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色彩のない永い夜Ⅱ

 私はまた商店街に訪れていた。 買い物の為だ。

 この商店街にある、いつも私が買い物をするスーパーで、みなもの好物の燻製料理を買う。セルフレジがないので、有人レジを使う事に。


 そしてあの鈍臭い店員さんに、会計をしてもらう事になる。


「いやー、こんな夜遅くに買い物ですか? 仕事とかかな? 大変ですねー」

「……」

「私も本業があるんですけど、それだけじゃ食えないので、こうしてスーパーでバイトしてる訳ですよ」

「その話……前も聞きました。七回くらい」

「あれ、そうだったかな? えーと……じゃあこの話はどうかな」


 相変わらず話が長い。私は、彼女の話などどうでもいいので、急すことにした。


「喋ってないで、早く会計してください」

「ひえええ! すいませんでしたぁ! レジを打ちます打ちます! メジャーリーガー並に打ちます!」


 ギャグも全然面白くない。つまんねー女。本当になんなんだろうか……この人は。


 悪い人ではないのは分かる。でも彼女には興味ないのだ。だって赤の他人だし、見るからに恋人とかいなさそうなお一人様だし。百合とは無縁だし。やっぱり、つまんねー女。


「うぅ……本当は、バイトなんてしたくない……早く帰って、小説を書きたいのに」


 ん? 小説を書いているのか? 自作小説かな。


「せっかくぷらむ先生と組む事になったのに……早く書かないと……待たせちゃう……」


 んん? ぷらむ? 私の事だ。私と組んでるって……もしかしてプロの小説家さんだろうか。


「もうバイト辞めたい……うるさい客に怒られてばかりだし……うざい店長にも怒られるし……ばりうざい先輩にも怒られるし……レジ打ちとか、ちょーめんどくさいんだけど」


 口悪いなこの人。なんでギャルみたいな口調なんだろう。


「あの……もしかして、小説家さんですか?」

「だったら何? いきなり話かけてくんなしー私がプロのラノベ作家でーこがらしとかいう偽名? 名義? みたいなので活動しててー」

「ペンネームです! または雅号……まさか、こがらし先生なんですか!」

「だったら何だしー客風情が知る事でもねーだろ」


 まさか……この人がこがらし先生だなんて……信じられない……私がイラストを担当している、『鏡合わせの双子』の作者だ。こんな近くに居たなんて、世界はもしかして狭いのかもしれない。


「つか、何燻製ばっかり買ってんだよ。燻製女! お前を燻製人形にしてやろうかーガハハ!」

「稲垣さん」

「あっ、店長、この女がーまじウケるんすよー」

「君はクビだ。もう来なくていいから」


 店長らしき人が、こがらし先生の肩を叩いて、彼女に戦力外通告をした。


「ちょ待てよー冗談きついって、今日はエイプリルフールではないんすよー」

「さよなら、早くそれ脱いでね。うちの店員だと思われたくないからね」

「マジでクビかよ! いいぜ……こんな店辞めてやるよ! だけど私を追放した事を後悔する事になるだろうよ……その時に戻って来てと泣きついてももう遅い!」

「いいから早く辞めろよ」

「はい……申し訳ありませんでした」




 私は、店の外で彼女を慰めていた。通行人達の視線もあったが、そんなのはどうでも良かった。


「はぁ……またクビになっちまったよ……二週間なら持った方か」

「あの……全然キャラ違いますね」

「たりめーだろ、接客でこんな口調だと失礼に当たるから、慣れない敬語にしてたんだよ。気持ち悪くて耐えられなかったぜ。やっぱこの方が私には似合うな! 自分らしくて良い」 


