ時とかに食べて、何度も励まされたもん」
私にとってのおふくろの味は、ママの作るカレーだ。毎日食べても飽きないだろう。胃にも優しいから、実際に食べ続ける事も出来る筈だ。ママのカレーは甘くて、子供でも食べ易い。
「じゃあ、みなもちゃんに伝えてね。カレーを食べに来てって……」
「分かった。お休み、ママ」
「うん、お休み、彩果ちゃん」
私は実家を出て、すぐ隣の自宅へ向かう。
やっぱり私はマザコンなのだろう。ママと一緒に寝たいと思っている自分がいる。別にママと不倫する訳ではない。甘えたいだけだ。幾つになっても、女の子はマザコンなのだ。
私は、自宅の前に立っていた。みなもはもう寝ているのだろうか……それとも『オーバーキル』の設定を練っているのだろうか……私の事を心配してくれているのだろうか……あの女性と、不貞行為に及んでいるのだろうか……
そんな事を考えていた。躊躇っていても仕方ないのに、あと一歩が踏み出せないでいる。みなもに聞かないと、勇気を出せ、私!
「何してんだよ、こんな所で」
「……みなも」
みなもが家から出てきた。私は、確かめなければならない。真実を見極める為に……




