表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泉鏡花『懸香』 現代語リライト  作者: らいどん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

十二

十二


「ですが、こんな結構なお煙草だと、お相手は薄雲、高尾、初瀬といった名のついた、名高い花魁(おいらん)でなくてはなりませんねえ」

 また胸中(こころ)を読まれたと、私はひるみました。

「すみません……わたしなんぞは、(くず)()(さら)(しな)(おば)(すて)ですわ」

 と、好き勝手なことを言いながら(らん)(かん)にもたれて立つ姿は水ぎわだっています。(あさ)()鹿()()(しご)(おび)は、するりと抜けてしまいそうにゆるく結ばれていますが、(えり)もとはきちんとして、柳の枝を思わせる(くし)(まき)の髪が、(とう)(ろう)()にぼおっと照らされていました。そんな彼女は、のんびりした様子で()()を見渡して、

「お友だちは皆さん、それぞれのお相手と()()()になったようです……(うらや)ましいこと……あの、あなたも()()()()なさいませんか」

 きりりと身繕いをした私は、(えり)をきちんと合わせながら、

「私は無事なうちに失礼します。……あなたもお気をつけになっていらっしゃい」

 なぜか、しんみりとそう言った私に、女もしんみりと(うなず)いて、

「は……い」

「こんな晩は、お身体(からだ)によくありません」

「ご親切に……でも気をつけましたところで、身体に悪いといったところで、たかが安女郎の身じゃありませんか。身体はとっくに悪くしています。途中で悪さをされましたって、結局それがお客ですもの。わたしはお客を探して歩いているんです。……こんなことを言っても、すねてる、ねじ曲がっていると思わないでくださいまし、ほんとうに誰も構ってくれないんですから。……あれをご覧なさいましな」

 と、空を指しながら言いました。もたげた(そで)の紫や緑の色をまとった、細くしなった人さし指で、(らん)(かん)越しに指さしたのは、彼方の松の葉のなかの同じところに星のように今も輝く……蛍の大きな光でした。

 その蛍の光と、それに(たい)()してたたずむこの女とは、はじめから何かで結ばれていたのだと、私には思われたのです。

「ね、あそこにもお仲間が一ついます。三階の部屋で売れ残って、思い悩んでいる可哀相な者です。あの光が他よりずっと強いのは、恋に()がれる思いが切ないからで、輝きを誇っているわけではありません。

 わたしはあの光を毎晩見ます。そして可哀相でなりません。独りぼっちで、折れ曲がった松の(こずえ)で、一生懸命に青い()(とも)して、どんなに男が恋しいか、愛しい人に逢いたいかと思うと。……山の上から肩掛けを振って夫との別れを惜しんだ(まつ)(うら)()()(ひめ)の伝説を、思い出させるような蛍ですね」

 そう、しんみりと言って、女はうつむいたのですが、身も(はだ)もなよなよと崩れるようで、着ているものがずり落ちてしまいそうな気さえしました。

 ――ひと風吹けば、あの世へお迎えぞえ――

 ふと思い出したのは、あの念仏講の婆さんの声。あの婆さんの戒めを聞いて救われるより、よし、この美女に殺されよう。

「あなた、お別れにその煙草をください」

「ええっ」

「今度は私が、お貸ししたものを返してほしいとねだるんです」

「いいえ、それでお別れなんてわたしは嫌です」

「ですが……」

「たしかにわたしは、お貸し申した火をお返しくださいってご無理を申しました。ならば煙草はあなたにお返ししなければなりません。……けれど、蛍に手向けたと思ってください。蛍の光は、露よりはかなく消えるんですもの」

「では、私は別れないでいましょう」

「そして……」

「帰れとおっしゃるまで(そば)にいましょう」

「それじゃあ、あなたにお願いがございますの。どうぞあの向こうで光る、松の枝にいる蛍のところまで、ご一緒にいらしてくださいませんか」

 覚悟はしていたものの、やはり私をどこかへ連れ去ろうとするようです。

「……じつは、あの蛍に誓いました。――五日も、十日も、毎晩、同じ光を同じ場所に(とも)しています。わたしの境遇に比べても、あまりにはかなく哀れに思えてしまったから。

 ――わたしの魂は、きっとお前といっしょにいる、と。――

 ですから、魂もあそこにあります。あれがわたしの魂なんです。――(うつ)(せみ)(とも)したような、お気味の悪い(あかり)ですが。さあ……ご案内いたしましょう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