乗り越えた先に
「生理がちゃんと来ました。ご心配おかけしました」
外出から一週間もしない頃、そう報告してくれた妻の顔は明るかった。
外の空気を吸い、不安を吐き出せたことが、落ち着きを取り戻すきっかけになったのかもしれない。
これ以上は、もう妻に負担をかけられない。
でも──僕に何ができる?
休みの日には交代して、なるべく妻を病院から出してあげようと提案したが、
「侑也が心配で手につかないから」と断られた。
ならばと祖母に頼もうとしたが、しんどそうな孫の姿を見続けるのはつらいと、やんわり断られた。
打つ手がなくなった頃、先生から「院内外泊」の話が出た。
万が一の時を除き、看護師さんの支援なしで丸一日過ごしてみましょう──という提案だ。
これは、退院が見えてきたということだろうか。
現状からの脱出は、やはり“退院”しかない。
そう思い、妻にもう一度頑張ってもらうことになった。
何か問題があればナースコールで対応してもらえるが、基本的には付き添い者がすべてのケアを行う。
いわば“実践形式のお試し退院”。
できないことがあれば、まだ家には帰れない。
ここが正念場だと捉え、妻は強い覚悟を見せた。
僕は──信じることしかできなかった。
院内外泊の日は、何事もなく終えることができた。
そしてとうとう先生の口から「退院」という言葉が出た。
やっと帰れる。
家族三人だった、あの生活に──。
不安はある。不安ばかりだ。
妻の精神面や体力を考慮し、退院後はしばらく妻の実家で過ごすことにした。
その方がきっと落ち着けるだろう。
こうして、9月11日の震える夜から始まった入院は、12月6日──およそ三ヶ月を経て、退院を迎えたのだ。




