06話 魔王と魔術師団
人が魔法という力を手に入れるはるか以前、機械の時代と呼ばれる古代文明があった。
当時、地上には百億もの人間が暮らしており、人類という種はまさに最盛期を迎えていたのだという。
しかし、そんな機械の時代はあっけなく終焉を迎えることとなった。
原因は魔王と呼ばれる天敵の出現であった。
人類に対して初めて明確な敵意を持った生物が、栄華を極めんとしていた地上の覇者に立ちふさがったのだ。
そして人と人が生み出した文明は、魔王という圧倒的な暴力によって壊滅的な被害を受ける。
人類史上初めての敗北、否、大敗北であった。
はっきりと言えば彼らの正体はわかっている。
魔王とは、古代文明の人類が技術の粋を集めて作り出した魔法生命体だ。
しかも、はるか上空に浮かぶ空中要塞より誕生して地上に降りてくるのだから、こちらからは手も足も出せない。
人類は天敵を自らの手で作り出しておきながら、それを食い止める手段を持ち合わせていなかったのだ。
これには、もはや驚きを通り越してあきれ返るばかりだろう。
さて、魔王の特徴だが、これに関してはいくつかわかっていることがある。
まずは人間と同じような姿形をしていることだ。
ただし、人類をはるかに上回る戦闘力と耐久力を有しており、生半可な攻撃で魔王を倒すことは不可能とされている。
さらに魔王が持つ最大の武器と言われているのが、彼らひとりひとりが持つ固有の能力であろう。
魔王に付けられた名前は、固有の能力や特性に由来されており、我ら人類に与えられる最初の手がかりなのかもしれない。
もしも魔王が私たちに名を告げなければ、人類は敵の能力を理解しないまま滅亡していた可能性すらある。
ついでに、過去の魔王の話をしておこう。
機械文明を滅ぼしたとされる魔王は、炎を自在に操る『炎の魔王』であったとされる。
これは現存している記録の中でもっとも古く、もっとも人類を殺害したとされる魔王だ。
百億いたとされる人類は『炎の魔王』が誕生してより数十年で半減したのだから、その圧倒的な戦闘力は説明不要だろう。
もちろん、人類もあらゆる策を講じて抵抗したとされるが、機械と呼ばれる道具に頼りきっていたせいか、ほぼ一方的に虐殺されたと記録に残っている。
機械を利用した武器の大半は、物理攻撃か熱、もしくは爆風を利用した攻撃だったのだから、炎を自在に操る相手に通用しなかったのかもしれないな。
それ以降の時代にも、音速で移動する『音速の魔王』や、強力な重力魔法を操る『重力の魔王』なども出現したようだ。
一番最近だと、まるで機械の時代に使われていそうな兵器を駆使する『荷電粒子砲の魔王』だったとか……。
だがしかし、そんな魔王に対して、我ら人類は幾度も滅亡の窮地に立たされながら存在し続けている。
人と魔王との戦いは一万年にも及ぶというのに、人間という種族は案外しぶといのかもしれない。
◇
「ライトニングボルト!!」
私の声が空に響くと同時に、前方の人影に雷が落ちた。
もちろんターゲットは人間ではなく、我らの天敵たる魔王である。
しかし、轟雷の魔法が命中したというのに、かの生命体を確認すると傷ひとつ付いていない。
姿形は人間と同じなのだが、まばゆく光る銀色のボディは、魔法など効かないと自己主張しているように思えた。
「はぁ……これもダメか」
私の口からため息交じりに言葉が漏れる。
なにせ、私が従軍している魔術師部隊が攻撃を開始してから三十分ほどが過ぎたというのに、なんら成果が出せないのだ。
一万もの魔術師が一斉に魔法を放てば、軍勢や建造物だけではなく、地形そのものを変えることだって可能だろう。
だというのに、メタリックカラーの魔王には魔法が通用していない。
私が今回の作戦で使ったのは火水風土雷氷といった属性魔法一式と、睡眠魔法や混乱魔法といった精神に作用する魔法。
さらには魔王戦のために開発をしてきた、土塊や氷塊に標的を閉じ込める魔法などではあるが、そのどれもが通用しなかった。
これまでの攻撃でわかったことといえば、『絶対無敵の魔王』とやらには魔法攻撃で傷を与えることができないということ。
あえて言うのであれば、質量のある魔法をぶつければ足止めできると再確認したくらいか。
つまり、絶望を突きつけられただけとも言える。
