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小さな足跡の記録  作者: こう
はじまりの日

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2本のへその緒

医療センターに通うようになってから、検査の間隔が月に一度から、週に一度へと変わった。

「そんなに毎週見たところで、何か変わるのかな?」

最初は、正直そんなふうに思っていた。けれど、医師にとっては見るべき“点”が違っていたのだと、後になって知ることになる。


僕は会社に事情を話し、毎週決まった曜日に休みをもらうことにした。

妻も職場と相談し、出産を機に退職することになった。

今思えば、あれが僕たちの「日常が少しずつ非常事態へと変わっていく」始まりだったのかもしれない。


検査が重なる中で、ある日、先生の表情がわずかに曇った。

「へその緒の血管が、少し気になります」

その言葉の意味が、僕たちには分からなかった。

画面に映るモノクロの世界を前に、先生の指が静かに動く。


「普通、へその緒にはね、母体からの静脈が一本と、赤ちゃんからの動脈が二本。

 この三本が、ねじり合うようにして命をつないでいるんです。

 でも、あなたたちの赤ちゃんは……二本しか見えないんですよ。」


二本。

一本、足りないだけ。

それが、どれほどの意味を持つのか、僕らには想像もつかなかった。


「血管が足りないと、どうなるんですか?」

そう尋ねる僕に、先生は少し言葉を選びながら答えた。


単一臍帯動脈たんいつさいたいどうみゃくそのものが悪いわけではないんです。

 原因もはっきりしていませんし、母体にも赤ちゃんにも直接の影響があるとは限らない。

 ただ……」


「ただ?」と僕。

「染色体や遺伝子に異常がある場合に、単一臍帯動脈たんいつさいたいどうみゃくが見られることがあるんです。

 でも、全員がそうではありません。元気に産まれてくるお子さんもたくさんいます。

 念のため、羊水を取って検査してみましょう。費用は病院で持ちますから。」


──遺伝子。染色体。

聞いたことはあるけれど、遠い世界の話だと思っていた言葉が、急に僕たちのすぐそばに落ちてきた。


「何を言っているんだろう……?」

頭の中で言葉がぐるぐると渦を巻く。

妻を見ると、彼女は小さく頷きながらも、顔が青ざめていた。

その目には、不安と涙が混ざっていた。


僕はその手を握りしめ、できる限り明るい声を出した。


「大丈夫!先生も言ってたじゃない。元気に産まれてくる子もたくさんいるって。うちの子は、大丈夫だよ。」


その言葉は、妻を安心させるためのものだったのか、

それとも、自分に言い聞かせるためのものだったのか。

今でもわからない。


それでもあの時、僕にできたのは、ただそれだけだった。

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