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02話 白い部屋

 私は白い部屋にいた。

 場所に心当たりはない。

 自身の行動を思い返してみたものの、あるときを境に記憶がふつりと途切れている。

 その記憶というのは、姫様につかまれつつも白い光に包まれていたという、濃密なイベントラッシュのまっただ中。

 私はどうなってしまったのだろうか。


 もしや、ここは天国という場所なのかもしれない。

 この二十年あまりの人生において、記憶が途切れるような異常事態など経験したことがないのだ。

 すでに最悪の結末を迎えたとしてもおかしくはない。

 気になることといえば私の死因であろうか。

 謎の白い光か、それとも姫様の胃袋か……。


 個人的には前者だと思う。

 白い光と白い部屋であれば『白』という共通点もあるし、記憶が飛んだタイミングもバッチリだ。

 そもそも胃袋の中であれば『白』という色には結びつかないではないか。

 ひと安心だ。


 ……いや、ちょっと待て。

 本当に胃袋と『白』は関連が無いのだろうか。

 もしも、胃袋の先にある腸というS字カーブやクランクを通り抜けていたのであれば、その先にあるのは白い陶器。

 まさか、もうトイレに……?

 果敢に会社前の曲がり角を攻めたら、うっかり人生の曲がり角に突入してしまって、最速ラップで人生のチェッカーフラッグを受けてしまったと!?

 あまりにも無慈悲な結末を想像したせいか、我を忘れて叫びたくなるも、不意に聞こえてきたノック音を聞いて正気に戻る。


「失礼します」

「あ、はい」


 若い女性の声であった。

 しばらくすると、目の前の白――医療用カーテンが開け放たれ、看護師が姿を見せる。

 なるほど、ここは天国ではなく医療施設のベッドだったというわけだ。

 死んでいなかったことよりも、トイレの中ではなかったことに安堵(あんど)してしまう。


「あら? 目が覚めたんですねー。どこか痛いところとかありませんかー」


 フランクに声をかけてきた看護師はとても美しい人であった。

 自然美を体現したかのような女性とでも言えばいいのだろうか、突き抜ける青い空の下、白いワンピース姿で草原を歩いている姿が似合いそうだ。

 見ているだけで胸の奥が締め付けられるような息苦しさを感じてしまう。

 もしや、これが恋? なのだろうか。


 ――あなたを見ていると胸が痛いです。


 思わずそんな言葉を口ずさもうと看護師のほうに視線を向けたところ、彼女の背後にガラの悪そうなチンピラがいた。

 なにが楽しいのかわからないが、ニコニコとした笑みのまま私のほうを見ているようだ。

 チンピラと目が合ってしまう。


「おー兄ちゃん起きとるやんけ! はは! なに自分、めっちゃ大変やったみたいやん?」

「な!? なんなんですかあなたは! 勝手に入ってもらっては困ります!」


 看護師のお姉さんもびっくりして大声をあげているのだから、予想だにしなかった人物なのだろう。

 それよりも、看護師さんと同じ部屋で過ごすというささやかな夢がもろくも崩れ去ったことが腹立たしい。

 今すぐにでも出ていってほしいのだが、チンピラはこちらの都合などお構いなしといった感じでグイグイと近づいてきた。


「どなたか知りませんが、この方は面会謝絶なんですよ! 出ていってください!」


 看護師さんが語気を荒らげて怒鳴っていた。 

 しかし、美人というものは怒っていても美しいな。


「いやいや。ちょっと、そこの兄ちゃんに話があるんや。姉ちゃん、席外してくれへん?」

「後日改めて来てください!」

「ええやんけ」

「よくないです!」

「俺がええってゆうとるんや!! とっとと出ていかんかい!! このボケが!! 殺すぞ!!」

「ひっ!」


 チンピラがブチ切れて怒鳴り散らすと、看護師さんが泣きながらどこかへ行ってしまった。

 しかし、美人というものは泣いても美しいな。

 ……って! ちょっと!? このチンピラとふたりきりにするのはやめてー!

 などと、本人の前で助けを呼ぶことなどできるはずもなく、私は怖い人と病室で顔を合わせることになってしまった。


「ホンマ、なんやねんあいつは。兄ちゃんもそう思うやろ?」

「え!? ええっと、目が覚めたばかりで事情がわからないんですけど」


 医療施設と看護師の組み合わせに異論を唱えられても困るし、賛同などできるはずもなかろう。

 むしろ、目の前にいるチンピラこそが『なんやねん、こいつ』である。

 だが、私は平和主義者であり、まずは話し合いという理念を掲げているからそんなことを言えるはずもない。

 決して怖いわけではない。


「すみません。少々記憶が飛んでいまして。もしや、あなた様は私の知り合いだったりするのでしょうか」

「んなわけあるかいな。兄ちゃんとは初対面や」

「では、なにか用事でしょうか」

「なんや、自分せっかちやな。まあええわ。実はな兄ちゃんに伝言があって来たんや」


 さっきの怒りの表情はどこへやら、目の前のチンピラは満面の笑みを浮かべながらもベッド脇に腰かけてきた。

 妙になれなれしい人だな。


「その前にな、今日の朝刊見てくれへん?」


 チンピラが私のほうに新聞を手渡してきた。

 有名な大衆紙ではあるが、近年は売上も落ちているらしく紙面における広告の割合が増えたと聞いたことがある。

 気を失っていた時間はどれほどなのかと思い、日付を確認すると入社式の翌日のようであった。

 よもや日付を間違えていることはあるまい。

 ……ないよね?

