04話 魔王誕生
それは、私が大臣に就任して一年ほどが過ぎた日のことであった。
王城の大臣執務室に研究者たち招いて会談をしていたところ、国王の使いから、すぐさま謁見の間に集合せよという命令を受ける。
おそらく、国王に面会を求めてきた使者なり権力者なりがやってくるから、私も参列しろということなのだろう。
だが、私みたいな新任大臣が参列する謁見というものは、他国の首脳クラスが訪れたときくらいなもので、そういった場合は最低でも一週間前に通達されるのが慣例だ。
今日のような突然の招集ということであれば、予定外の来訪者ということなのかもしれない。
「もうしわけありません。急な予定が入ったようですので」
「いえいえ、ご多忙な大臣とお会いできただけでも有意義でした」
親ほど年の離れた研究者たちがペコペコしながら部屋から出ていくのを見送る。
この一年でずいぶんと仕事には慣れたが、誰も彼もが頭を下げてくる状況というものは息苦しくもあり、あまり慣れそうにもない。
もちろん彼らの行動は、私自身にではなく、私の地位に向けられていることは重々承知している。
ただ、姫を守ったという勇名のおかげか、能力に疑いを持たれていないだけマシなのかもしれないな。
「さて、と。呼び出されたわけだし行きますか」
謁見の間に到着すると、各大臣や副大臣たちだけではなく高位の騎士や魔術師たちの姿も見えた。
しかし、やはり急な呼び出しということもあり、正式な謁見のときよりも人数は少ないようだ。
まあ、多かろうが少なかろうが特に親しい知り合いがいるわけではないので、定位置でもある玉座左の列の真ん中に並んでおくことにしよう。
個人的には目立たない最後尾に移動したかったのだが、序列で並び順が決まっているのだから諦めるしかない。
ちなみに私は大臣の中では一番の下っ端で、副大臣すら持てない地位にある。
「うーん。副団長やお昼はまだかのう……」
目立たないように列に加わったところ、隣の爺さんが物悲しそうな表情で空腹を訴えていた。
たしか、彼は魔術師団を率いている団長だったよな。
昼食の時間はとうに過ぎているというのに、言動が怪しすぎて見ているこっちが不安になる。
このような人物が団長で大丈夫なのだろうか?
しかも、副団長らしきお姉さんから「一週間前に食べたでしょ」と、やんわり断られると、爺さんはがっくりとうなだれているし。
いくら高齢化社会とはいえ、団長が副団長に介護されているのは絵面的にマズいのではないだろうか。
「おお! そこにおるのはヨシヒロか! 元気しておったか!?」
絡まれないようにと心の中で祈っていたところ、そんな願いをへし折るかのように魔術師団長が私にターゲットを変えてきた。
目を見開きながら私の腕をつかんで「ヨシヒロ! ヨシヒロ!」と騒ぎ立ててうっとうしいことこの上ない。
私は断じてヨシヒロではないのだが、爺さんからすると久々に息子と再会でもしたかのような喜びようであった。
周囲の人に迷惑がかかるし、介護をしている副団長も困惑するだろうから、早々に正気を取り戻していただきたい。
そう思いつつ副団長の様子をうかがうと、厄介払いできたかのような清々しい表情をしていた。
ちょっと!?
「王のお出ましである!!」
騒音をまき散らす隣人との関係に嫌気が差してきたころ、玉座近くの扉から近衛騎士に囲まれた偉そうな男が入室してきた。
現国王であり、私が助けたことになっている姫様の父君である。
王には大臣就任のときに声をかけてもらったが、その第一声が「ほう。うちの娘にもいい縁があったようじゃな」だったので、全力で首を横に振っておいた。
スイーツ扱いされて食われそうになったのを、縁としてカウントするのは勘弁してもらいたい。
あれはむしろネームドモンスターとのエンカウントでしかないのだと言い返してやりたかったくらいだ。
そんな過去の恐怖体験を思い出し、小さく身震いをしていると、いつの間にか国王が玉座に着いていた。
参列者一同、身を正して国王に敬礼をする。
「陛下、お言葉を」
国王が玉座に着いてから、宰相が王の言葉を引き出すという儀礼的な流れ。
だというのに、今日の王はどういうわけか落ち着きがなく、なかなか言葉が出てこないようであった。
よもや隣の爺さんと同じ症状なのだろうかと危惧していたところ、王はやっとその重い口を開く。
「みな、急な呼び出しによく応じてくれた……。北方の地より重要な知らせが届いたゆえ、大臣ならびに各師団長に緊急招集をかけたことを許すがよい。これからお主たちに知らされることは、目を背けたくなることかもしれぬ……」
