金太郎の笑顔
寝返りが成功してから、妻の育児日記には「寝返り回数」の欄が増えた。
その日に成功した回数を「正」の字で書いてくれているのだ。
仕事から帰ると、まずその欄を見るのが毎日の楽しみになった。
「侑ちゃん、今日も寝返りできたんだな!すごいぞ〜」
そう言って侑也を抱きしめ、ほっぺをスリスリと合わせる。
どうも僕の愛情表現は過剰らしい。侑也は少し迷惑そうな顔をしている。
「嫌がってるから、やめてあげて」
妻にたしなめられて、苦笑い。
侑也の動く範囲は、日を追うごとに広がっていった。
パネルマットからはみ出し、テーブルの下から「ばぁ!」と顔を出したり、
さっきまで居たはずの場所から消えて足元に転がっていたりする。
まるで小さな忍者のように、仰向けのままスルスルと動き回る。
そんな折、祖父母からお宮参りの提案があった。
入院生活が長く、百日祝いもハーフバースデーもできていなかった侑也。
「それなら、みんなでお参りしよう」と決まり、地元で有名な神社を予約した。
当日。
神社の駐車場に着いて、見上げると長い石段。
──これを侑也を抱えて登るのか。
下から見上げると、天まで続いているように見える。
侑也を抱っこ紐に固定し、一段ずつ慎重に登りはじめた。
途中で侑也を見ると、ニコニコ笑っている。
「よし、もう少し頑張るか」と気持ちは奮い立つが、体力は限界だ。
ようやく登り切ったときには、汗びっしょりだった。
それでも無事に儀式を終えられたことが、ただ嬉しかった。
帰りの下り坂はさらに慎重に。
足を滑らせたら侑也を巻き添えにしてしまう。
息を殺すように一段ずつ降り、なんとか車に戻った。
このまま帰るのはもったいない。
予約していた写真館へと移動し、親戚一同で家族写真を撮ることにした。
店内にはたくさんの赤ちゃん用衣装があり、
妻の妹や弟たちは「これがいい」「こっちのほうが似合う」と大盛り上がり。
その中でも──金太郎印の前掛けに、おもちゃのマサカリを持たせた一枚。
僕の中では、あれがベストショットだ。
撮影を終えたあと、店員さんが丁寧に尋ねてきた。
「鼻の管は修正して消しますか?」
少し考えたあと、僕は首を横に振った。
「いいえ、そのままでお願いします。鼻の管も侑也の個性のひとつですから」
店員さんは静かにうなずき、「わかりました」と微笑んだ。
親戚との集合写真、家族三人の写真、そして侑也ひとりの笑顔。
そのどれにも、確かに“侑也らしさ”が写っていた。
たくさんの思い出を「写真」という形に残せた、忘れられない一日だった。