「魔王の攻撃が来るぞ!!」
背後から聞こえた副団長の大声に反応して前方を確認すると、銀色の人影がこちらに手をかざしていた。
それを見て、私は反射的に前に向かって魔法障壁を展開する。
私たちの部隊と魔王との間に幾重ものきらめく魔法障壁が出現した刹那、前方より真っ赤な炎が迫ってくるのが見えた。
こちらを丸々と包みこんでしまうかのような巨大な炎の壁だ。
「――――ッ!!」
うなり声のような音を立てて迫ってきた業火が、私の叫び声をかき消す。
目と鼻の先にある地面が真っ赤に熱せられているのだから、かなり強力な炎であることは間違いないだろう。
魔法障壁の展開が遅れていれば、今ごろは私を含めて多数の魔術師が丸焦げになっていたかもしれない。
それにしても、魔王の攻撃速度は早すぎやしないだろうか。
手を掲げたと思ったら、すぐに炎が飛んできたように思える。
こちらの防御が間に合ったのは、おそらく防御専門の魔術師が配備されているからだろう。
魔王を相手に戦っているだけで神経がすり減りそうだ。
「ああ……! 死にたくない! 死にたくない!」
戦場の音に紛れて、すぐ近くにいる魔術師の悲痛な叫びが耳に入ってきた。
敵である魔王は、いくら魔法を浴びせかけても倒れないのに、私たちは一度の失敗で命を落としてしまうのだ。
このような状況で誰もが冷静でいられるわけはなかろう。
しかし、これはどう対処すればいいんだろうね。
魔王の基本スペックは人を凌駕するものだというのに、加えて今回の場合はあらゆる攻撃魔法が効かないという異例の敵だ。
たとえば『炎の魔王』は、人類が魔法を扱えるようになってからやっと倒せた魔王ではあるが、炎の弱点である水を主体とした魔法が有効だったと記録に残っている。
以降の魔王に関しても、面倒な能力を有しているものの、ここまで頑強な魔王ではなかったはずだ。
このまま悠長に構えていては、新たな魔法を使い切る前に私の命が危うくなるかもしれないな。
別部隊からの集中攻撃により、魔王がよろめいたのを見計らってから、私はそそくさと後方へと移動する。
そんな私の姿を見て副団長が怪訝そうな表情で見つめていた。
「副団長。今から私の全魔力を消費して魔法を使いますので、終わるまで防御お願いします」
さすがに後ろから斬られてはたまったものじゃないから、ちゃんと伝えておかないとな。
戦場の喧騒のせいでこちらの声が伝わっているか怪しいが、ジェスチャーとアイコンタクトも交えておけば通じるだろう。
「それじゃ、いっちょやりますか」
この魔法はかなり魔力が必要とあって、最後に使うと決めていた切り札だ。
部隊から少し離れた場所に移動して、左手を地面の上に置く。
数回深呼吸を繰り返したのち、左手を通して地面に魔力を送り込むと地表に魔法陣が出現した。
自分で作っておいて言うのもなんだが見事な魔法陣だと思う。
「よし、つぎだ」
今度は逆の手、右手の人差し指に魔力を集中させる。
左手で魔法陣を維持しつつ、右手の人差し指に集めた魔力で魔法陣に呪文を刻むのだ。
本来であればふたり以上の魔術師で発動することを想定しているが、開発者である私はひとりで行使できる。
難易度を口で説明するのは難しいが、右手と左手で同時に文字を書くくらいには難しいと言っておこう。
やがて魔法陣とそこに刻んだルーン文字が白い光を放ちながら、異様な雰囲気を醸し出す。
準備は終わったようだ。
大きく息を吸い込む――。
「我らが住まう世界に顕現せよ! 勇者召喚!!」
これはアニメからヒントを得た魔法で、別世界より強者を呼び寄せる召喚魔法だ。
私たちの世界では強力な魔王だったとしても、異世界人からするとあっさりと倒せるレベルの敵かもしれないしな。
かなりズルをしているかもしれないが、私たちの攻撃が効かないような魔王を出してくるほうが悪い。
私はできるかぎり楽をしたいのだ。
しばらくすると、周囲からいくつもの光が集まってきて、魔法陣上に人のような形を作り始めた。
私の体から魔力がどんどん吸われていくにつれ、魔法陣上の人影がまばゆく光り始める。
まるで白いキャンバスに人物画を描いているようだ。
そして、私の体にある魔力が空っぽになったころ、目の前には見たことのない男が立っていた。