第10話「覚醒のカウントダウン」
その日の夜、俺は再び夢を見た。広大なホワイトルームに立つ俺。その部屋は真っ白で、まるで何もかもが無機質な空間に感じられた。どこを見渡しても、データが浮かんでいる。人の形をしたデータ、動物、自然界の法則すらもデータ化されたものが漂っている。まるでこの部屋が、宇宙そのものの情報を保存する巨大なコンピュータの中にいるかのようだった。
「お前は、データとして消されるべきだ」
耳に響く声。その声は機械的で冷徹だが、どこかで聞いたことがあるような、まるで記憶の中にずっと残っていたもののように思えた。
「お前が消えれば、この実験は完了する」
その声は、俺に向けられているのだと確信した。消されるべき、という言葉の意味がじわじわと心に沁みてきた。データとして消される? この体が、ただのデータに過ぎないということか? いや、そんなはずはない。この体には、確かに意識があり、感情があるはずだ。
その瞬間、俺は全身を突き刺すような痛みを感じ、目を覚ました。汗が全身を濡らしていて、息を呑む。目の前には、薄暗い夜の空間が広がっているが、周囲の音はなく、村の静寂が深い闇に包まれている。
「夢……だったのか?」
夢で感じた恐怖が現実のものだったように感じる。息を吐いて心を落ち着けようとするが、身体が震えているのを抑えきれなかった。
「カズマ、どうしたの?」
エリナが心配そうに声をかけてくる。俺はエリナを見つめながら、再び冷静になろうとするが、胸の動悸が収まらない。夢に出てきたあの声が、まるで自分の中に響いているような気がしてならない。
「実験……実験が進んでいるんだ」
ついに、思わず口から出たその言葉。だが、言った瞬間、胸に引っかかるものがあった。あの夢が現実の断片であるなら、俺たちの存在がどれだけ不確かなものか、まさにその証拠だったからだ。
「私も、同じような夢を見たの。あなたが消されるって」
エリナが静かに続ける。その声に、俺は再び震えが走った。エリナまで、あの夢を見たというのか?
「エリナ……」
「うん、同じ夢。私も見たわ。でもね、カズマ。あれはただの夢じゃない。私、もう少し確信を持っている」
エリナの目はいつもと違って真剣だ。彼女の言葉を受け止めると、俺は自然と考え込む。ここまで来ると、もう「ただの夢」という言葉で片付けられない。あの夢の中で感じた恐怖、そして最後に「消される」という言葉。それは単なる悪夢ではない、何か現実と繋がっているような、そんな感覚を持った。
「お前はデータとして消されるべきだ」
その言葉が、耳にこびりついて離れない。
「エリナ、俺たちって、もしかして……実験体なんじゃないか?」
エリナが一瞬、目を見開いた。その目の中に、俺と同じような疑念が宿っているのを感じた。
「実験体……そうかもしれない。あの村の異常、そして私たちのステータス。どれも不自然すぎる。これがすべて、計画的に仕組まれたことだとしたら?」
俺たちは長い間、何も言わずに沈黙していた。耳の奥に響く、あの夢の声が消えずに残っている。どこかで、俺たちがどうにかならなければならない、という強い衝動が湧き上がる。
その時、エリナがポケットから小さな紙を取り出した。驚いたことに、それは先ほど小屋で見つけた実験に関する書類と全く同じ形式で記録されていた。
「カズマ、これを見て」
その紙には、さらに詳細な情報が記載されていた。『実験村03』の項目には、続きがあった。
『被験者の消失率は予測通りに上昇しており、最終段階に向けた進行が開始されている。異常値を示す被験者には、最終段階前にデータ消去を実施予定。現在の状況では、最終段階における覚醒に成功した被験者はわずか3%を超えない可能性が高い。』
「3%……覚醒に成功する者はごくわずか、ということ?」
俺はその記録を見つめながら、理解を深めていった。覚醒という言葉、そしてデータ消去。まるで俺たちの存在が実験の一部でしかないかのような書かれ方だ。
「カズマ、私たちも、もしかしたらその3%に選ばれるべき存在かもしれない」
エリナの言葉には、少しの希望と不安が入り混じっていた。それでも、彼女の眼差しには決意が見えた。俺もまた、その決意に応えるように深く頷いた。
「俺たちがこの実験を暴いて、消されることなく終わらせなければならない。俺たちの覚醒が、この村の未来を変えるんだ」
その言葉を口にした瞬間、俺の心は決まった。無論、簡単な道ではないだろう。だが、俺たちが消される前に、この実験を終わらせるしかない。目の前に広がる未来に、たとえどれほど恐ろしいものが待ち受けていようと、俺はその全てを受け入れて戦う覚悟を決めた。
「エリナ、一緒に戦おう。俺たちが覚醒し、この実験を終わらせる」
エリナはしっかりと俺の手を握り返してきた。その手のひらの温もりを感じながら、俺は再び立ち上がる。
「うん、一緒に」
そう言って、俺たちは再び動き出した。夜の闇に包まれた村を、目の前に迫る真実を目指して進んでいった。