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09話 女の子は甘いものがお好き

 北の(とりで)が陥落したのは、私が王都に帰還して一週間後のことであった。

 化け物じみた戦闘力を持った勇者ですら魔王の体に傷を負わせることができなかったという事実は、やはり一般兵には衝撃であったのだろう。

 現状できる足止め作戦というものは、魔術師たちの連携によって成り立っていたのだから、士気低下は致命的であったのは言うまでもない。

 勝てもしない戦いのために命をかけろと命令されても納得できる者などそう多くはなかろう。


 そんな折、私は城下町にある魔術研究所に引きこもって、魔王を倒すための魔法を開発していたのだが……。


「うーん、なんも思いつかん」


 そりゃそうだろう。

 なにせ、魔王には物理攻撃や魔法攻撃だけではなく妨害魔法すら通じなかったのだ。

 逆転の発想で、魔王のほうを異世界に飛ばしてやろうと画策したこともあったが、これもあっさりと無効化されてしまった。

 ただ、方向性としては悪くないと思うんだけどね。

 今回の魔王が絶対無敵という特性を持っているのであれば、正面から挑むのではなく、べつのアプローチをするべきだと思う。

 ただ、それがなにかはわからない。

 せめて、ヒントのようなものがあればいいのだが……。


「ふう。少し頭を冷やしてくるか」




 ◇




 昼下がりの王都はいつになく静かであった。

 つい先日までは、餌に群がるアリのように人が列をなして練り歩いていたものだが、今ではシャッター街のような有り様だ。

 おそらく、多数の住人が人の少ない地方へと避難したのだろう。

 魔王はどういうわけか、生きている人間の位置がわかるらしく、人口が多い場所に向かって移動するとのこと。

 となれば、我が国でもっとも人口が密集している王都は、もっとも危険な場所なのは言うまでもない。

 現に大方の予想どおり、魔王がこちらに向かっているという情報も入ってきている。


「狙われる場所がわかっているのなら、そりゃ逃げるか」


 近年、王都一極集中という社会問題が話題になったこともあったが、魔王のお陰で解消されるというのは皮肉な話である。

 まあ、私みたいに王国に仕える人間は、逃げることもできずビクビクしながら王都に残っているわけだが。

 あとは行き場のない人々や、生まれ育った場所から離れられない人たちも残っているらしい。




 ふらふらと歩いていたからだろうか、気づけば私は商店街の一角にあるスイーツ屋の前に立っていた。

 ついつい甘い香りに誘われて、無意識のうちに立ち寄ってしまったようだ。

 考え事ばかりしていたものだから、脳が甘いものを欲しがっていたのかもしれない。

 平時であれば男ひとりで入るにはハードルが高いのだけれども、客が来ないのであれば白い目で見られることもないだろう。

 それに、こんな日でも店を開けているのなら応援したくなるというものだ。

 よし――。


「もし、そこの殿方」


 意を決して足を踏み出そうとしたとき、背後からかわいらしい声が聞こえてきた。

 どことなく聞き覚えのある声色のほうを振り返ると、物陰からこちらをうかがう可憐(かれん)な少女と視線がぶつかる。

 一年前、私の運命を変えた爆発事故。

 そのときに出会った姫様お付きのメイドさんであった。


「あなたは、姫様の――。あのときはお互い大変な目に会いましたね」


 怖がらせないようにできるだけ優しくほほえみながら話しかける。

 人付き合いの第一歩は相手の警戒を解くことから始まるのだから、笑顔というのもはとても有効なのだ。

 これは老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、意中の人にも通用するのだから身につけておいて損はないスキルである。

