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夜明けの明星③

 意識を取り戻したときには、世界はもう深夜を迎えていて、疲れ果てたのか気づかぬうちに精神と肉体を抱え切ることができずに、自室のベットで眠っていた。


 今の今まで自分が自分じゃないみたいだった……。


 意識を取り戻しても、今の今まで自分の操縦桿を他人に握られているような感覚があったからか、自分が自分じゃないみたいな感覚は酷く残っている。行き過ぎた〝解離〟みたいな感覚だ。自分が自分の中に埋没していて、内側から他人の操縦で動いている自分自身を見ているような、そんな感覚。

 ベッドに横たわりながら目を閉じて、改めてこの列車内で自分は生活していかなければならないということを思った。こんな風に、これから何日も過ごしていくのだろうな。自分はふと、眠っている胡乃葉を見た。ああそうだ、同じ部屋を異性と共有しているんだ。その事を思い出した自分は少し恥ずかしさを覚えて胡乃葉と反対の方を向いた。


 BARのマスターであるノイジー・パーキンソンという男の言葉が何度でも頭の中で蘇っては死に、そしてまた蘇る。会話の最後の方は他人に操縦桿を握られてしまっていた。それは頭の中に砂嵐がやってきて酷いノイズ音を産み落としていく。だから、マスターとの会話の中で憶えていことと言えば、自分が彼に向かって言った〝――その言葉の〝真の意味〟について、知りたいんです〟という言葉への返答を最後に、まるで砂嵐によって砂粒にされてしまったように手から零れ落ちて何も憶えてはいない。


 〝――それを今ここで話しても無駄だ。そんな表情をするんじゃない。今私が言ったことは嘘じゃない。今の君には理解出来ないんだ。今の君に理解出来るかは分からないが、脳にロックのようなものが掛かっているからね。勿論それは別に物理的に脳をいじくられたわけじゃない。記憶の忘却の後遺症みたいなものさ。私はそれを〝レビウス〟と呼んでいる。記憶の忘却(レビウス)されたその後遺症として、君みたいな〝特異性〟を持っている人間でも、しばらくはその特異性をフルには活かし切れはしないだろう。記憶が無い理由は、その記憶の忘却(レビウス)のせいでもある。記憶の忘却(レビウス)の後遺症があろうと、勿論微々たる範囲であれば、今の君でも理解できるでしょうが。そんなならば試してみますか? 世界を瓦解させる数々の言葉によって意識が朦朧としていくのを〟


 だっけか。


 その言葉を最後に自分は意識が朦朧となり意識の操縦桿を奪われてしまったが、その後もマスターは自分に〝この世界を瓦解させる言葉の数々〟を言い放つことを続けていたのは微かに憶えている。でも、恐らくマスターは、自分が意識の操縦桿を他人に握られることを織り込み済みで、こう言ったのだろう。恐らく、自分には聞こえていないと思って。


 『〝補充〟という言葉の意味が知りたいのでしょう? 簡潔に教えて差し上げましょう。この列車内は見ての通り狭い狭い世界です。そして、見ての通りこの列車内がこの世界の全てである。君なら分かるはずだ、こんな狭く精神的が病んでしまいそうなほど窮屈な列車内が、世界の全てではないと。自分はどこか別の世界からこの世界に連れてこられたはずだ、と。ああ、勿論その通りだ。だがその認識は私と君を含めた四人にしか通用しない認識なんだ。胡乃葉と同じ部屋になった君ならば分かるはずだろう、大多数の人間は、この狭く精神的に窮屈な列車内を世界の全てだと、生活を送る全ての空間であると、人生そのものであると、思っている。だが何故か可笑しいことに我々はそれが違うということを本能的に分かっている。我々は本能的に理解できるが、このBARにいる私と君以外の奴らには、全く分からん話だよ。頭の中が砂嵐に襲われて何も聞こえないそうだ。ああ、今の君もそんな感じかな。この列車内――ああ、私達の間では列車内の全ての空間を総じて〝アイリッシュ〟と呼んでいるのだが、ここに来る際に記憶の忘却(レビウス)されたから君の記憶は今失われているんだとさっき言ったよね、でもさっき言った〝後遺症〟という表現は正しく言えば間違っている。別に、記憶の忘却(レビウス)の効果は恒久的に続くわけではないから安心しなさい。だが、徐々に戻るとは言っても、きっかけが必要である事を君に言っておこう。私を含め君を除いた三人は、皆きっかけによって記憶を取り戻している。君も我々と同じ記憶の忘却(レビウス)の効果をある程度すり抜け、世界に疑問を持つ〝特異体質〟の人間であるならば、きっかけを掴んでみなさい。そう、手放してしまった記憶を取り戻す事が出来るきっかけを――』


この言葉を聞いていたときにはマスターの言うように、自分には全く聞こえても理解できなかった。だが、今こうして反芻すると、不思議なことに何故だかその言葉が全て分かるのだ。その言葉の全てを頭の中で何度も反芻したとしても、話を聞いていたときみたいな、記憶の忘却(レビウス)の効果の一つである他人に操縦桿を握られるような感覚に襲われることはなかった。

 そういう意味では記憶の忘却(レビウス)の効果を、この短時間の間にある程度すり抜けられるようにでもなったのだろう。この短時間で? ……確かに、あり得ないことではない。ひとつ気になっていることがあった。それはマスターの会話に出てきた〝特異性・特異体質者〟というキーワードだ。自分がそうであるとマスターは言っていた。自分は、特異体質者だから、こんなにも短時間で記憶の忘却(レビウス)の効果をすり抜けられるのかもしれない。


 でもマスターが言った通り、完璧に記憶を取り戻す為には〝きっかけ〟が必要なのだろう。


 ――完璧に記憶を取り戻す事が出来るきっかけが、自分には必要だ。


 自分の心臓の鼓動がハッキリと感じ取れるくらい静寂に耳を許した頃、ふと思った。


 ――自分は、マスターが言っていたような表現をすれば〝特異体質者〟だ。けれど今、こうして同じ部屋の隣のベッドで眠っている胡乃葉は、特異体質者ではない。何が自分をそうさせて、何が胡乃葉をそうさせるのだろう? そして、何がこの世界の正常で、不正常なのか。


 この世界が全てだと思っている人間と、そうじゃない人間。


 マスターの言葉から察するに、この列車内が全てではないという言葉は本当にその通りなのだろう。じゃあ当たり前の疑問として残るのはただ一つ……。

 〝自分はどんな世界からこの場所(せかい)にやってきたのか〟だ。

 でもまぁいい、それも記憶を取り戻していく過程で分かっていくことだろう。今は眠ろう、とても眠い。


 だけどまだ緊張が気持ちとして残っているのか、中々眠れず、自分は夜の列車の走行音と共に、その夜の列車が生み出してくれる微かな揺れと、流れゆく車窓を楽しんだ。

 微かな揺れに眠りに落ちそうになる寸前に、マスターのある言葉を思い出した。

 『記憶を取り戻したかったら、まずは実際に記憶を取り戻した人間に会うっていうのはどうでしょうか? 私が紹介しましょう』

 この列車内に慣れたら、その実際に記憶を取り戻した人物とやらに会いに行くか……。

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