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みなもの不倫疑惑

 私はハンドルを握り、雪菜と一緒に彼女がバイトしているという、ラーメン屋に向かっていた。


「このラーメン屋はね『時グル』の聖地なんだよ、私も一度行ってみたかったんだ」

「知ってる! 店内にサインが置いてあるもん。お客さん達も塩ラーメンを目当てに来てるみたいなんだよね」 


 第三話でふがしちゃんが落ち込んでいた時に、ラーメン屋で塩ラーメンを食べて、元気を取り戻す回がある。そのラーメン屋は『全王』といい、実在しているお店で、雪菜のバイト先でもあるのだ。

 しかも市内にある。これはもう行くしかない。



「おう、雪菜。今日はシフト入ってなかったよな?」

「友達と食べに来たんです」

「そうか今日は客としてか、ならいらっしゃい!」


 彼女は『全王』の店長さんらしい。気さくでいい人そうだ。そして胸が大きい。普段は揺らしながらラーメンを作っているのだろうか……


「彩果ちゃん、店長さんのお胸に視線がいってるよ、いくら自分が絶壁貧乳コンプレックスこじらせ女だからって、気にする事ないのに」

「うぅ……ありがとう雪菜」

「今ので感謝するのか……変わった友達だな」


 私は席に付いて、メニューを確認する。といっても、注文するメニューは、もう決めているのだけれど……


「塩ラーメンをください!」


 私が食べたいのは、ふがしちゃんを元気づけた塩ラーメンだ。この店に来たら、是非食べようと思っていたのだ。


「申し訳ない、塩ラーメンは今作ってないんだ」


 ズコーッ、せっかく楽しみにしてたのに、食べられないなんて。


「お客さんが、塩ラーメンばっかり頼むからさ、店長さんが嫌になっちゃって……『うちの店は豚骨ラーメンが看板商品なんだよ!』って……」

「そういう事だ。という訳で、暫く塩ラーメンは作らないつもりだから、我慢してくれ」


『時グル』効果、恐るべし。きっと来るお客さん達全員、塩ラーメンを注文したんだろう。豚骨ラーメンが目玉なのにも関わらず……それが店長さんのプライドを傷付けてしまった様だ。


