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小さな足跡の記録  作者: こう
病院での日々

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吸えない理由

GCUへ移る頃には、体重も2,500gを超え、順調に大きくなっているように見えた。

……口から飲まないことを除けば。


先生は「ゆっくり進めていきましょう」と言うけれど、最近の哺乳訓練を見ていると、侑也の表情にはどこか“諦め”のような影が見えた。

ペロペロと舐めるだけ舐めて、途中でやめてしまう。眠たいのかと思うが、それだけではない気がする。自分から乳首を探して吸い付いても、結局くわえるだけで吸わないのだ。


「嚥下、つまり飲み込みに原因があるのかもしれません。

ちょうど今度、嚥下の専門で全国的にも有名な先生が来られるので、診てもらってはどうですか?」


その言葉に、僕たちは迷わず飛びついた。

「ぜひお願いします」

わらにもすがる思いだった。原因がひとつでも分かれば、改善できるかもしれない。せめて何か訓練方法があれば――そんな気持ちで当日を迎えた。


診察に訪れた先生は、シリンジで少しずつミルクを口に含ませながら侑也の口や喉の動きを観察していた。

哺乳瓶をくわえた姿も注意深く見つめ、やがて静かに言った。


「嚥下は上手にできています。

どちらかというと、“吸う力”に問題があるようですね。

赤ちゃんはみんな本能でおっぱいを吸うと思われがちですが、実はそうではありません。

上顎には乳首が当たると反射的に吸う“ツボ”のような小さな凹みがあるんです。

成長とともに薄くなって消えるのですが……侑也くんの場合、生まれつきその凹みがなかったか、非常に浅かったのかもしれません。

だから自分で吸うことが難しいんです」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に重い石が落ちたような感覚に襲われた。

もしそれが本当なら、侑也は“吸いたくても吸えなかった”ということになる。


初めて哺乳訓練を見たあの日の光景がフラッシュバックする。

あのとき、どうしたらいいのか分からないように見えた侑也に、僕たちは哺乳瓶を押し当てていた。

「嫌がっていたんじゃない。困っていたんだ」

そう気づいた瞬間、胸が締めつけられた。


今後の方針として、先生からは二つの提案があった。

一つは、おしゃぶりを使って口の使い方を少しずつ覚えていくこと。

もう一つは、経管栄養を続けながら退院の準備を進めること。


「ポンプの使い方、管の入れ替え方も練習しておきましょう」

看護師さんの言葉を聞きながら、僕は「家に帰れる」という安心と、「まだ普通には戻れない」という現実の間で、複雑な気持ちを抱えていた。

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