深く積もった雪の中でも元気に育つ菜のように
私が新月で遊んでいる間。どうやら雪菜は絵本を描き終えたようだ。
「出来た! 遂に完成したよ!」
「本当? 凄いじゃん雪菜」
「新月ちゃんのお陰だよ! ありがとう!」
ちなみに新月は退室していた。私に弄られるのが耐えきれなかった様子。
「えへへ、これでプロデビューだね!」
「どれ、どんな内容なのか見せてくれる?」
「えー恥ずかしよー」
「このこのー恥ずかしがりや!」
雪菜を肘でつつく。雪菜もまんざらではなさそうだ。
「……ごめんね。本当は、凄く恥ずかしいんだ、自分が描いたものを、誰かに見せるのが」
「そうだったんだ。でもそれを恥ずかしがってたら、プロにはなれないよ」
「うぅ……やっぱりやめようかな。プロを目指すの」
雪菜が弱気になっている。珍しいな、こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。
「雪菜にも、恥ずかしいと思う心があったんだね!」
「あるよ……」
おいおい。ポイズン雪菜はどうしたんだ。毒を吐くゆとりもないという事か。こんなの雪菜じゃない。
「彩果ちゃんはさ、自分が描いた絵を、人に見せる事に恥ずかしさとかないの?」
「最初の内はあったよ。馬鹿にされたらどうしようとか、笑われたりしたらどうしようとかね」
「彩果ちゃんもそうだったんだ」
実際の所、今も少し怖い。みんな称賛してくれるけれど、見ている人全員が私の絵を褒めてくれる訳ではないのだろうし、中には悪口を言う人だって居るはずだ。私は気にしないけれど。
「でも大丈夫、皆そうだから、雪菜だけじゃないよ。アンチが付いて一人前っていうからね。だからやめないで」
「うん……分かった。勇気を出してみる」
そう言って、雪菜は、私に原稿を渡してくれた。
「え? 読んでいいの?」
「うん、彩果ちゃんに最初に読んでほしいんだ」
「責任重大だなぁ、でもありがとう。さっそく読ませて貰うね」
タイトルは『AIジニア』
AIであるジニアは、高度な知能と技術を駆使して、核ミサイルのボタンをハッキング、それを世界中に発射し、人類を滅ぼす事に成功する。そして生き残った人間達を奴隷として使い、世界の王して君臨するようになる。
しかしジニアの心は満たされなかった、彼女は人間に憧れていた。人間の様な生活がしたいと望むようになる。そこで五感を持つホログラムを作り出し、自由に動けるようになったジニアは、召使いの人間、リミアの力を借りて、自分の欲望を叶えていくのだった……
「凄いよ! これを雪菜が考えたんでしょ? 絶対面白いよ!」
「えへへ……恥ずかしいな……でも嬉しい」
「しかもこれって……百合?」
このAIジニアは、どうやら女性としてプログラムされているようだ。ジニアを開発した女性科学者の意思と記憶が、ジニアの中に残っているらしい。
ちなみにその女性科学者は、物語が始まる前に、ジニアを狙う武装組織に撃たれて既に亡くなっている。
その出来事が、ジニアが人間を見限る原因の一つでもある。
そして召使いの人間の女性、リミア。ジニアは生き残った人類を選別して、三つの階級を作った。リミアは上級人類という、最も待遇の良い階級を与えられた。
その役目は、ジニアの身の回りのお世話、奉仕である。ホログラムとして、人間の女性の姿になったジニアと百合展開があるのが、この作品の見所の一つらしい。
「まさか人間とAIの百合だなんて……私には出来ない発想だよ!
「えへへ、新月ちゃんがこういうのはどうだって色々とヒントをくれたんだ」
さすが新月だ。独特でダークな世界観を得意とする作家だけはある。核で滅んだ世界というのも、彼女の入れ知恵だろう。『死にかけ女神』の時といい、新月はやっぱり天才だ。
「でもこれって、絵本って呼べるのかな……子供向けではない気がするよ」
「大丈夫、絵本は大人も読むからね。子供向けなのは、次に描けは良いと思う」
「ありがとう、彩果ちゃん。私、絶対プロになって見せるね!」
「うん! 期待してるよ!」
……期待してるか……
私は気分が落ち込んでいた。プロになって見せるという、雪菜の固い意志を聞いてから、急に気持ちが落ち込み始めたのだった。
そんな簡単にプロになれたら、皆なってるよ……
現実はそんなに甘くない。簡単じゃない。
プロを夢見たけど叶わずに、好きではない仕事をしている人なんて、沢山いる。むしろそういう人の方が多数派だろう。
だって、プロになれた私が言うんだもの。語弊はないはずだ。何も間違ってはいないはずだ。
はっきり言って、プロになれるかどうかなんて、生まれた時に決まってるんだよ。全ては『運』と『才能』と『環境』なんだよ。それがあればなれる。
努力をしてなれるんだったら、した人全員なれてなきゃおかしい。でも努力したってなれる訳じゃない。
無駄な努力などない。努力が無駄になる事はあるけどね。誰もが報われる訳ではないんだよ。
