新月に照らされる果実
新月との対決の当日。私は美術室に居た。
逃げるなといわれたので、彼女より一時間早く来てやった。当の新月は、遅刻してきたけれど……
「逃げずに来たんだね、彩果」
「当たり前でしょ、新月こそ、遅刻してくるなんて、負けるのが怖くなったんじゃないの?」
「おっ、今日の彩果は強気だね。そう来なくっちゃね」
「二人共、バチバチだね!」
「やるからには、勝ちたいって事だろうね」
雪菜と陽花は、私達の対決を見届けるつもりらしい。あと。陽花はやっぱり本来の姿の方が好きだ。
「じゃあ対決を前に意気込みを! まずは新月ちゃん!」
「そうだね……胸を借りるつもりでぶつかっていくよ」
「真面目か! 新月ちゃんらしくないなー彩果ちゃんに圧勝して、おっぱいみたいに、平べったく土下座させてやるとか言えばいいのに」
雪菜が雰囲気を和らげる為だろうか、インタビューを始めた。こう言う気が使えるのが、雪菜のいい所だ……腹黒いけど。
「じゃあ、彩果ちゃん!」
「勝つよ、絶対に、そして私の言う事を聞いてもらう」
「へぇ……そんなルールだったんだ。じゃあ、あたしが勝ったら、彩果を一生百合奴隷にしてあげる」
何だそりゃ、新月の百合奴隷とか絶対嫌だ。セクハラモラハラなんて、言う事すら出来なくなるに決まってる。
「へへへー楽しみだなぁ。何をさせようか、今から考えておくよ」
「絶対負けないもん! 逆に新月を百合奴隷にしてやるもん!」
いや、そんなつもりは全く無い。新月は可愛いけれど、そういう目では、全く見ていない。だけどついムキになってしまう。いかんいかん。こう言う時は……
「新月、対決の前にさ、ホットケーキを食べよ」
「はぁ? 何で?」
「いいから、お腹空いてたら、気持ちが落ち着かないもん」
「……まぁ、いいけど」
ここに来る前、料理サークルで作って貰っていたんだ。相変わらず全然違う具材を使っていたけど。
それに魔法で作った料理は味がない。だからさらに別の魔法をかけて味付けしたんだ。魔法って便利だな。
「彩果ちゃん! 私達も食べていい?」
「もちろん、沢山作って貰ったからね」
私は、ホットケーキをお皿によそって、皆に配った。
「では、遠慮なく、いたたきまーす」
「新月ちゃんも食べようよ! ホットケーキ苦手?」
「そういう訳じゃないよ……」
新月は警戒しているのか、座ろうとしない。ホットケーキに何か盛られていると思っているのだろうか。
「じゃあ、新月ちゃんも座って食べよ!」
「分かった……あたしも食べるよ、お腹空いてたし」
そう言って、新月は席についた。
「それじゃあ、いただきまーす!」
『時グル』ごっこをしてるみたいだ。あのアニメも、女の子達が料理を食べるシーンが見所だ。
「ふわふわしてて美味しー」
「本当だね、これを作った人は腕があるよ」
「ほとんど魔法頼みだったけどね……」
「彩果、何か裏があったりする?」
「ないよ、対決前の腹ごしらえってやつ」
「……ふーん、そーなん」
新月は、私の行動に警戒しているようだった。
もちろん裏などない。料理サークルの部長さんに言われた言葉を、実践しているだけだ。
『空腹だと、冷静な判断が出来なくなってしまう。まずはお腹を満たす事だよ。全てはそれからだ』
空腹の状態で、勝敗に納得がいかなくて、喧嘩してしまうのが嫌だった。だから今は食べよう。
「ごちそうさまでした!」
「雪菜凄い食べたね……」
「雪菜は大食いだからね、これでも腹五分ぐらいじゃないかな、家だともっと食べるし」
恐るべし、雪菜の胃袋。腹黒いだけじゃないのか。
「どう? 新月、満たされたでしょ」
「えっ、まぁね……」
