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泉鏡花『懸香』 現代語リライト  作者: らいどん


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十一

十一


 透きとおるような膚に薄ものの紺地の着物を着て、洗い髪を(くし)(まき)に結い、すっきりと鼻筋の通った女が、切れ長の(まなじり)を伏し目にして、若く優しい眉を見せながらうつむいて、私が見ていた麦わら帽子をじっと見つめていたではありませんか。

 私は頭をすくませながら、

「あなたは?」

「このあたりの者ですわ。……まあ、失礼な答え方でしたわね。まるでお芝居のせりふのようで」

「むむむっ」

 と唸り声を漏らしてしまうほど度肝を抜かれて、改めて相手の顔を見ると、目が痛くなるような(なま)めかしさでした。

「どなたですか?」

遊女(おいらん)です、(じょ)(ろう)です、()(たか)とかいう者です、そして蛍の化け物です」

 なんと! 狐が人の心を読むとはこのことでしょうか。

「宿場の草の戸の小屋で男の客を引きます。それでも買い手がございませんから、()(とも)して、ちょうど先ほどの蛍のように男を誘いに来るんです。鳴かぬ蛍が身を焦がすって言うでしょう。それにあやかって真似をして、(すそ)(さき)(とう)(ろう)も蛍の色で。ですが、誰も相手になってはくれません」

「あなた……」

 と、私はキッと女の顔を見ました。そのとき、(かわず)(なき)(ごん)()のことを思い出していました。

「誰かが相手になったらどうしますか」

「ええ、すぐに抱かれて一夜を共にしますわ。そのために、こんなみっともない()()をして……()()()がれているんですもの」

 そこまで聞いてしまうと、私は逆に肝が据わりました。巻き煙草の包みから一本抜いて、

「ちょっと火を貸してください」

 と、黒い提灯を指さしました。(うわさ)に反して、爪が(しび)れる、脈が止まる、などということもありません。

「あれ、ちょっと」

 女は(あか)りに近づこうとする私を、少女のような動揺を見せて(さえぎ)りました。私はまたしても驚かされてしまいました。

「だめなんですか」

 ――やはり噂通り、人を害するものなのか、それとも……

「いいえ、お安い御用ではありますが、お煙草を召しあがるお役には立ちませんでしょう」

「なぜですか、あなた」

()がれて燃えておりますものを、煙になさるなんてひどいですわ。可哀相に思ってはくださいませんか。ほんとうに蛍が化けたんですもの。お煙草に火は点きませんでしょう」

「失礼しました」

「まあ、ちょっとお待ちになって。あなた、せっかくですから、火が点きますようにわたしがお禁厭(まじない)をかけてさしあげましょう。ほほほ、お芝居の魔術みたいに」

 と言うと彼女はこちらへ向き直って、こちらに(そで)を振ったかと思うと、両手を(ふところ)に入れました。ほっそりとした体つきが感じられて、なんとも色っぽい。すると、うっすらと開いた(えり)もとから、スッと細い指を立てたのです。白い小蛇が鎌首をもたげたようで、思いがけずゾッとしました。

 (えり)もとから(のぞ)いた(はだ)の美しさは、ミルクを流したかのようです。

 いや、指かと思えたのは(ろう)(そく)で、(うろこ)臭気(におい)もしませんでした。その火で吸いつけた煙草は渋くも苦くもなく、むしろ普段より甘く感じられました。

「点いたでしょう。ちちんぷいぷい、おほほほほ」

 女は、そんな蛍のお禁厭(まじない)をかけた手をほどいて、そのまま笑いながら黒髪のほつれを解かすと、小指を反らして、ちょっと(かんざし)を押しこみました。

 私はちょっと距離を取って、何も言わずに、立て続けに煙草を吹かしています。

「ねえ、あなた……わたしにも()わせてください」

「煙草を?」

「ええ」

「いや、煙草の一本くらい、それこそお安い御用です」

「いいえ」

 と、すねたように肩を揺すりましたが、それも、言いようのない媚態(しな)のようで。

「その、()っていらっしゃるのを」

「えっ、この()いさしを……」

「いただきたいのよ」

「しかし、しかしこれは……」

「いけないんですか。じゃあ火を返してください。わたしがお貸ししたものなんですから、それを返していただきますわ」

「お()いなさい。何ともしかたがありません」

 女は軽く指に挟んで、

「エジプトの煙草ですね」

「もちろん頂き物です」

 我ながら情けないことを言ったなと、思わず苦笑します。

「ああ、おいしい。ご無理をお願いして――男から女へだと順序が逆だってお嫌いのようですけど、吸いつけ煙草は花魁(おいらん)のお儀式だっていうじゃありませんか」


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