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善悪把握不能な狂言回し

「あの人を殺したのは私」


 雪よりも白を誇示している研究室のような取調室の真ん中で、二人の男達を目の前にしながらブロンドヘアーのアメリカ人の女がそう言った。


 ブロンドヘアーのアメリカ人の女は、二人のスーツを着飾った二人の男を前にして更に語った。それは、自分が殺人を犯したという紛れもない証拠であり、この限りなく純白な部屋に似つかない真っ黒い服装の男達の感情をより滾らせる言葉達となった。女は男達を舐めていた。だがそれはハッキリと言って正解か不正解かで言えば不正解だった。


 ステンレス製の机を挟んで反対側の女を見つめながら、二人の内の一人の男、ステンレス製の椅子に座って取り調べを行っている男は女に向かってハッキリと呟いた。


「貴女が本当にやったの?」


 女と同じくアメリカ人の、どちらと言えば落ち着いていて物静かそうな男がそう言うと、女は二度首を縦に振った後、


「そう何度も何度も言わせないでよ。あの人を殺したのは私。今まで私が言った言葉達を信じるならば、貴方達に疑い様なんてないはず」


 ああそうだ。これまでこの空間に吐き出された女の証言の数々を反芻なんてしなくとも、取り調べを行っている男達は肌感覚として分かっていた――コイツが人を殺したことがある人間であることには間違いはない、と。でもそれは〝この事件の真の犯人である〟という訳ではない、ということも、男達は分かっていた。だからこそ結果を急ぎたくなくて、男達は悩んでいた。


 椅子に座って取り調べをしている物静かそうな男の、斜め後ろの壁に身体を寄りかからせながら取り調べを見ていた、典型的なベテラン風に見える屈強な男は、取り調べがこれ以上長引いても意味なんてないことを悟っていた。これまで女によって語られた、数々の証言。椅子に座っている物静かそうな後輩の肩に触れながら、典型的なベテラン風に見える屈強な男は女の目をまじまじと見つめながら言った。


「イギリスのとある村に存在するケージという名前のパブで、突如殺人事件が発生した。現場に居合わせた一人の男を除いて全ての居合わせた人間の取り調べは終わった。その中で一番犯人である確率が高いのがお前ってわけだ。自分の旦那を殺すことの何が不思議なの? だっけか、もうそろそろ俺達本音で語り合わねぇか? お嬢ちゃん。俺達さっきみたいな雑な証言、もうこりごりなんだよ。調べた限り、あんたはイギリスの人間じゃない。生まれも育ちもアメリカの人間だ。だけどあんたは証言として、被害者のあの男と自分は結婚していた、妻が夫を殺す事件なんていくらでもある、っていう雑な証言をした。……なんでそんな小学生でも見抜けるような嘘ついたんだ? お前が犯人ではあるが真犯人ではないことは分かっているが、どうしてもひとつ分からないことがある。それは、お前が誰の指示で犯行に及んだかということだ。まぁ大方予想はついているがな。でも、お前が望んでアイツの身代わりになったわけじゃないだろう?」


 女は答えた。


「ねぇ、私のことをお嬢ちゃんだなんて、おぢさんもしかして結構若い女とセックスするのとか好きな人? 私いつもお姉さんって呼ばれるんだけど」


 女は猫撫で声を出しながら、目の前にいるオスを誘惑するつもりで、ポケットの中から飴を一つ取り出し口に入れ、舌の上で上手く転がして誘惑する姿を見せつけた。


 ――はぁ……この期に及んで程度の低い誘惑か……。


 目の前でそれを見せつけられた物静かそうな男はそう思って小さな溜息を吐いた。そして、物静かそうな男はその爽やか存分に発揮させた、晴れやかな笑顔を女に見せながらこう言った。


「じゃあ、なんて呼んで欲しいんです? お姉さん」


「うーん……それじゃー、柚子って呼んでくれると嬉しいかしらね」


「それは何故?」


「なんで……あれっ……なんで……? ……分からないわ……」


 ――マズい。まさかっ。


物静かそうな男は、背筋に想像力の誤用である被害妄想の様な予感を感じながら、気を取り直して女に向かって言った。


「さっきみたいな下品に舌の上で飴を転がす姿を見たりしたら、僕ならビッチって呼びますけどねぇ……」


「私ビッチじゃないもん! ただ自分に正直なだけだもん!」


 そのときだった。


 女は突如、表情が暗くなった。酷く落ち込んでいるように俯いた。空間の空気感が変わった。女の表情は暗く沈んだ熱帯魚のように、まるで外面だけは良いけれどそこに光りが灯っていない事実が、女の落胆さをよく示した。別にそれはビッチと呼ばれたからではない。自分が真犯人ではないという事を事実を突きつけられてしまったからでもない。

 現場に居合わせた人間のただ一人の男を除いて全ての居合わせた人間の取り調べは終わった――という言葉にアイツが憤慨したからだ。


 ――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、あんな絶望はもう味わいたくない……。


 女の頭の中にそんな言葉が駆け巡った。


 女の視界には、もう現実は映っていなかった。映っているものとすれば〝彼〟の顔だけだった。彼とは取調室にいる男達の事ではない。彼は〝彼〟であり、この取り調べを行っていた男達が真に殺したいと思っている〝彼〟でもある。


 彼は女の目の前に現れて、今からまた絶望を見せられるのかと恐怖で胸いっぱいである女の周囲を一度歩いてから、女のそのブロンドヘアーを両手で嬉々として掴んで、それを現実に波及させた。

 男達の目の前で、女は自らの頭を机に叩きつけ始めた。


 予想はしていたが予定外の出来事に椅子に座っていた物静かそうな男は慌てて立ち上がった。自分で自分の頭を叩きつけているとは思えない程の流血の量、そして音量……取り調べが終わったらこの女をハンドガンによって殺すつもりではあったが、そんな予定とは比べものにならないほどの目の前で行われている非現実的な残虐行為に、男達は吐き気を覚えた。女はいくら時間が経とうが自害を辞めようとはしない。時間と共に流血の量は増えていった。流血が人の命を奪うに値する頃、それ即ち出血多量で女が自らの頭を机に叩きつける事を辞めた頃。距離をできるだけ取っていた男達の足元にもその血溜まりは到達していた。


 死体を完璧に処理しろと指示が出されていた手前、この血溜まりを部屋の外に出すわけにはいかず、それに男達は女がちゃんと死んでくれるまで部屋の外に出ることはなにより危険だったから、その血溜まりに男達の嘔吐が混ざり始めた頃、男達はやっと理性という名の冷静さを最低限取り戻すことができた。


「ここまでやるのかよ……」


「自分達も気をつけないといけませんね……」


「次の調査はアメリカだ。イギリスで事件を起こした次はアメリカで事件を起こすとは……我々の本拠地ではあるが、こんな事をできるようなアイツを見つけられると思うか? もし、見つけたとしても、アイツを殺せると思うか……?」


 物静かそうな男は物静かに首を横に何度も何度も振った。


「いいや……厳しいでしょうね……。ですが、女が証言として色々話していた話は、やはりアイツの支配下に女があったからこそそうさせたのでしょうね」


 男達がそのような会話を交わした頃には〝彼〟は、女の死体から立ち去っていた。

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― 新着の感想 ―
かなりショッキングな始まりでした。 あまり読まないジャンルですが、先が気になるのでゆっくりと読みたいと思います。
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