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07話 全裸の男

 魔法陣の光が収束すると、そこには金髪碧眼(きんぱつへきがん)の若者が立っていた。

 整った顔立ちとすらりとした体型は、男の私から見ても羨むほどの美形だ。

 もちろん、先ほどまでここにはいなかった人物。

 それはつまり、私の召喚魔法が成功したということであった。


「ふむ。ここは僕がいた世界ではないようだね」


 目の前にいる若者が自らの体と周囲を確認したのち、そのような言葉をつぶやいた。

 召喚されてから、ほんの数刻が過ぎただけだというのに、すでに自分の置かれている状況を把握したのだろうか。

 いきなり知らない場所に飛ばされたというのに、この落ち着きようは称賛に値する。

 一年前、病室でパニックになりかけていた私とは雲泥の差だ。

 若者がこちらを向く。


「僕を召喚したのは、そこの君かい?」

「はい、そうです。突然お呼び立てして申し訳ありません」

「いや、構わないよ。それよりも、ひとつお願いがあるんだけど。いいかな?」

「なんでしょうか」

「服を貸してくれるとありがたい」


 若者は生まれたままの姿であった。

 こちらの都合で呼び寄せておいてなんだが、全裸でやって来るのは予想外だ。

 なんて破廉恥極まりない魔法を開発してしまったのだろう。

 つぎからはちゃんと服や装備品も呼び寄せるように改良しておかなければ――。

 ……いや待て、まずは召喚対象の性別を選べるようにしてみるというのはどうだろうか。

 そうだ、それがいい。

 服はそれから考えよう。


「あのさ。僕に見とれるのは構わないけど、服どうにかならないかな?」

「……ああ、すみません」


 イケメンは全裸にもかかわらず、落ち着いた様子でそこに立ち尽くしていた。

 だがしかし、決して見とれていただけではない。

 世紀の大発見に匹敵するようなアイデアを思いついたから物思いにふけっていただけだ。

 たまたま目の前に全裸の男がいただけで、決して彼の裸体に魅入られたわけではない。

 本当にたまたまなのだ。


 それよりも服か。

 全裸で走り回られても困るし、今すぐにでも服を貸してあげたいと思うのだが、残念ながらここは戦場である。

 とりでに戻って誰かの服を借りてこようと思ったが、戦場から離脱すると部隊の士気に関わると副団長からくぎを刺されていたな。

 さて、どうするべきか。


「あ、そうだ。君の着ている服でいいよ」

「え……?」


 金髪碧眼のイケメンが爽やかな笑顔のまま、こちらへと歩み寄ってきた。

 というか、全裸のまま戦場に召喚されたというのに、どうしてこんなにも堂々としているのだろう。

 せめて隠して欲しい。


「君が僕を召喚したのは、あそこにいる敵を倒すためなんだろ?」


 イケメンが魔王のいる方向を指差す。

 多勢から攻撃されているせいか、苛めっ子の集団と苛められっ子といった様相で申し訳ない気持ちになってしまいそうだが、相手は魔王なのでそうも言ってられない。


「そうです。あそこにいるのは魔王なんですけど……ってよく知ってますね」

「召喚されたときに、君の魔力を通して情報が流入してきたからね」


 魔力を通してこちらの情報がわかるものなのか。

 勇者ってすごいな。

 まあ、今は魔王のことを考えよう。


「かなり強力な相手ですけど戦えますか?」

「僕は勇者だから、魔王と戦うくらいならできるよ。でも、さすがに全裸で戦えとは言わないよね?」


 たしかに、一万人の魔術師が激戦を繰り広げているさなかに、スッポンポンで飛び出せとは言えない。

 全裸や半裸で戦って許されるのは神話時代の神様くらいなもので、現代社会でやってのけたらただの変質者だ。

 どうにかして服を見繕ってあげたいが、周囲を見渡しても魔術師たちが身につけているもの以外は見当たらない。

 当たり前か。


「あまり悠長なことをしている暇はないんじゃないかな? 僕がこの世界に滞在できる時間ってあまり残ってはいないんだよ」

「そうなんですか?」

「君が使った魔力量では三十分ってところかな」


 しゃべりながらも金髪勇者がにじり寄ってくる。

 この世界に滞在できるのが三十分なら、砦に行って戻るだけで時間切れになってしまいそうだな。

 やはり、私が脱がなければならないのだろうか。


「さあ! さあ!」

「ちょっ……! 近いです!」


 あ、そうだ。

 よくよく考えてみれば、べつに私の服である必要はないじゃないか。

 戦場では上下関係が重要だと聞いたことがあるし、こういうときこそ大臣という立場を利用して、一般魔術師を思いのまま操るべきであろう。

 パワハラなどと言われるかもしれないが、今はやむを得ない事情があるのだから、そんなことで悩んでいる暇なんて無い。

 よし、すぐ近くにいる魔術師の――。

 そうだ、あの情けない声を出していたあいつに頼み込んでみよう!