 ともかく読んでみようか。


「えーと今日の番組は……」

「いやいや! なんでラテ欄からやねーん! 一面見ろやー! って、自分おもろいなあ」


 チンピラがちょっと楽しそうな顔でツッコミを入れてきた。

 本当に番組が気になっていたとは口が裂けても言わないほうがよさそうだな。

 あー、アニメの録画ができていなかったらどうしよう。

 そんなことよりも、今は言われたとおり新聞を読むか。

 なになに……。


『株式会社マギアで爆発』『死者47名』『歓迎会のための小道具が原因か』


 紙面を踊る単語を見た瞬間、汗が滝のように流れ出てきた。

 記憶の最後にこびり付いている白い光こそが爆発したタイミングなのだろう。

 しかも、この死者数を見るかぎり大惨事ということは間違いない。

 遅刻をしていなければ私も爆発に巻き込まれていたのだ。

 それに歓迎会のためということであれば、間接的ではあるが私にも原因がある。

 もしや、このチンピラは捜査関係者だったりするのだろうか。


「事故のことでなにか聞きたいのでしょうか」

「なに言うとんねん。もうちょい下のほう見てや」

「下ですか?」


 彼の指が示している場所に目を落とす。


『姫殿下危機一髪』『勇敢な青年によって命を救われる』


 そこに掲載されている姫様の写真は、紛れもなく曲がり角でぶつかった令嬢であった。

 内容を読んでみると、爆発のときに私が魔法障壁を出して姫様とメイドを命がけで守ったと書かれてある。

 しかし、あのときの私は自分の身を守ることで精一杯だったのだ。

 たまたま姫に捕食されかかっていたからこそ、近くにいた両名が無事であったというだけでしかない。


「今の兄ちゃんはちょっとした有名人なんやで」

「はあ……」

「でな、国王からすると兄ちゃんは自分の娘を助けた恩人や。大恩人や。そら、なんかせなあかんって話になるやろ」


 国王の話が出たからか、チンピラが真剣な表情をしていた。


「国王陛下からですか。どうしてあなたがそれを知っているんでしょうか」

「そんなもん、俺が貴族やからに決まっとるやろ」


 この小悪党が貴族?

 いかにも悪巧みをしていますといった面構えをしておきながら、貴族と申したか?

 山賊、海賊、盗賊のどれかを呼称してくれればすんなり納得できたというのに、急にうさんくさい話になってきたな。

 もしや義賊と聞き間違えでもしたのだろうか。


「うわっ、なにその顔! めっちゃ疑っとるやん。いやいやマジやねん。貴族のボンボンやから、遊び人っぽく見えるだけやねん」

「まあ、貴族ということはわかりましたけど。それで伝言とはなんでしょうか」

「姫の恩人やろ? せやから国の役職を与えようって話になったんや。ほんで、その伝言を頼まれたっちゅーわけやな」


 姫様を助けたから出世というわけか。

 しかし、私みたいな新社会人がいきなり国の役職というのはいかがなものなのだろうか。

 周囲からの妬みや嫉みで神経がすり減ってしまうかもしれない。


「私で大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫や。そもそも兄ちゃんところの会社から大臣を選ぶ慣例があるんや。しかも急に空きができよったしな」

「役職って大臣なんですか? 私には荷が重いような気もしますが。それに空きができたって……」

「せやねん。前の大臣がな、兄ちゃんの歓迎会に参加しようとして爆死しとんねん。笑えるやろ?」


 まったく笑えなかった。

 勤務先が爆発した挙げ句、同僚になろうかという人たちが事故死したというのに笑えるはずもなかろう。

 命が助かっただけでも幸運だというのに、さらに役職まで仰せつかるとあっては、私に疑惑が向いたとしても不思議ではない。

 しかも大臣といえば、王の補佐をする宰相を筆頭とした要職中の要職である。

 ここは断ったほうがいいのだろうか。


「まあ、嫌なら断ってもええんやけどなあ……。でも、平社員のままならこき使われるだけやし、めっちゃキツイで?」

「やっぱりキツイんでしょうか」

「そらそうやろ。貴族が楽して食うために平民がおるんやで。それが社会の仕組みやん?」


 チンピラがさも当然というような表情をしていた。

 王政であるこの国の民は、貴族と呼ばれる上流階級とそれ以外の労働階級にわかれている。

 私もその労働階級だからこそ、大学卒業後に会社勤めをしようとしていたわけだ。

 もっとも、その会社が爆発してしまったらしいが。


「姫の恩人である兄ちゃんなら、ええ暮らしできるかもしれへんのやけどなあ……。で、どうすんや?」


 チンピラがこちらを試すかのような物言いをしてくる。

 労働階級の生活は決して楽なものでないことくらいわかっているさ。 

 特に最近は物価だけではなく税率まで引き上げられており、民の不満は日に日に高まっているように思える。

 私の実家とてそうだ。

 猛勉強をしてまで王立魔法大学という難関を目指したのは、できるかぎり家計の負担を減らすことが目的だったのだ。

 だからこそ、苦労したぶん報われたいと思うのは当然であろう。

 迷うことはない。


「……その大役、承らせてもらいます」

「お! 兄ちゃん話がわかるタイプやな。ええで、そういうの嫌いやないわ」

「右も左もわからない新人で、迷惑をかけるかもしれませんが……」

「んなもん気にせんでええねん。若いんやからそれくらい当然や。退院したら迎えにいくからそれまでゆっくりしといてなー」


 こうして私は国の重要ポストである大臣職を引き受けることになったのだ。

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