05話 北の砦にて
轟音が空気を震わせていた。
熱風が肌を焦がしていた。
閃光が瞬いていた。
そして――。
「久しぶりじゃなヨシヒロ! 元気しとったかー!」
魔術師団長の爺さんが喜び勇んで私を出迎えてくれた。
だから私はヨシヒロではないし、爺さんの飼い犬でもないんですけどね。
もしや、チンピラ貴族の後ろ盾で大臣のポストを手に入れた私を貴族の犬とでも罵りたいのだろうか。
でも、どうせ罵られるのなら隣にいる副団長のお姉さんに変わってもらえるとうれしいです。
まあともかく、挨拶くらいはしておこう。
「魔術師団長、お元気そうでなによりです。戦況はどうでしょうか」
「ヨシヒロー! そんなことより昼飯を食いに行くぞー!」
こちらの話をスルーして爺さんが私の手を引っ張る。
しかし今は朝だ。
昼食の時間ではない。
「行きませんよ。そもそも北方の最前線でなにを言っているんですか」
そう、私がやって来たのは、王国最北にある国境沿いの砦であった。
本来は隣国に備えるために設けられた建造物だが、その隣国がつい先日魔王によって滅ぼされたせいで、現在では対魔王の前線基地になってしまったのである。
そんな危険極まりない砦に、どうして私のような人間がやってきたかというと、新しく開発した魔法を試すためだ。
なにせ、私は魔術研究大臣だからね。
「現在、団長は前線の指揮で疲れているようですので、副団長であるわたしが話を聞きます。よろしいでしょうか」
ほうけている爺さんに変わって私に語りかけてきたのは、魔術師団長の横に控えていた副団長のお姉さんであった。
団長の爺さんを見ると、疲れているどころか元気いっぱいにしか見えない。
ただ、爺さんと言葉のキャッチボールができるとも思えないし、ここは素直に彼女と話をしておこう。
それに、最前線にいるストレスのせいだろうか、副団長のほうもずいぶんとお疲れの様子だ。
私と会話をすることで気が紛れるのであれば、少しくらいは彼女の愚痴を聞くこともやぶさかではない。
容姿端麗なレディと会話できるのであれば、むしろこちらからお願いしたいくらいものだ。
もしかしたら、私に惚れてしまうという可能性もあるしな。
モテる男は辛いぜ。
「もちろんですよ。副団長」
「それでは魔術研究犬臣。新しい魔法とはどのようなものなのでしょうか」
「新しい魔法はですね……。ってちょっと待ってください。今『大臣』ではなくて『犬臣』って言いませんでした?」
「もうしわけありません。文字が似ていましたのでうっかり言い間違えました」
「たしかに大臣の『大』って『犬』という文字に似てますけど、声に出すときはそんなミスしないですよね!?」
まさか団長だけではなく副団長からも犬扱いされるとは……。
思わず彼女のボケにツッコミを入れると、目の前で副団長さんが笑いを押し殺しながら肩を震わせていた。
いちおう、副団長と大臣とでは私のほうが地位は高いはずなんだけどね。
彼女の地位と見目麗しい容姿からもっと厳格なイメージを持っていたのだが、どうやらそういうわけではないらしい。
まあ、この程度で気分転換になるのであればあまり多くは語るまい。
「失礼しました大臣。それで新しい魔法は通用しそうですか?」
「いくつかの魔法には自信があるのですが、こればかりは相手次第だと思います。通用してくれればいいんですが」
「では大臣。遠見の魔法で魔王を確認しておきますか? ここからでしたら確認できると思います」
「お願いします」
遠見の魔法というのは、水をレンズのようにして遠くにあるものを近くに見えるようにする魔法だ。
王国の学校で習うこともあり、子供でも知っているメジャーな魔法のひとつでもある。
ちなみに、遠見の魔法で太陽を見ると失明する危険があるから、絶対にやったらダメだぞ。
そんなわけで、砦の上階から魔王がいるとされる方角を観察する。
「大臣見えますか?」
「もちろん」
荒野に広がるのは人間の軍勢であった。
砦に到着してから絶え間なく伝わってくる音と閃光は、遠見の魔法の先で魔王と戦っている王国軍のものからだ。
鶴翼の陣というのだろうか、ターゲットを包み込むような隊列を組みながら、今も多数の魔法を集中砲火させている。
ならば、現在の王国軍は魔術師主体で構成されているということなのだろう。
そして、魔法が集中的に降り注いでいる地点こそが、人類の敵である魔王が存在している場所というわけだ。
「しかし、すごい攻撃ですね。兵力はどれくらいなんでしょうか」
「戦場に出ている魔術師は一万人ほどとなっています。それを五つに分けて、包囲しながら魔法を浴びせかけています」
遠見の魔法で荒野を観察しつつ質問をすると、副団長が親切に答えてくれる。