「隙あり!」


 だが、私が妙案を思いついた瞬間、全裸の男がネコ科の動物よろしく飛びかかってきた。

 あらゆる困難に打ち勝ってきた勇者からすると、この一年あまりデスクワーク一辺倒であった私なぞ飛べない鳥みたいなものなのかもしれない。

 気づけば私の体は地面にうつ伏せのまま押し倒され、背後から全裸の男に馬乗りにされていた。

 いーやー! どなたかお助けー!!

 っていうか、背中になにか当たってるよ!?


「そこ! なにをしている!!」


 後方で騒いでいたせいか、副団長のお姉さんが怒鳴りながら私たちのほうをにらみつけていた。

 みんなが必死に戦っているというのに、後方でじゃれ合っていれば怒られるのは当然であろう。

 しかも、先ほどまでいなかった全裸の男までいるのだ。

 副団長が面を食らったかのような表情をして固まってしまった。


「副団長いいところに! 私を助けてくれませんか!?」

「……お……お」

「副団長?」

「……お楽しみでしたか」


 どういうわけか、彼女は怒るどころか顔を赤く染めて、そそくさと私たちから距離を取っていた。

 その癖、チラチラと私たちのほうを見ながら、だらしない顔をしている。

 思春期の少年のほうがもっとうまく盗み見すると思うんだけど……。

 堅物そうなイメージだったのに、イケメンの裸体に興味津々ですか?


「若い男がふたりで……ふひひ」


 ……なるほど、副団長はそっちの趣味がおありでしたか。




 ◇




「へぇ、上のほうはぴったりだね。足のほうはちょっと短いけど」


 異世界の勇者が、私から強奪した服を着ながら、とても失礼な言葉を漏らしていた。

 ズボンと靴の隙間からくるぶしが見えるのだから、わざわざ言わなくてもわかりますよ。

 それに、イケメン勇者は全裸でも堂々としたたたずまいだったわけだし、足以外の部分も自信があるんでしょうね。

 身ぐるみはがされ、エビみたいな格好をしている私からすると、いろいろな意味で屈辱であった。

 早く魔王を倒してもらわなくては。


「ところで勇者さん」

「なんだい? 全裸の人」


 脱がしたのはあんたじゃないか。 

 下着まで奪いやがって。


「武器は必要ないんですか」

「そうだね、できれば剣があるといいんだけど」


 一万人の部隊は魔術師で編成されていることもあり、私も含めて(つえ)くらいしか持っていない。

 特に魔術師用の杖というものは木製ばかりなのだから、武器として扱うにはあまりにももろいのは言うまでもないだろう。

 そんな折、勇者が副団長のほうをじっと見つめていた。


「そこの美しいレディ」

「な、なんですか?」


 勇者に話しかけられた副団長の顔が、ふたたび熟れたりんごのような赤になっていた。

 イケメン勇者に恋でもしたのかと思ったが、どういうわけか私と何度も視線が交錯する。

 もしや、私のような平凡な男の裸体ですら気になって仕方がないということなのだろうか。

 あの人、なにげにいやらしいっすね。


「君の腰にある剣を貸していただけないだろうか」

「わたしのですか? それは、構いませんが」


 勇者が副団長から剣を受け取ると、先ほどまでの無邪気な表情から一転して神妙な顔つきとなっていた。

 抜いた剣を点に掲げて「ほう……」とため息を漏らしている。


「なんと。このような名剣は、なかなかお目にかかれませんね」

「わたくしは剣に疎くてよくわかりません。ただ祖父から譲り受けた剣ですので、使い終わったら返してください」

「もちろん。では、しばらく借りますね」


 イケメンが腰に剣を差して、前方へと歩みを進める。

 目の前にいる魔王と戦うことに疑問すら持たないのは、彼が真の勇者だということを証明しているようでもあった。


「大臣、彼は誰ですか?」


 勇者の姿が小さくなってから、副団長が私に語りかけてきた。


「ああ、彼は勇者ですよ。召喚魔法で異世界から呼び寄せたんです」

「そんな魔法を開発していたんですか? やっぱり大臣ってすごい人だったんですね」


 もともとあった召喚魔法をアレンジして異世界へとつなげただけで、完全なオリジナル魔法というわけではないんだけどね。

 ただ、アニメなどを見ない人からすると、突拍子のない魔法だと思われるのかもしれない。

 そんなことよりも――。


「あの、副団長。あまりジロジロ見ないでくれませんか?」


 私への称賛とは裏腹に、副団長がなめ回すような視線をこちらに向けていた。

 この変態さんめ……。

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