「じゃあ、豚骨ラーメンください!」

「すまない……それもないんだ」


 ズコーッ、目玉商品すら無いなんて……


「もうラーメンは暫く作りたくない!」

「塩ラーメンを作り過ぎて、もう嫌になっちゃったみたいなんだ」


 もうラーメン屋を畳んだ方が良いと思う。ラーメンを作らないのなら、何を提供するのだろう。


「うちの店は、サイドメニューも美味いんだ。チャーハンと餃子ならだせる」

「チャーハンか……ふがしちゃんも食べてたな……なら、それをお願いします」

「私も彩果ちゃんと同じのをお願いします!」

「あいよ! チャーハン二つね」


 本当は塩ラーメンを食べたかったんだけど、作りたくないのなら、仕方ない。


「彩果ちゃんはさ、自炊とかするの?」

「しないな……ていうか出来ない。料理はいつもみなもにして貰ってるからね」

「みなもさんの愛妻料理……羨ましいな」

「陽花って料理出来ないんだっけ」

「そうなんだ。だから私が作ってあげてるの。美味しいって言ってくれてるから、嬉しいよ」

「雪菜は料理得意だからね」

「えへへ、食べてる時の陽花ちゃんがね、もう可愛くて可愛くて……」

「惚気かよ」


 でも私も、料理を覚える為に、みなもから教えて貰ってるんだよね。少しずつではあるけれど、自炊が出来るようにはなってきた。……レトルトカレーくらいならだけど。


「お待たせ! チャーハンの出来上がりだよ!」

「うわ……美味しそう。いただきます!」

「美味しー! これが……ふがしちゃんが励まされたチャーハンなんだね」

「店長さんが作るチャーハンは埼玉一だからね!」

「範囲狭っ、でも納得の味だよ」

「なぁ……雪菜のお友達さんさ……」

「彩果って言います」

「彩果」


 初対面なのに呼び捨て! でもその方が接し易い。


「結婚てさ、どんなものなんだ?」

「へ?」

「指輪してるだろ、あんた既婚者なんだろ」

「えぇ、まぁしてますね」

「羨ましいなー私なんか、今だに独り身何だぜ。相手が見つかんねーんだもん」


 これはあれか、店長さんの愚痴を聞く展開か。


「大丈夫ですよ! 店長さん。人は独りでも生きていけますから!」

「雪菜……」

「死ぬ時も独りですけどね!」

「うわあああん!」


 店長さんが泣いてしまった。ポイズン雪菜は恐ろしいな本当に……


「畜生リア充共め! 全員不倫されちまえ!」


 そういって厨房の奥へと消えて言った。


「彩果ちゃんは気にしないでいいんだよ、店長さんはいつもこんな感じだから」

「そうなんだ……おもしれー女だね」


 別に、結婚だけが幸せになる道ではないだろう。そういう事を結婚している私が言うと、嫌味にしか聞こえないのだろうけど。


「ごちそうさまでした、雪菜。帰りは送るよ」

「ありがとう! 遠慮なく乗せて貰うね」

「今日はずっと絵本を描いてて疲れたでしょ?」

「そうでもあるかも」

「疲れてるって事だね。確かに体力を使うもんね」


 絵や文字をかくのには、想像以上に集中力を必要とするから、疲労がたまりやすい。そういう時は、無性に甘いものが欲しくなる。


「ていうか店長さん大丈夫かな……ずっと籠もったままなんだけと……」

「大丈夫だよ! 暫く放置していれば、すぐ元気になるからさ。こんな事でいちいち心配してたら、時間の無駄だよ」


 放置プレイというやつか。どうか店長さんに素敵な相手が見つかりますように。




「送ってくれてありがとー彩果ちゃん、お休み!」

「うん、また月曜日にね」


 しかし雪菜の家は凄い豪邸だ。さすが日本中の事業を支配する北山財閥の令嬢だ。この豪邸も雪菜と陽花が二人で暮らす為にプレゼントされたらしい。

 ……全然自立できてなくない?


 私は車を走らせた。それにしても今日は色々あった気がする。新月にセクハラされ放題だったし、彼女が私のお陰で明るくなった事も知れた。そしてどうやら、私にまだ未練があるようだ。これからも惑わしてやろう。


 雪菜の絵本は面白かった。まさかあんなにも凄い物語を書けるなんて、驚かされた。雪菜には今まで何度も助けられたからな。これからも大切な親友だ。


 早く帰ろう、みなもにたっぷり甘えたいから。でもその前に少し買い物をしていこう。


 私は車を停めて、いつもの商店街に立ち寄っていた。ここは夜でも大勢の人で賑わっている。さすが埼玉一の規模を誇る商店街だ。大型商業施設だらけの県内にも、こういう魅力的な場所も残っている事に、誇りを感じた。しかも地元だから、余計にそれを感じる。愛郷心が全くない県民性の癖に。


「みなもの為に、燻製を買ってあげよ、きっと喜ぶからね」 


 その時だった。遠目にみなもの姿があった。


「あれ、みなもだ! こんな所で何してんだろ?」


 思いもしなかった。ずっと家に籠もっている彼女が、人の多い商店街にいるなんて。人だかりが苦手だから、こういう所には来ないと思っていた。


「おーい! みなも……」


 私は、彼女に声をかけようとするも、異変に気付いて、やめてしまった。


「誰だろう……あの女性は」


 みなもの隣に、見知らぬ女性が居た。しかも、みなもと仲良く談笑していた。とても楽しそうだった。


 私は、あんなみなもの姿を初めて見た気がする。


 私以外の女性と仲良く、そして楽しそうにしている。私は、心の底から嫉妬した。


「誰なんだろう……あの人……ねぇ……みなも……誰なの……その人……」


 私は、その場を立ち去った。これ以上見たくなかったから、私以外の女性と仲良くする、彼女の姿を。


 私は車に乗り込んで、商店街から離れていった。

 遠くへ行きたかったんだ。なるべく遠くに、その場に居たくなかったのだ。居たらまた嫉妬してしまうから。


 「ああ……どうしよう……私……捨てられたんだ……みなもに」


 『畜生リア充共め! 全員不倫されちまえ!』


 あの時の店長さんの言葉の通りになってしまったようだ。どうしよう……どうしよう……


 みなもの事は疑いたくない。だけど、もし……みなもが私を捨てて、他の女性と不貞行為をしていたとしたら……私は狂ってどうにかなってしまいそうだ。もう二度、正気には戻れない気がした。


 「何で……こんな事に……みなも……グスッ、グスッ……私を裏切ったの? 酷いよ……」


 私は涙を拭い、車を走らせた。もう家には帰るつもりはない。行く当てもないドライブというものは、本来ワクワクする筈なのに、その時はモヤモヤしていたのだった。


「……みなものバカ」

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