(あとがきにかえて)
泉鏡花は日本の幻想文学、怪奇小説の祖だと言われることが多い。でも、ミステリー小説史にからめて語られることはめったにない。
しかしこの『懸香』 なんかを読むと(暗喩を駆使した難解な文体はともかく、ストーリーや設定においては)まさに昭和初期の探偵小説そのもので、初期の探偵小説作家は、かなり鏡花作品を参考にしたのではないかという気さえしてしまう。
もちろん鏡花には、当時はまだ西洋の真似事だった探偵小説の地位を確立させようなどという意識はなかったはずだし、昭和の探偵小説家たちが影響を受けたのは、鏡花その人というより、硯友社のなかにあった江戸読本ふうの怪奇趣味のようなものや、明治期に流行した悲惨小説のムードからだったのかもしれないが、たとえば青空文庫にも収録されている、
『とむらい機関車』(大阪圭吉)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000236/files/1264_33432.html
『死後の恋』(夢野久作)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2380_13349.html
といった、世評の高い二篇と読み比べてみれば、それらと『懸香』は「叔母と姪ぐらゐな縁続き」であることは実感できる。
主にそんな興味から『懸香』という小説を熟読してみたのだが、いかんせん、この時期の鏡花の語り口は複雑かつ難解で、普通の読みかたでは内容の処理が追いつかなくなる部分も多い。『懸香』の語りは筆者(鏡花)が間宮という青年から聞いた話を、客観視点から小説化したものになっていて、最も入れ子構造が深い部分では、筆者>間宮>治平老人>鷭の三郎、と伝聞の伝聞の伝聞であることを意識しながら読まなければならない。
そこでこのリライトでは、筆者が聞いた間宮の肉声をそのまま一人称の告白体で書き直して、語りの階層を一段階引き下げる工夫を加えてみた。ずいぶん読みやすくなった気がするのだし、古い怪奇探偵小説にありがちな一人称で書かれた『とむらい機関車』や『死後の恋』との類似が、文体のレベルにまで、ますます接近したのではないかと思う。
ところでこの『懸香』という短編は、『春昼』や『沼夫人』と同じ場所を舞台にした、鏡花の「逗子もの」と呼ばれる、傑作密度が高いまとまりのなかの一篇なのだけれど、鏡花論のなかでもほとんど話題にのぼることがないのだし、たとえば吉田昌志のNHK文化セミナーのテキストに掲載された「〈逗子もの〉の系譜」といった、鏡花読者にとって頼りにすべきリストからさえも欠落している。
癩病(ハンセン病)という、過去には過酷な差別の対象となった、現在ではそれが偏見であったことがはっきりしている病気を、古い倫理意識で扱っていることが、作品をますます忘却に追いやる要因にもなっている。けれども本編を読めば執筆時点での鏡花に差別や偏見の意図がないことは明白で、むしろ病者に対する深い同情が心に残る。歴史的にやむを得なかった瑕疵を含んでいるからといって(三島由紀夫の『癩王のテラス』よりもずっと)、見逃してはならない作品だと思う。
圧倒的な筆力で描かれる熱帯夜の海や浜辺の描写と、初期の『蓑谷』(明28)で採り上げられて以来、鏡花的な情景の典型の一つだと思える蛍の舞う情景の、集大成ともいえるような幽玄きわまりない描写との、俳諧的な取り合わせこそが、むしろ本編の眼目だと思うのだし、そこに「黒い提灯」の怪談話や、薄倖な女に寄せる哀れの感情を織り込んでみせる手腕は、見事としかいいようがない。
〇
第十三章で主人公(間宮)は、女が履いている「白い三つこはぜ」を目にすることで彼女の境遇を察して「針に呪われた、美しい毒蛇を憐れんだ」と嘆じるのだけれど、このあたりのことばの具体的な意図が、いまひとつ理解できていません。
三ッ留めの足袋が病者を連想させる風俗があったのか、若い女が針で蛇を退治した蛇婿入の昔話と関連する記述なのか、確信を持てないまま、まだ考えています。
(了)