団長の介護もしていたし面倒見のいい人なのかもしれないな。
「戦場に出ているということは出ていない魔術師も?」
「砦に集結している魔術師は総勢で十万です。それを十組にわけて一時間ごとに交代させております」
「ずっと?」
「そうです。二十四時間ずっとです。攻撃がまったく効かないので、魔法で足止めをしているだけです」
遠見の魔法に意識を集中させ魔王がいる場所を拡大すると、岩や氷といった重量感ある魔法で攻撃をしているように見える。
いくら相手が強力な生命体とはいえ、質量のある魔法が勢いよく飛んできたら足止め程度ならできるということか。
それに、これだけ攻撃をしているのに土ぼこりすら舞っていないのは、強力な重力魔法も併用しているのだろう。
だが、それでも倒せないとなると、本当にただの時間稼ぎでしかないようだ。
「私も戦闘に加わりたいのですが、問題ないですかね」
「大臣自らですか?」
遠見の魔法を解いてから戦場に出たいと提案をすると、副団長が意外そうな顔をしていた。
そんな顔をされましても……。
「いくつか開発した魔法を試してみたいんですよ。みなさんが足止めをしてくれているのでしたら問題無さそうですし」
魔法を開発したとはいっても、通用するかどうかはやってみなければわからないからな。
責任者としてはちゃんと効果を見極めたいと思うのは当然だろう。
そんな私の考えが通じたのか、副団長がしばらく考え込んだあと首を縦に振る。
「わかりました。その代わり、わたしもいっしょに参ります。現場で話ができる者がいたほうがよろしいでしょう」
「お願いします」
それから副団長がいろいろと手回しをしてくれてくれたおかげで、つぎの交代枠に紛れ込むこととなった。
ただ気になることと言えば……。
「団長。ヨシヒロが運動不足なので散歩に行ってきます」
「ほっほっほ。ヨシヒロは副団長に懐いておるからのう。頼むぞ」
「お任せください」
やっぱり犬扱いであった。
◇
一時間魔法を使って九時間休憩。
それを十チームで繰り返す足止めの戦術。
一日の実働時間は二時間か三時間なのだから肉体的な負担というものはあまりないように思える。
だが――。
「はあ……。これいつまでやるのかねえ。あたいは早く家に帰りたいよ」
「まったくだ。たかが一時間魔法を使うだけとはいえ、戦場に出るたびに命を落とす人間が出るしな。俺もいつ死ぬのやら……」
「これじゃジリ貧だよ。国のお偉方はなにしてんのかねえ」
「あいつらにゃ俺たちの苦労なんてわかりゃしねえよ。今ごろ飯でも食って昼寝でもしてるんじゃねえのか」
つぎの交代枠に紛れ込んでいると、戦闘に参加する魔術師たちが上層部への不満をぶちまけていた。
国家運営の一端を担っている人間が結果を出せないのなら、国民から無能とのそしりを受けたとしてもおかしくはないだろう。
とはいえ、このような場で私の身分を明かす必要もないのだろうけど。
どちらにしろ、今回の戦闘参加で魔王を倒すか、攻略のためのヒントくらいは得たいものだ。
「お前ら! 無駄口をたたくな! そろそろ戦闘中の部隊と交代するから集中しろ!」
前線に向かうため砦内部で整列をしていると、副団長が怒鳴り散らしていた。
私と話していたときの穏やかな口調はどこへやら、ついさっき会話をしていた彼女と同一人物とは思えない。
まあ、軍というものはこういうものなのかもしれないな。
「外に出たら魔法障壁を切らすなよ! では、進軍せよ!!」
副団長の号令によって私たちの部隊は砦の正門から外へ出る。
一万の部隊をさらに五つにわけて周囲から魔法をぶっ放す、集団魔法戦のときに威力を発揮するクロスファイアという戦術らしい。
私は魔王の真正面に配置される部隊らしく、同行する副団長が護衛してくれるとのことだ。
「大臣、前線に出た以上、士気に関わりますので敵前逃亡は許されません。逃げたら斬りますのでお許しを」
「が、がんばります……」
行軍中に副団長が腰の剣をチラつかせながら脅してきた。
大臣といえども、戦場に出たら組織の規律に従えということなのだろう。
わずかな綻びから前線が決壊してしまったら目も当てられないしな。
私がいくら現場を知らない最若年の大臣とはいえそれくらいはわかるさ。
そして、徐々に進軍していくと、音と振動のせいか周りにいる者たちの声すら聞きづらくなってきた。
攻撃力の高い魔法が飛び交っているせいか、大気中を伝わってくる衝撃波が私の鼓膜を震わせる。
これは攻撃魔法だけではなく、身を守る防御系の魔法もいくつか展開しておいたほうがよさそうだな。
やがて、前方に銀色の生物が見えてきた。
まるで金属でできたかのような人型の生き物。
あれが魔王――『絶対無敵の魔王』か。