崖の前に立つ日
呼吸器が取れた 2日後の 6月6日。
この日、再度の造影検査が行われた。
検査室では寝た姿勢で撮影するためか、誤嚥の状態は改善されておらず、映し出された映像は以前と変わらないものだった。
ただ、ひとつ新しい提案があった。
「胃瘻の穴から十二指腸へ直接向ける管に変更すれば、いまの鼻からの経管より抜けにくく、顔まわりもすっきりしますよ」
それはありがたい話だった。
次の入れ替え時にお願いすることになった。
しかし、その日の午後。
侑也の呼吸が再びしんどくなり、酸素カニューレが装着されることになった。
「治った」と見えたのは、もしかすると僕たちを安心させようと、侑也が無理をしていたのかもしれない。
そう思うと胸が痛んだ。
そして、呼吸器が再装着されたことで、先生からさらに踏み込んだ提案があった。
「今後のために、気管切開 か 喉頭気管分離術 の検討が必要です」
突然の言葉に、何のことなのか理解できなかった。
説明を受けると、こうだった。
● 気管切開
首に小さな穴を開け、気管へ直接呼吸の通り道を作る処置。場合によって人工呼吸器を使う。
● 喉頭気管分離術
口から入ったものが気道へ絶対に入らないよう、気道そのものを塞いでしまう手術。
その場合、呼吸は人工呼吸器に頼ることになり、さらに 声帯を切除するため、侑也の「声」は失われる。
最近の侑也は、話せなくても一生懸命に声を出し、気持ちを伝えようとしてくれている。
「おはよう」と声をかけたら、
「おあおー」と返してくれたあの日の奇跡。
たとえ偶然だったとしても、その「声」は間違いなく、侑也の生きている証であり、心そのものだった。
その声を、永遠に奪う決断を…?
先生は、そう言っているのだ。
胸の奥に積み上げてきた希望が、
土台ごと音を立てて崩れていく。
目の前が暗闇にふさがれていく。
侑也の未来を信じて歩んできた道のりが、
辿り着いた先は――崖だった。
そんな絶望が襲ってきた。