 彼女がこがらし先生なんて、今も信じられないでいる。あんなにも尊くて、儚い物語を書く人に見えないからだ。


 『鏡合わせの双子』は、所謂双子百合というジャンルの作品だ。姉妹百合の一つなのだが、より二人の結び付きが深いのが特徴だ。

 双子ゆえに見た目もそっくりで、まるでお互いを鏡合わせで自分を見た時のような感覚に陥る二人を細かく書く事が出来るのが、こがらし先生なのだ。


「こがらし先生、あなたの小説は、とても尊くて面白いですよ」

「そうでしょーギャグあり、シリアスあり、エロありでしかもぷらむ先生に絵を描いて貰えてるんだもん。そりゃ売れるよ」

「一巻のラストのベッドシーンは尊すぎました。二人はイケナイ事だと分かっているのに、やめる事が出来ない……葛藤と快楽のはざまで、二人は体を重ねる」

「近親相姦だけど、ぷらむ先生が挿絵を描くと、それも尊く見えるんだよな」


 別にエッチシーンは描き慣れているし、それが双子だろうと私には関係ない。でも血縁関係があるのに、情事に及ぶというのが、また尊い。

 

「でもどうしよーかなーまたバイト先見つけないとだし、恋人もまだ学生だから、養ってやらないとだし」

「こがらし先生って恋人いるんですね、同じギャルですか? ギャル百合とか!」

「ギャルじゃねーよ、おとなしめの女子高校生だ。見せてやろうか? ちょー可愛いんだから」


 そう言って、彼女は、スマートフォンを私に見せてくれた。私はその写真を見て、衝撃をうけた。


「え……ましろちゃん?」

「あれ、知ってんだ、真白の事を」

「私の妹です……」


 色真白(ましろ)。私の二つ下の妹だ。私と同じ絵師として活動している。

 今は県内随一の進学校に通っていて、寮生活をしている。


「へぇ、ぷらむ先生の妹さんだったんだ。姉がいるとは聞いていたけど」

「うぅ……まさか私の可愛い妹が、こんな出来損ないのギャルでラノベ作家のこがらし先生と付き合っているなんて」

「はぁ? 私は可愛くねーってか、ぷらむ先生って、絵は可愛いいけど、口は悪いんだな」


 それはこっちの台詞だ。こんな美人なのに、中身が残念すぎる……でも小説は面白いし、作家さんに多くを求めてはいけないんだ……私は自分にそう言い聞かせた。


「真白ちゃんに変な事してないですよね。非行に走らせる様な事」

「んなわけねーだろ、私を何だと思ってんだよ」

「念の為確認したまでです。可愛い妹の事が心配なので」


 真白ちゃんに何かあったら、ママに合わせる顔がない。ママは真白ちゃんを私より可愛いがっていたから。


「心配しなくても大丈夫だよ、私はそういう所はしっかりしてるからな」

「だと良いですけど」

「それよりぷらむ先生よ、双子ってどう思う?」

「どうって言われても……」

「じゃあ、双子百合はどうだ?」

「最高ですね、尊くて!」

 

 どうやらこがらし先生は、私と百合談義がしたいようだ。


「私はさ、一番好きなジャンルが双子百合なんだよな、姉妹よりも結びつきが強くてさ、見た目もそっくりでさ……似てない事もあるけど、それはそれで好きだ。そんな二人がお互いを愛しあう……たまらなく尊いだろ!」