良かった。これで怒り出す事はないだろう……
安心して対決に挑める。
「じゃあ、対決といこうか。彩果」
「うん、いいね対決だよね、分かっているよ」
「遂に! 二人が激突するんだ!」
「楽しみだねー二人がどんな絵を描いたのかがさ」
そうだ、私の目的は、百合の尊さを伝え広める事。
相手を打ち負かす事ではない。あくまで私は、フォロワー達を悶えさせる為に投稿するんだ。
「ルールは簡単、二人同時に一番良いと思った百合絵を投稿して、いいねが一つでも付いた方が勝ち。制限時間は一時間だ」
「分かった、私が投稿する絵は、もう決まってる」
「あたしもだよ。いい勝負をしようね」
「こちらこそ」
大丈夫、身を任せればいいんだ。フォロワー達に、この勝敗の勝敗を決めて貰うんだ。もったりしながら待てばいい。
「私が投稿するのは『演奏の後のご褒美』だよ」
「おお! バンド百合だ! 彩果ちゃんの完全新作を誰よりも早く見れるなんて感動だよ」
「演奏中じゃなくて、演奏の後を描くのがまた彩果らしくていいね、両頬にキスなんて、普通思いつかないよ」
「えへへ、ありがと」
「じゃあ、あたしは『テニスコートの百合模様』を出すよ」
テニスコートで女の子達が試合の後に、お互いを讃える絵のようだ。
「この一週間、ずっとテニスサークルに張り付いてたからね!」
「どうせ部員の人達にエッチな事してたんでしょ」
「ちょっとボディタッチしただけだよ」
新月の事だ。セクハラ三昧だったのだろう。でも新月だと皆許してしまうのだ。
「では始めるとしようか、同時にあげるよ」
「うん……」
私はSNSに『演奏の後のご褒美』を投稿した。
「さぁ皆、今日も絵を描いたから見て貰うね! この尊さに悶えちゃえ!」
新月も絵を投稿したようだ。
「おお凄い! 彩果ちゃんの絵に沢山のいいねが付いてる!」
「十万、二十万……一分しか経ってないのにもう三十万いいねがついてるよ!」
「まぁ、当然だね。いつもは百万いいねくらい付くから、今日は予告なしにあげたからね」
私の絵は、気づけば六十万いいねが付いていた。
フォロワーの人が私の絵を拡散してくれるから、知らない人でも絵を見て、いいねを付けてくれる。
「さすがぷらむ先生です! 尊すぎます!」
「このバンドの女の子たち、凄く幸せそう」
「あぁ……尊い! 尊すぎる!」
フォロワーの皆も、私の絵を称賛してくれた。
「……凄いね、さすが彩果だよ……」
「新月ちゃんはどれくらい付いたの?」
新月のスマートフォンを見てみると三十万いいねがついていた。
「新月ちゃんも凄いよ!」
「そう見えるかい? ダブルスコアを付けられてるのにさ」
この対決の勝者は、もう決まっているようなものだ。
「新月……私の勝ちでいい?」
「……」
新月は下をむいて黙り込んでしまった。
これ以上続けても、逆転する事はないだろう。私の絵のいいねは、今も増え続けている。新月の絵も増えているけれど、私のより少ない。
「あぁ、畜生! 負けた負けた! 完敗だよ!」
「新月……」
「さすが彩果だよ、あたしも本気で描いたのに、歯が立たないんだもん」
新月が強がっているのがわかる。本当は凄く悔しい筈なのに。下唇を噛み締めているんだもん。
「新月ちゃん、嘘付かなくてもいい、泣いたっていいんだよ」
「雪菜……」
「だって、昔の新月ちゃんは、凄く負けず嫌いだったんだもん。負けたら悔しくて、泣きじゃくるような」
「確かに、とても感情豊かな女の子だった。でも私が新月と出会った頃は、無口で、おとなしい女の子だったよね」
新月は両膝を付いて、しゃがみ込んだ。