 その甲斐(かい)あってか、メイドさんのほうも表情が柔らかくなったように見えた。


「その節は、姫様とわたくしをお助けいただき、ありがとうございました」


 メイドさんが深々と頭を下げる。

 爆発に巻き込まれそうになった瞬間、私が魔法障壁を使用したことを言っているのだろう。

 実際問題、私がいなくても姫様ならどうにかなったと思うんだけどね――と思ったが、こちらの可憐な少女はそうもいかないのかもしれない。


「お気になさらず。こうして無事な姿が見れただけでも十分ですよ」


 メイドさんを助けることができたのなら、大学で魔術を学んだ甲斐があるというものだ。

 それにこの子を見ていると、守ってあげたくなるという気持ちがふつふつと湧いてきて仕方がない。

 庇護欲ひごよくをかき立てられるというのは、こういう気持ちのことをいうのだろうな。


「そういえば、大臣になられたそうですね」

「はい。どういうわけかトントン拍子で決まりまして。私には少々荷が重いのですが……」

「いえ、立派だと思います。それで大臣様はこのような場所でなにを?」


 メイドさんが首をちょこんとかしげて質問をしてきた。

 軽く角度を付けただけだというのに、子犬や子猫に匹敵するような愛くるしい姿が全身から満ちあふれている。

 これは天然なのだろうか、それとも狙っているのだろうか。

 魅了の魔法にかかったとしても、ここまで心奪われることはないだろう。


「実はですね。スイーツ屋に興味がありまして。男ひとりで入っていいものかと悩んでいました」


 心の動揺を悟られないように、できるかぎり平常心を保ちながら返答をするも、ほほが緩んでしまう。

 たしかに笑顔は人の警戒を解くのかもしれないが、今の私は自分でもドン引きしてしまうような不気味な笑みをたたえているのだろう。

 このような姿を誰かに見られでもしたら、あらぬ疑惑をかけられてしまうかもしれない。

 落ち着くんだ。


「スイーツに興味ですか。それでは、いっしょに入りませんか?」

「……へ?」


 いっしょ……と申したのか?

 私みたいな大臣が、このような乙女と行動をともにしてもよいものなのだろうか。

 うっかり店に入ってしまえば、店の奥から強面こわもての人たちがワラワラと出てきて「われぇ、うちの娘になにしよるんじゃい!」みたいな展開になるとも考えられる。


「どうかなされましたか?」

「えっとですね……そのぉ、なんというか」

「殿方がこういう場所に入るのをためらうのもわかります。ですから、今回はお礼ということでどうでしょうか」

「お礼……ですか?」

「はい。一年前の爆発事故のときに守っていただいたにもかかわらず、お礼のひとつも言えませんでしたので。いかがですか?」


 ふたたび、メイドさんが首をちょこんと傾けてこちらを見つめてくる。

 この破壊力はヤバい……。

 今すぐにでもここから離れなければ、私の頭がどうにかなってしまいそうだ。

 ここは心を鬼にして断ろう。


「はは、実はそうなんですよね。甘いものを食べてみたいと思っても、こういう場所にはなかなか入れなくて。今回はいい機会ですから協力をお願いできますか? ああ、お礼なんてどうでもいいんですよ。人として当然のことをしただけですし。できれば、このお店のおすすめなどを教えていただけませんでしょうか。そうそう、私は甘さ控えめでお願いしたいんですけど。そういうスイーツありますかね?」


 心を鬼とはいうが、よくよく考えたら鬼は悪いやつなので、そんなことをする必要なんてなかった。

 私の心はいつまでも人間のままなのだ。


「そうですね、ではチョコレートケーキなんていかがでしょうか」

「いいですね。チョコレートケーキ大好きです」

「ふふ。では、三人で参りましょうか」

「行きましょう、行きましょう」


 私の足はまるで羽でも付いたかのように軽やかであった。

 ついさっきまで入るのをためらっていたスイーツ屋の扉が、まるで楽園につながる扉に見える。

 このようなかわいらしい女の子と三人で甘いものを食べるなんて、デートのようなものじゃないか。

 そう、三人で――……。


「ん? 三人?」

「はい。恩人とはいえ、さすがに姫様とふたりきりにするというのは……。ですので、わたくしも入れて三人です」


 ひ……め……さま?

 彼女の言葉に違和感を覚えたそのとき、近くにあった柱のようなものが突如として動き始めた。

 メイドさんは物陰に隠れていたと思ったのに、物陰のほうが動きだしたのだから、そりゃもうびっくりである。

 そして、視線をずずいと上に向けると、そこには一年前にぶつかった令嬢のご尊顔が……。


「こ、これは姫様ご機嫌うるわしゅう」


 期待が粉微塵こなみじんに砕け散ったかのような音が脳内に鳴り響いていた。

 幼少のころ、遠足に持っていくおやつを忘れてしまったとき以来の落胆を味わっているのではなかろうか。

 青い空がどこまでも続いていると思っていたのに、頭上には常にどんよりとした積層雲が鎮座していたのである。

 いや、これはさすがに姫様に失礼だろう。

 勝手に期待した私が悪いのだ。


「姫様は、あなた様が入院したと聞いて心を痛めておいででしたので、再会を喜んでいるみたいですね」


 ――と、メイドさんの談ではあるが、こちらから見るかぎり姫様の感情はよくわからないな。

 でも、まあ……。


「おふたりの元気な姿をふたたび見ることができてよかったです」

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