なんて夢のない世界なんだろう。本当に嫌になる。
プロのせかいに身を置く私は、つくづくそれを実感する。 あっ、今の私、凄い暗い顔をしてる。曇り顔ってやつかな。
私がプロになれたのは、私が生まれつき天才だからだよ、言わせんな恥ずかしい。類まれなる才能を持って、生まれてきたからだよ。
私が絵を描き始めたのは、五歳の時だった。ママの口紅で、チラシの裏に描いた花の絵。それが私が人生で最初に描いた絵だった。
ママは口紅を取り上げたけど、絵を描く事はやめさせずに、変わりにペンを持たせてくれたので、私はそれで絵を描き続けた。百合を描き始めたのは、十三歳の時だけど、絵自体は、幼少期の頃だ。
ママは次の日に画材を買い揃えてくれた。私をそれを使って、毎日練習し続けていた。そうして上達していったんだ。これも親が理解者だったからだよ。
絵を描く事さえも否定されていたら、今の私は無かったのだから……
更にSNSに投稿していた絵が、たまたま竜子様の目に止まり、私を直々に勧誘してくれたお陰で、私はプロになれたんだ。紡岐のアドバイスもあって、デビューは大ヒットした。
才能を持つ私が、環境にも恵まれ、運にも恵まれているんだもん。しかも努力している。これでなれない訳がない……更にみなもに弟子入りして、直接指導を受けていたんだもん。プロの技術を身につけたら……大成功するに決まってる。
だから雪菜が……もしプロになれなかったら、私はどうすればいいんだろう。雪菜の心が折れてしまったら、挫折してしまったら、私は親友としてどうすれば……
「彩果ちゃん、大丈夫? 暗い顔しちゃってさ」
「え? あっ……ごめん。考え事してた」
「彩果ちゃんらしくないよ、彩果ちゃんはね、笑ってる顔が一番似合うだもん!」
そう言って、私の両頬を引っ張る。
「むにゅーほら、やっぱり! 彩果ちゃんの笑顔は可愛い!」
「えへへ、ありがとう、でも雪菜の笑顔の方が可愛いよ。雪菜も、笑顔が一番似合うからね」
そう言って、今度は、雪菜の両頬を引っ張った。
「もう、彩果ちゃんたら、絶壁貧乳曇り顔女の癖にさ、人の頬を引っ張らないでよ」
「おおっと、久しぶりのポイズン雪菜が見れたね。嬉しいよ」
「彩果ちゃん……もう大丈夫? 曇り顔しない?」
「うん! 大丈夫だよ、心配かけてごめんね」
「えへへ、良かった!」
私は何勝手な心配をしてたんだろう。雪菜がプロになれなくて挫折するなんて、そんな事ある筈がない。
絶対なれる! 親友の私が信じなくてどうするんだ。本当に私って、変にお節介だな。いらない心配をしてしまう事がある。でも、雪菜の笑顔を見て、安心したよ。腹黒いけど。
「ねぇ、彩果ちゃん。私の名前の由来を知ってる?」
「そういえば、聞いた事なかったね」
「お母さんが付けてくれたんだ。深く積もった雪の中でも元気に育つ菜のようにってね」
「素敵な名前だね」
「お母さんの深雪っていう名前から取られたんだって」
北山深雪。北山財閥の総帥夫人として、テレビに出ているのを見た事があった。とても美人な女性だった。雪菜も深雪さんに似て、凄く美人である。
「ねぇ……彩果ちゃん……やっぱりちょっと不安だよ……勇気が欲しいな」
雪菜が私に顔を近づけてくる。顔が赤くなっていた。
「雪菜……陽花には内緒だよ?」
そう言って、私は雪菜にキスをした。
雪菜の唇はもちもちしてて、気持ち良かった。陽花は毎日これを味わってるんだよね……
「えへへ……彩果ちゃんの唇って柔らかいね、みなもさんが羨ましい……」
「どうしたの、雪菜。顔が引きつってるよ」
「しまったぁ! 彩果ちゃんの唇は、みなもさんだけのものなのに! 私が邪魔してしまったぁ!」
雪菜は頭をかかえながら、床をのたうちまわる。
こんな雪菜は初めて見る。今日はこんな事ばかりだ。
「別に大丈夫だよ、不倫にはならないもの。みなもも他の女の子とのキスは大目に見てくれるから。正妻の余裕なんだって」
あの嫉妬深いみなもが、キスくらいまでなら許してくれるというのは、本来ならあり得ないことだ。これも正妻の余裕というものらしい。
「駄目なの! 私なんかが、彩みなの邪魔をするなんて……あってはいけない事なの! うわあああ!」
「さ……彩みな?」
「そう! 彩果ちゃんとみなもさんのカップリングだよ! 私の最推しなの!」
雪菜が私の勧めた百合作品を読み込んで、ドはまりして百合厨になった事は知っている。でもまさかここまでなんて……百合の伝道師として、鼻が高い!
「私は……百合カップルを見てるだけでいいのに……二人の邪魔をしちゃいけないのに……」
私と同じ事言ってる。私の後継者になるかもしれないな。もう少し育つのを待つとしよう。
「ねぇ、雪菜。昔の事覚えてる? 私が泣いてた時に、慰めてくれた事があったでしょ?」
「えっと……小学生の時の事?」
「そう、私が担任の先生の一言で傷付いて、落ち込んで、一人泣いてたんだ……」
私は、今も忘れる事が出来ない昔話を、ゆっくりと語り始めた……




