十二
十二
「ですが、こんな結構なお煙草だと、お相手は薄雲、高尾、初瀬といった名のついた、名高い花魁でなくてはなりませんねえ」
また胸中を読まれたと、私はひるみました。
「すみません……わたしなんぞは、葛の葉、更科、姨捨ですわ」
と、好き勝手なことを言いながら欄干にもたれて立つ姿は水ぎわだっています。浅葱鹿の子の扱き帯は、するりと抜けてしまいそうにゆるく結ばれていますが、襟もとはきちんとして、柳の枝を思わせる櫛巻の髪が、燈籠の灯にぼおっと照らされていました。そんな彼女は、のんびりした様子で田の面を見渡して、
「お友だちは皆さん、それぞれのお相手とお引けになったようです……羨ましいこと……あの、あなたもおやすみなさいませんか」
きりりと身繕いをした私は、襟をきちんと合わせながら、
「私は無事なうちに失礼します。……あなたもお気をつけになっていらっしゃい」
なぜか、しんみりとそう言った私に、女もしんみりと頷いて、
「は……い」
「こんな晩は、お身体によくありません」
「ご親切に……でも気をつけましたところで、身体に悪いといったところで、たかが安女郎の身じゃありませんか。身体はとっくに悪くしています。途中で悪さをされましたって、結局それがお客ですもの。わたしはお客を探して歩いているんです。……こんなことを言っても、すねてる、ねじ曲がっていると思わないでくださいまし、ほんとうに誰も構ってくれないんですから。……あれをご覧なさいましな」
と、空を指しながら言いました。もたげた袖の紫や緑の色をまとった、細くしなった人さし指で、欄干越しに指さしたのは、彼方の松の葉のなかの同じところに星のように今も輝く……蛍の大きな光でした。
その蛍の光と、それに対峙してたたずむこの女とは、はじめから何かで結ばれていたのだと、私には思われたのです。
「ね、あそこにもお仲間が一ついます。三階の部屋で売れ残って、思い悩んでいる可哀相な者です。あの光が他よりずっと強いのは、恋に焦がれる思いが切ないからで、輝きを誇っているわけではありません。
わたしはあの光を毎晩見ます。そして可哀相でなりません。独りぼっちで、折れ曲がった松の梢で、一生懸命に青い灯を点して、どんなに男が恋しいか、愛しい人に逢いたいかと思うと。……山の上から肩掛けを振って夫との別れを惜しんだ松浦佐用姫の伝説を、思い出させるような蛍ですね」
そう、しんみりと言って、女はうつむいたのですが、身も膚もなよなよと崩れるようで、着ているものがずり落ちてしまいそうな気さえしました。
――ひと風吹けば、あの世へお迎えぞえ――
ふと思い出したのは、あの念仏講の婆さんの声。あの婆さんの戒めを聞いて救われるより、よし、この美女に殺されよう。
「あなた、お別れにその煙草をください」
「ええっ」
「今度は私が、お貸ししたものを返してほしいとねだるんです」
「いいえ、それでお別れなんてわたしは嫌です」
「ですが……」
「たしかにわたしは、お貸し申した火をお返しくださいってご無理を申しました。ならば煙草はあなたにお返ししなければなりません。……けれど、蛍に手向けたと思ってください。蛍の光は、露よりはかなく消えるんですもの」
「では、私は別れないでいましょう」
「そして……」
「帰れとおっしゃるまで傍にいましょう」
「それじゃあ、あなたにお願いがございますの。どうぞあの向こうで光る、松の枝にいる蛍のところまで、ご一緒にいらしてくださいませんか」
覚悟はしていたものの、やはり私をどこかへ連れ去ろうとするようです。
「……じつは、あの蛍に誓いました。――五日も、十日も、毎晩、同じ光を同じ場所に灯しています。わたしの境遇に比べても、あまりにはかなく哀れに思えてしまったから。
――わたしの魂は、きっとお前といっしょにいる、と。――
ですから、魂もあそこにあります。あれがわたしの魂なんです。――空蝉に灯したような、お気味の悪い燈ですが。さあ……ご案内いたしましょう」




