八
八
鎌倉街道を二つ、三つの提灯が近づいて来ます。
橋のたもとまでぞろぞろとやって来た七、八人の爺さん婆さん、主婦たちは、どうやら近所の念仏講のお説教に呼ばれた帰りのようです。
それがなんとも陰気な姿。どの信徒も夜の湿気でじめじめとして、先ほどの氷屋の店先から見た、蒼い脚に鼠色の脚絆を着けた人影を思い出させます。――よたよたと、亡者がやって来たかのよう。
「お有難や、有難や」
「有難や」
「五穀成就、暑うござる」
「一雨ほしいのお」
「甘露法雨じゃ」
などと各自でぶつぶつと独り言のようにしゃべりながら近づいてきたのですが、そのうちの一人が不意に立ち止まり、
「おお、風早橋」
「先ほどの法話でお説きなされた、無常迅速を思わせるのお」
「お互いに阿弥陀如来におすがりするのを忘れてはなりませぬ」
「ひと風吹けば、あの世へお迎えぞえ」
と言いながら、黄色くぶよぶよに膨れて額の抜け上がった婆さんが、肩先に突き出た竹の杖を支いて、腰をかがめながら皺だらけの手でぐいっと握りました。すれ違いざまに婆さんは、のそりと腰を伸ばして反りかえりながら、黒い額の下で上目づかいになって、じろりと私を睨みつけたのです。
先ほどの活気に満ちた雨乞いの一行とは打って変わって、言いようもなく不気味な連中です。その婆さんにせよ、もしかしたら善行のつもりで、危ない橋に立っている私に警告をしたのかもしれません。けれどもこんな婆さんに助けられるくらいなら、あのよくわからない黒い提灯とやらに呪い殺されたほうがマシというものです。……なんだか嫌な考えに引きこまれそうな気がして、急に心が沈んでしまい……ぼうっとして目の前が暗くなりました。
漆のように黒い水田から、橋の下の緑色の流れにかけて、濡れて艶を増したかのような蛍の光は、小川に傾いた薄の茂みの黒髪に翡翠の髪飾りをちりばめたかのようです。
と、突然、蛍はそろって、ほとんどいっせいに、それまで明滅させていた光を点さなくなりました。
「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃっ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃっ、ぎゃぎゃぎゃっ」
耳もとで蛙の声が高まります。
ああ、酒太りした疣蛙の大尽客に狙われて、浅葱色の蹴出しをちらつかせていた遊女たちは、草の店に身を潜めたようです。
そのうちにまた、浮世をはかなむように哀れな光を放ちはじめたのですが、
「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃっ」
蛙の声とともにまた光を消しました。
橋の上でも蛙が鳴いている……足もとにいるのかと思って見ると、いつの間にか目の前に人影が――まさか、蛙の声は、その男が発したわけでもないでしょうが――背は低いけれどちょっとした相撲取りのように肥った、ずんぐりとした男が、両肌脱いだ首に手拭いを巻いて、闇の中にのっそりと突っ立っていたのです。
ドスを利かせただみ声で、
「何をしとるだあえ」
私は返事をせず、素知らぬふりをしました。
相手は、瓜泥棒を捕まえようとする、イキった長者の下男のように、
「ああん、何しとるっちば、これ」
「私のことか」
「おお、お前のことよ」
「涼んでいては悪いのか」
嫌なやつだと、むしゃくしゃして言い放ちました。
「何が涼んでるだんべい。お前、都会から来た海水浴客のふりをして、黒い提灯を探しに来たんべい」
さては魔物の手先が人間を追いはらうために派遣されたのか、などとちらりと思いましたが、そうではありませんでした。
「へへん、化け物の相手は村の者にはできねえだろうとでしゃばったつもりかい。へえ、よしてくらっせえ。あいつの正体は俺が見届けたで、生け捕って俺の手柄にするだ。大勢に迷惑をかけた、あの蛇の精め」
「何、蛇だと?」
と、ついつり込まれて、うっかり嫌なことを聞いてしまいました。――蛇の精――だと言うのです。……