「……彩果のせいだ、あたしに感情を与えるから、こんなに悔しい思いをしなきゃいけなくなったんだぞ……」
どういう事なんだろうか、意味が分からない。よく見ると、新月の目には涙が浮かんでいた。
「よくも……あたしの世界に色を与えたな……」
「あの……新月? 私のせいっていうのは、どういう意味?」
「何だ、彩果は覚えてないんだ。今のあたしがあるのは、彩果がいたからだよ」
「私が、新月を変えたって事?」
知らない。そんな事。始めて聞かされた。
「昔のあたしだったら、悔しい? と聞かれても、とくになしって返してた。こんな感情、抱く事もなかったよ」
「確かに新月は無口で、誰とも話す事のない子供だっよね、うちが話しかけた時も、何を聞いてもとくになしって言ってたしさ」
何を聞かれてもとくになし。それじゃまるで、とくになし子だ。私が付けたあだ名の通りじゃないか。昔の新月は。
「何も感じないなんて、死んでいるのと同じだよ、だから昔には戻りたくない。もうとくになしな日々は送りたくない」
どうやら私と出会った事によって、新月が変わったというのは、本当のようだ。
「昔のままのあたしだったら、恋をする事もなかっただろう。小説を描く事もなかった……全部全部、彩果のせいなんだ……とくになしだった、あたしの世界を色彩豊かにしたんだ」
新月はどこか嬉しそうな表情をしていた。私によって、彼女の世界を変えてしまったのは、彼女にとってどうやら悪い事ではないらしい。
「新月ちゃん、彩果ちゃんが謝りたいんだってさ、新月ちゃんを傷付けてしまった事に対する謝罪を聞いてあげてよ」
「何だそんな事か、まだ気にしていたのかい?」
「新月……ごめんなさい……私を許してよ……」
私は頭を下げた。私にできる誠心誠意の謝罪をしたつもりだ。これで駄目なら土下座をするつもりでいた。
「謝まるのはあたしの方だよ、あたしごときが、天下のぷらむ先生に喧嘩を売ったんだからね」
「違うの、絵に優劣なんてないんだよ、あの時の私は、本気で悔しかったんだ。それでつい、お門違いの事を口にしてしまったんだ……」
新月の表情は和らいでいた。どうやら怒ってはいないようだ。
「私がね、あんな事を言ったのは、新月を見下したりしてるんじゃなくて、単純にライバルとして見てるからだよ。だから悔しかったんだ……」
「あたしの事を、ライバル……?」
私は言葉を続けた。
「私が今だ成し遂げていない事を、先に達成したんだからね、悔しかったんだ、嫉妬したんだ。この悔しいという気持ちを、自分への励みにするのではなく、新月にぶつけてた」
でもこの悔しいという気持ちがなかったら、きっと私は、一生成長出来ない気がする。
「あたしをライバル視していたんだね……あたしなんかより、ずっと上手なのに」
「さっき言ったでしょ? 絵に優劣なんてないって、私の絵よりも、新月が描いた絵の方が好きっていう人もいるもん」
だからあの発言は、最低の一言なんだ。絶対に許されない。許して貰えない言葉なんだ。
「あたしは、彩果と戦って見たかったんだよね、絵を描いて、どっちが上手いと言って貰えるかを」
「私をわざと煽ったの?」
「そうさ、そうすれば彩果が断れなくなる。勝負をする口実ができる……あたしって嫌な女だね」
そんな事しなくても、私は逃げずに勝負を受けて立つのに……回りくど過ぎるよ……新月らしいな。
「でも結果はこれだ。あたしの絵は彩果に惨敗。あたしが彩果に勝っている事なんて、小説を描ける事ぐらいしかないだね……」
「新月……」
「あとおっぱいは、彩果よりも大きいね!」
「そこは良いでしょ! ひんぬーが好きな人もいるもん!」
どうやら新月が元気になってきたようだ。
