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03話 出世街道

 私の怪我の具合でも語ろうと思ったのだが、医者に「ほぼ無傷だから、もう帰っていいよ」と言われたので話すことはない。

 そのあまりにもおざなりな態度に異議を唱えようにも「あなたが気絶したのは爆発の衝撃ではなくて、恐怖のあまり失神しただけです」と先手まで打たれては言い返すことなどできやしないだろう。

 むしろ赤面してベッドの中で悶絶(もんぜつ)してしまったほどだ。

 あまつさえ知らないうちに下着が新品になっていたのだから早々に撤退すべきなのは言うまでもない。

 自分の名誉を守るためには、知らないほうがいいこともあるのだ。




 ◇




「なんやねん自分。面会謝絶言うとったから最低でも三日くらいかかる思うとったのに、まさかの当日退院かいな」

「そうみたいです。うまく魔法障壁が作動したんでしょうかねぇ……」

「意外性の男やな。虚をつかれたわ」


 退院した私が仕方なくアパートに帰ろうと思ったところ、すぐさまチンピラ貴族の使いと名乗る男がやってきた。

 王城から全力疾走でもしたかのような汗だくの男に話しかけられるのは、はなはだ迷惑であったが、治療費を全額持ってくれると言われたものだから、不本意ではあるが話を聞いてやることにした。

