眠りの向こう側
僕達夫婦は、看護師さん指導の下、経管栄養の準備から滴下、片付けの練習を始めた。
「侑ちゃん、ご飯の時間だよ」
声をかけながらポンプをセットしていく自分の姿が、どこかたどたどしく、滑稽にすら思えた。
妻は授乳室へと子どもを連れて行く母親を、どこか羨ましそうに目で追っていた。
仕方ない。
侑也は侑也だ。
そう言い聞かせながら、僕達は教わった手順を繰り返していった。
最も辛いのは、管の入れ替えの時だ。
抜くのは簡単だが、挿れるのはそうはいかない。
泣きじゃくる我が子の両手両足を抑えつつ、鼻の奥へとチューブを入れていく。
初めての時は、看護師さんの指導のもと、上手く入るまでに一時間を要した。
怒り疲れた侑也は、終わると同時にぐったりと眠ってしまっていた。
退院に向けての訓練が始まった頃、先生から検査の提案があった。
「全身の状態を詳しく調べたいので、MRIを使いたいのですが」
断る理由など無い。
「お願いします」
「MRIの検査中は動けないので、眠っている間に行いたいと思います」
そう説明を受け、僕達は納得してお願いした。
数日後、面会に行った際、先生から別室に呼ばれた。
「MRIの結果ですが、後頭部に小さな膿胞が見られました。ただ、今後に影響はないでしょう」
安堵しかけた瞬間、先生が言葉を継いだ。
「耳の検査もしましたが、こちらは精密検査が必要です。
……それと、MRI中に眠ってもらうため、睡眠導入剤を使用したのですが──
眠りが深くなりすぎて、呼吸が一時的に止まってしまいました。
すぐに対応し、問題なく回復していますので、ご安心ください」
……は?
呼吸停止?
それって──死にかけたってことじゃないのか?
「なんで、それが事後報告なんですか!」
気づけば声を荒げていた。
「すぐに知らせてくれるべきでしょ?回復したからって、はい終わりって話じゃないでしょう!」
先生は静かに、しかし淡々と答えた。
「無事に回復したので、経過としてご報告しました」
その一言に、怒りとも悔しさとも言えない感情が込み上げた。
お世話になっている病院で、強く言えば立場がなくなる。
それでも──息子の命が、たった一言で片付けられた気がした。
歯がゆかった。悔しかった。
けれど、ここで声を荒げても何も変わらない。
唯一の救いは、異常がないと言われたこと。
……耳以外は。