「本気で私との勝負に勝つつもりだったんだね」
「当然だよ、あたしはプロのラノベ作家だけど、プロの絵師でもあるんだよ? 自分の絵が一番だと思って、自信を待って描いてるよ」
新月の絵は実際上手だ。『死にかけ女神』のイラストも、最初は自分で描くつもりだったらしい。
「でも彩果の絵を見たときは、衝撃を受けたよ。あたしの絵なんか落書きに見えるくらいに上手で、そして尊かったんだからね」
「自分が一生懸命に描いた絵を、貶しちゃ駄目だよ」
「自分で貶すなら、何の問題もないさ。改善点とか見つかるからね」
自分と他人の絵を比べて、劣等感を感じてしまう事は私にもあったから、分からなくもない。でもそれで挫折して辞めてしまうなら、それまでということだ。
少なくとも、新月は挫折しなかった。だから今も絵を描き続けて、百合園の表紙を担当できたんだ。
「あたしさ……『死にかけ女神』のイラスト担当が彩果に決まった時は悔しかったよ、自分で描きたかったからね。」
「私は嬉しかったな、ぶらっとむーん先生が新月だと言う事は知っていたからね。新月と一緒に小説が書けるって!」
「あたしは、彩果の描いたイラストが送られてきたのを見て心奪われたよ。こんなにも可愛く尊く描いてくれるなんてね。自分で描かなくて良かったと思うくらいに」
私と仕事をした人は、皆そう言ってくれる。 私に描いて貰って良かった。嬉しいって。どうやら新月も同じようだ。
「自分の頭の中で考えたキャラクターが、彩果に絵として描いて貰えて、これ以上嬉しい事はないよ。またあたしの世界に色彩をくれたね。罪な女だ」
みなもと同じ事を言ってる。漫画家さんや小説家さんは、やっぱりキャラクターを描いて貰える事が嬉しいんだ……私には良く分からなくけど。
「そりゃあもう、プロですから! 期待以上のものを提供するものですから! 妥協なんてしませんよ」
「さすが彩果だよ、あたしが憧れた。ぷらむ先生だ」
「ねぇ、新月……仲直りしたい……喧嘩したままなんて嫌だよ……」
「あたしもだよ、彩果は腐れ縁で結ばれた親友だからね、いがみ合う必要なんてないのさ」
「ありがとう……新月……」
私は新月とハグをした。私は新月を強く抱きしめていた。
「新月……」
「おいおい彩果、ハグが強いよ……」
「ヒューヒュー! キス! キス!」
「うぅ……良かったねぇ……彩果ちゃん、新月ちゃん……」
茶化す陽花に感動する雪菜。この二人の協力のお陰でもある。私は親友に恵まれているな。
「しかし彩果ちゃんも罪深いね! みなもさんがいるのに、新月ちゃんと不倫するなんてさ!」
「違うもん! 新月は友達としか見てないもん! 恋の対象とは見てないもん!」
私は両腕を激しく振り、必死に否定した。
「だからあたしを振ったんだね、あたしを敗北ヒロインにした罪は重いよ」
「え? 許してくれてないの?」
「そんな事ないさ、今のあたしには晴海がいるからね、彩果より素敵な恋人がさ」
だったらいいじゃないか。なのに私をちょっかいを出してくる新月。
「それにあたしは百合園の表紙を担当しているからね、彩果が成し遂げて居ない事をね」
「この流れで何でその話になるの? 悔しい!」
いつもの新月に戻ってくれた。その事が何よりも嬉しかった。仲直りできて良かった。
『お互いの心が読めなくても、心を開いていれば、繋がる事ができる、テレパシーが使えなくてもね』
あの宇宙人さんの言ってた通りだ。私と新月の心は繋がれてたのかな……
本当に、仲直りできて良かった。
「ねぇ……本当に私に未練がないの?」
私の問いに、新月は笑顔で答えた。
「とくになし!」