 この人となら、朝まで話せそうだ。ちなみに私が好きなのは、姉妹百合なので、若干違う。それでも喧嘩になる事はないだろう。


「分かります、双子ってお互いの考えてる事とか分かるって言いますよね。テレパシーみたいなものが備わっているとか」

「一卵性双生児だとそうらしいな。私の『鏡合わせの双子』でも、そういうシーンを取り入れてるし」


 私と真白ちゃんは、双子じゃないからそういうのは良く分からない。私の知り合いにも居ないので、中々双子というものが理解できないでいる。でも尊いという事だけは分かる。


「だけど、結婚できないんだよ……血が繋がっているからな。それも良いんだけどな……」

「同性の結婚は出来ても、姉妹や双子だと許されない。現実は非情……だから尊いんですよね」


 姉妹百合や双子百合作品で必ず直面する問題だ。それでも結婚させるかどうかは、作者次第と言った所。


「もし……双子が夫婦になったらさ、お互いの考えてる事が分かるんだからさ、便利だと思うんだよな」

「そうかも知れませんね……」

「今のぷらむ先生みたいな事には、ならないかもな」

「何で……分かるんです? まさかテレパシー?」


 こがらし先生も、宇宙人さんなのだろうか。だから私が今悩んでる事が分かるんだ。


「いや、私は地球出身だよ、埼玉が宇宙か異世界なら、別の話だろうけどな」

「じゃあ何で…!」

「薬指に指輪してるだろ? あんたが既婚者なのがそれで分かる。そしてあんたの顔。ここにあらずって顔してるぜ」


 私はよく顔に出やすいと言われる。顔を見ただけで、今何を考えているか、悩んでいるか、読み取れるのだと、周りの人達は言っていた。


「あんたが悩んでそうな事といえば……仕事の事、胸がない事、後は、結婚相手とのトラブルくらいだろ、どうせ」

「胸がないのは別にいいでしょ! ひんぬー派だっているんです!」

「で、当てずっぽうで、言ってみたんだ。どうやら当たりみたいだな」


 探偵かこの人は、これだけの情報量で真実に辿り着くとは……やはりあの宇宙人さんみたくテレパシーを……


「話してみなよ、私とぷらむ先生はビジネスパートナーだろ、何かあったら私も困る事になる」

「ありがとうございます」


 私は、彼女に事情を話した。


「勘違いだな、あんたの」

「やっぱりそうなんですかね」

「自覚あったんだな、じゃあ奥さんに聞けば万事解決だな」

「でもその勇気がなくて……」

「じゃあずっとこのままなのか? 大切な奥さんを、疑がったままでいるつもりかよ」

「そういう訳じゃ……」

「いいか? 不倫なんて駄目だ、最低の行為だ。でもしてもないのに不倫を疑うのはもっと駄目なんだよ」


 彼女の言う通りだ。今の私は最低だ。みなもがそんな事する筈が無いなんて事、分かりきってるのに。


「万が一、奥さんが不倫してたら、頬を引っ叩いてやれ、でももししてないなら、あんたは自分の頬を叩け。奥さんに疑惑の目を向けた事への罪滅しの為にな」

「……はい、そうします」

「よし、この話はおわり! 私はもう帰るから、ぷらむ先生も帰りなよ。奥さんが待ってるんだろ」

「あの……真白ちゃんをよろしくお願いします!」

「分かったよ、お姉様のお願いだからな。ちゃんと面倒見るよ」


 悪い人ではないのは、この一連の会話で分かったので、心配する必要はないだろう。 あと言う程ギャルじゃなかったな。無理してギャル口調にしてるだけみたいだ。


「あっそうそう、私の名前教えてなかったな」

「別に興味ないですね。こがらし先生という事が分かればそれでいいので」

「興味もてよ! 稲垣穂積(いながきほづみ)だ」

「こがらし先生でいいです。それじゃ」

「急に私への興味を無くすな! まったく、あんたがあのぷらむ先生だなんて……イメージが崩れるぜ」

「それはこちらの台詞ですよ」


 私は車に乗ろうとした、早く帰ろう。もう夜遅いし。


「待てよ、ほら、これでも飲んで一息つきなよ」


 稲垣さんが私を呼び止める。そして缶コーヒーを手渡してくれた。

 

「これを飲めばゆっくり眠れると思うぜ!」

「むしろ目が冴えると思うんですけど」


 誰かこの人にカフェインについて教えてほしい。毎日寝不足になってしまうだろうから。


「じゃあ、『鏡合わせの双子』の続き、楽しみにしててくれよな」

「はい、私の絵も楽しみにしててくださいね」


 私は彼女を見送った。まさか徒歩とは……家が近いのか? と思ったらそう見たいだ。近くのマンションに入っていくのが見えたから。

 

 私は、彼女に貰った缶コーヒーを開けてゆっくりと飲み始めた。


「苦い……無糖かこれ……」


 でも悪くない。コーヒーはやはり苦くなくては。 これを飲み干したら、帰る事にしよう。

 商店街の人だかりの中、私は缶コーヒーを片手に、物思いにふけていた。 夜風を浴びながら私は、夜の街の中に佇んでいた。

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