 こうして私は王城の一室へ通されて、つい数時間前まで話をしていたチンピラと再会したのである。


「ほんで大臣になる覚悟はええんか? 当たり前やけど若いってだけで嫉妬とかされるかもしれんで」


 自分で誘っておきながら気遣ってくれるのか。

 見た目は悪そうなのに、根は善人なのかもしれないな。


「いろいろ心配になることはあります。でも、こういうのは飛び込まないとなにも変わりませんからね」

「ええやん。そういう気持ちは大切やで。ともかく自分そこの席に座っとき」


 通された席に座ると、ピカピカに磨かれた重厚なテーブルの上にいくつもの書類が置かれていた。

 どうやら国との契約書のようで、内容は守秘義務や、王国に忠誠を誓えなどとありきたりな文面だ。

 チンピラ貴族の執事に手ほどきを受けながら、私はいくつもの書類にサインをしていく。

 しっかり中身を確認したが、正式な書類ということに間違いはないようだ。


「若いのに大したもんやな。まあ、あの爆発で生き残れるんやったら、実力はそこそこあるんやろな」

「少々魔法が得意ってくらいですね。それで私のポストは、ここに書かれてある魔術研究大臣なんですか?」

「せやで。新たな魔法を開発するための行政機関や。兄ちゃんが働く予定やった会社とも協力しとるんやで」


 チンピラが少し誇らしげに喋る。

 魔法は人々の生活に影響があるだけに、いいポストを紹介してやったと思っているのだろうか。

 悪巧みしているような顔にしか見えない。


 しかし、魔法か……。

 古の時代に使われていた初期の魔法というものはシンプルなものばかりであったという。

 時代が進んでいくと、人々は既存の魔法だけでは飽き足らず、つぎつぎと新たな魔法を生み出してくこととなる。

 そんな中、誰もが羨むような強力な魔法というものも誕生するわけだが、これをひとり占めしようとする者が誕生した。

 やがて、それは力を持つ者と持たざる者に分け隔てられることとなる。

 身分制度の始まりであった。


「ほんで兄ちゃん、自分の仕事はわかっとるんか?」

「はい。新たな魔法を開発して国の財産にすることと、その新魔法が安全であれば国民と共有することでしたよね」」

「ようわかっとるやん。昔は魔法を独占しとった連中もおったようやけどな」


 貴族という身分は、古の時代に強力な魔法をひとり占めにした人たちの末裔(まつえい)である。

 だが、その貴族であるチンピラが苦々しい顔をするほどに、魔法を独り占めにする行為には大きなデメリットがあるのだ。

 それは――。


「人類の脅威に対抗するには人間ひとりひとりが強くならなければならない、でしたっけ」

「そういうこっちゃ。数百年に一度出現すると言われとる魔王と戦うには、人類が協力せなあかんからな」


 ――魔王。

 機械の時代と呼ばれた超古代文明の滅亡に深く関わったとされる強力な生命体だ。

 人類が栄えるとどこからともなく出現してあらゆるものを破壊し尽くすことから、我らにとっては天敵とも呼べる存在。

 その圧倒的な戦闘力はたった数十年で人類の半数を死滅させるとも言われており、人々が力を合わせなければ打ち勝つことは不可能とさえ言われている。

 このような化け物、私が生きている間に出てこないでほしいものだな。


「なんや。自分、もうサイン終わったん?」

「はい、これで大丈夫なんですよね」

「どれどれ? ええやん、バッチリやで。さすがええ大学出とる子はちゃうんやなあ」


 執事に説明を受けながらサインしたわけだし、私の能力はもちろん、大学は関係ないのではなかろうか。

 そう思うも、目の間のチンピラは妙に感心した表情を見せていた。

 人を乗せるのがうまい人間なのかもしれない。


「ほな、あとで王様にハンコもろとくからな。後日執り行われる任命式が終われば大臣や。なんか質問あるんやったら今のうちに言うとって」

「では、ひとつ聞いていいですか」

「ええよ。兄ちゃんと俺の仲や、なんでも答えたるわ」

「どうしてここまで親身になってくれるんでしょうか。あなたにそこまでメリットがあるようには思えませんけど」


 姫様の恩人とはいえ、わざわざ貴族が新社会人の私にすり寄ってくる理由はなんなのだろうか。

 なにか裏があることは間違いないのだろうが、都合よく使われてから捨てられるようなことだけは避けておきたい。

 チンピラ貴族のほうを見ると、特に表情を変えることもなく楽しそうに笑っていた。

 さて、どこまでしゃべってくれるのやら。


「なんやねん自分、めっちゃ警戒しとるやん。ちゃんと答えたるから安心しとき」

「はい、お願いします」

「簡単に言うとやな、貴族っちゅうのは金がかかるんや。やれ舞踏会だの晩餐会(ばんさんかい)だの、面倒なことだらけやねん」

「外から見ると楽しそうに見えますけど、大変なんですか?」

「あんなん、ただの権力争いやで。外面はニコニコやけど、内面はドロドロや。でな、兄ちゃんに頼みたいんは――」

「頼みたいのは?」


 ヘラヘラ笑っていた男が、真顔で私を見つめてくる。


「すばり――金や」


 その言葉に自身の顔がこわばるのを自覚する。

 もしかして悪事に手を染めろということなのだろうか。


「あー、そないな顔せんでええで。べつに悪いことやない。貴族とコネを作りたい連中から金を集めるだけや」

「コネ……ですか?」

「せや、権力者に取り入ろうとしてくる連中はウジャウジャおるんや。商人に著名人、それに腕っぷしが強いのとかな」

「それで私がその窓口ということですか?」

「兄ちゃんは姫さんを救った有名人やからな。顔が知られとるってことはメリットやろ?」


 悪名は無名に勝るとはいうが、やはり知名度というのは重要なのだろうか。

 偶然とはいえ姫様を守ったという私の看板は、思っている以上に効果があるのかもしれない。

 でも、あの姫様なら私がいなくても五体満足どころか平然としてそうな気もするんだけど……。


「ま、兄ちゃんは群がってきた連中にパー券を売ってくれればええだけや」

「パーティー券ですか」

「俺らに売上が入ってくる。買った連中は貴族とコネができる。お互い損はせんやろ。ついでに、兄ちゃんにもメリットはあるんやで」

「私にもですか?」

「俺の権力が強くなれば、関係者である兄ちゃんの権力も比例して強くなるんや。ええ話やろ?」


 ずいぶんと都合のいい話のように思える。

 だが、私とて子供ではない。

 上流階級の人間はつねに利権の奪い合いをしていることから派閥のようなものができる。

 その派閥というものは、金や権力という結びつきによって所属する人たちに強固な関係を築かせるものだ。

 たとえ、気に食わない人間がいたとしても、金と権力の誘惑から逃れる者などそう多くはない。

 だがしかし――。


「あー、しもうた。俺、これから用事があるんやったわ」


 目の前でチンピラ貴族が時計を見ながら、あからさまに慌てるような姿を見せていた。

 どうやら話は終わりだから、とっとと帰れと言いたいのかもしれない。


「そうですか。では私はここでお(いとま)させてもらいます」

「すまんな兄ちゃん。俺、これからパーティー行かなあかんねん」


 理由はわからないが、そのセリフは時期的にものすごく危険な気がする。


 ともかく、こうして私は新社会人ながらいきなり大出世ということになった。

 私だけではなく、貴族や貴族に群がる人たちにメリットがあるのであれば、誰も損をしないはずだ。

 しかし、王城からアパートへの帰路で見かけた王都住人の姿を見ると、どういうわけか大きく道を踏み外してしまったかのように思えた。

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