臣下一同が王の言葉に耳を傾けていた。
いつもの威厳ある王という印象はすっかり影を潜め、怯えた子供がしゃべっているようにも見える。
それほどまで穏やかでない事態が起きているのは、誰の目にも明らかであった。
「だが、お主たちであれば、これから訪れる難局もきっと乗り越えてくれると信じておる!」
王の言葉に熱がこもる。
それは私たち臣下に対しての激励というよりも、王自らを鼓舞するかのようにも思えた。
しかし、それでも国王の言葉に感銘を受けたのか、謁見の間にいる者たちは闘志をみなぎらせているように見える。
単純な連中なのかもしれない。
「では、伝令を連れて参れ!」
王の言葉に応じて、謁見の間に通されたのはひどくボロボロになった男であった。
そして、彼の口から聞かされた情報は、この場にいる者たちの闘志を一瞬にして霧散させることになる。
謁見の間がざわめいていた。
周囲を見渡せば、喚き散らしながら部下に八つ当たりをする者もいれば、白目をむいたまま失神をする者まで出る始末。
だが、それも仕方がないことなのかもしれない。
なにせ、伝令が発した言葉は、我ら人類の天敵たる存在の出現を示唆していたのだから。
「――魔王。それも『絶対無敵の魔王』ときたか」
思わずひとり言が漏れる。
子供の口喧嘩で聞くような名称に失笑してしまいそうだが、こと魔王に関しては笑い事では済まない。
なぜならば魔王の名というものは、彼らの特性や能力を指し示しているものだからだ。
つまり、文字どおり絶対無敵の存在が出現したということなのである。
「魔術研究大臣! お主、なにかよい魔法を作り出せぬのか!?」
ついさっきまでべつの世界線をさまよっていた魔術師団長が現実世界に戻っていた。
あまりの衝撃に騎士団長は気絶し、宰相が発狂しているというのに、正気に戻るパターンがあることに驚く。
だが、最年少大臣である私にそのようなことを言われても妙案など思いつくはずもなかろう。
「絶対無敵に対抗できる魔法と言われましても、すぐには思い浮かびませんよ」
「じゃが、今回の魔王は小手先でなんとかなるとは思えぬ。魔法こそが切り札じゃろう?」
「ですかねえ……」
「騎士団も魔術師団もこれから防衛のために前線に出ねばならぬ。勝敗の鍵はお主が握っておるのかもしれぬぞ」
「私がですか?」
「姫を守ったというお主が大臣になったのは、なにか運命のようなものをひしひしと感じるのじゃ!」
爺さんが拳を握りしめて力説していた。
そもそも、ひしひしと言われてもね。
私からすると、あの世から爺さんのお迎えがひたひたと近づいているように思えてならない。
運命を感じるよりも自分の命運が尽きるほうを心配してほしいものだ。
「買いかぶり過ぎではないでしょうか」
「ふん! じゃが、貴族どもじゃ役には立たぬであろう?」
爺さんの声が低くなった。
貴族が嫌いなのだろうか。
「たしかに。こういう場合は、私たちみたいな人間が矢面に立たされますからね」
私の言葉に爺さんがうなずく。
なぜならば、働くという行為は労働階級の人間がするものと決まっているからだ。
一方で貴族の地位にある者は、騎士団長や魔術師団長、それに大臣といった国の要職に就くことはできない。
権力を持った者が、さらに力ある立場に居座ってしまえば、腐敗を食い止める者がいなくなるという考えが根底にあるからだ。
それでなくても貴族の権力というものは強大で、国の方針に大きな影響を与えている。
たとえば、すぐそこにいる騎士団長や宰相もかなり有力な貴族がバックに付いていて、特権階級が有利になるような活動をしているのは公然の秘密だ。
しかも、そういった利益誘導がバレたとしても、操っていた人間にすべての責任を負わせれば貴族たちにダメージは無い。
私が言うべきことではないのかもしれないが、この国は一部既得権益層の都合によって動いているのだ。
「さて、副団長行くぞい。あとは魔術研究大臣がなんとかしてくれるじゃろう」
「はい団長」
「おっと、前線に出る前に愛犬のヨシヒロを息子夫婦に預けておくかの」
そう言うと魔術師団長の爺さんは副団長を伴って謁見の間から去っていった。
……って! ヨシヒロって犬かよ!
なんだよあの爺さん。
しかも、私が勝敗の鍵を握っているとか言っているし。
軽く引き受けた大臣職ではあったがちょっと責任が重すぎやしないだろうか。
「だからといって逃げるわけにもいかないよなあ……」
そうだな、まずは過去の魔王のことでも調べるところから始めよう。