手術の日
10月10日。
侑也の手術日が訪れた。胃瘻と腸の整復だ。午前中のうちには手術室へ入るらしい。
朝から病院へ向かう車内は、いつもより静かだった。言葉を探すたびに、不安がこぼれ落ちそうで、僕も妻もそれを恐れていた。
「胃瘻にして吐かなくなればいいな」
ようやく絞り出した言葉に、妻は小さく「うん」とだけ返した。
それ以上、何を言っても涙が出そうだった。
病室に着くと、呼ばれるまで侑也と一緒に過ごした。
今日のことをもう一度説明してやるが、聞いているのかいないのか、「指の研究」に夢中だ。
いつものように、目の前の世界を確かめるように指を見つめては笑っている。
10時を過ぎたころ、看護師さんが侑也を迎えに来た。
「侑也君、行きますよ〜。お父さんも一緒について来られますか?」
僕は当然、手術室の前までだろうと思っていた。
だが案内されたのは手術室の中。
「麻酔が効いて眠りにつくまで、そばにいてあげてください」
思いがけない言葉に少し戸惑ったが、眠りに落ちるその瞬間まで侑也の手を握っていられることが、どこか救いでもあった。
外科の先生から術前説明を受けたとき、麻酔の件は相談しておいた。
「今度は麻酔科の先生がしっかり見ていますから大丈夫です」
そう言われて安心していたはずなのに、やはり不安は拭えなかった。
病室へ戻ると、妻も同じような顔をしていた。
きっと、同じことを考えていたのだろう。
──本当にこの手術を選択したのは正しかったのか?
子供の体にメスを入れる。誤嚥のリスクを減らすためとはいえ、他に手段はなかったのか。
今さらながら、そんな疑問が頭に浮かぶ。
開き直れれば、どれほど楽だっただろう。
どんなに悩んでも、もう今さらだ。
何度も自分に言い聞かせても、不安と答えのない問いが頭の中で反芻される。
──侑也。どうか無事に戻ってきてくれ。
15時を回ったころ、侑也は無事に病室へ帰ってきた。
麻酔が効いて眠ってはいるが、手術は成功したという。
腸の入り組みも思ったほどではなく、整復できたとのこと。
胃瘻に関しては、今は穴を固定するための仮のもの。
安定したら取り替えるが、万が一にもこの管が胃の中に落ちたら命に関わるという。
くれぐれも慎重に扱うようにと念を押された。
侑也の寝顔を見つめながら、張り詰めていたものが一気にほどけた。
全身の力が抜け、ただ静かに、無事をかみしめた。
まだ、手段が一つ増えただけ。結果が出るのは先のことだ。
それでもこの日は、無事に戻ってきた侑也の顔を見て、安堵を隠せなかった。
──これでうまくいけば、侑也も苦しむことはないんだ。
希望がまた、ほんの少しだけ顔を出した気がした。
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