見え過ぎる王子様~転生条件は計画的に~
突然だが「神様転生」「王族」「チート付き」と聞いてみなさんは何を想像するだろう。
おそらく、十人中九人以上の頭に『勝ち組』という言葉がよぎるのではないだろうか(残る一人はきっと「噛ませ」とか「踏み台」だ)。
僕は前世、交通事故で命を落とし、神と呼ばれる存在にチート能力と誰もが認める美しい容姿を与えられ王族に転生した。生まれながらにして、いや生まれる前から全てに恵まれた存在がこの僕。
なのだけど、今になって少し後悔している──転生条件、もっと詳しく詰めときゃよかったな、と。
「……ルキウス様。もう、ルキウス様」
「──ん? シータか」
僕が本から顔を上げると、緩くウエーブのかかった黒髪のメイドが腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。お付きのメイドの一人、シータだ。
「シータか、じゃないですよ。ずっと探してたんですから、返事ぐらいしてください」
「ああ、悪かった」
「もう。そう言って、本を読みだしたら集中して全然声なんて聞こえないんですから。ルキウス様はまだ八歳なんですから、もっと外で身体を動かしたらいかがです?」
「気が向いたらな」
「それ、気が向かない、ってことじゃないですか。何を読んでらっしゃったんです……『人体解剖学全書』? また子供らしくないものを」
呆れたようにシータが嘆息する。彼女は僕がオシメをしていたころからの付き合いということもあって、王族である僕に対してまったく遠慮がない。僕としてもそうした関係性に全く不満はないが、ただ一つ、こうして僕の読書を邪魔してくることだけはいただけない。手にした厚さ一五センチはあろうかという書籍を取り上げられないように身体で隠しながら話題を逸らした。
「それよりも何の用だ? 何か用があったから呼んでいたのだろう?」
「そうでした。剣のお稽古のお時間ですよ。ガイウス団長がお待ちです」
しかしすぐ逸らさなきゃ良かったと後悔して顔を顰める。
「……体調が悪い」
「わがまま言わないでください。剣術は貴族の嗜みですよ」
「……王族が戦わなければならなくなったら、その時点で駄目だろう」
「別に戦えなんて言ってません。嗜めと言ってるんです」
「……別に嗜むのは剣術でなくてもいいじゃないか」
「はいはい。少しは身体を動かさないと、大きくなれませんよ」
ほら、と僕は小さな身体をシータに軽々持ち上げられて、楽園である図書室から連れ出された。
「さあ、打ち込んできてください!」
「…………」
宮廷内の王族専用の訓練所。
むさ苦しい筋骨隆々の騎士に両手を広げかかってこいと言われ、僕はそのまま回れ右して帰りたくなった。これがシータ相手なら喜んで飛び込んでいくのに。
「さあルキウス様! さあ! さあ!」
「……はぁ」
僕は諦めて手にした木剣を振り上げて、思い切りガイウス相手に打ち込んだ。
「やぁ!」
子供の膂力での打ち込み。当然速度も威力も成人からすれば児戯そのものだ。しかし無駄のないキレイな型で放たれた僕の一撃を、ガイウスは満足そうに受け止めた。
「よし! いい動きです! やはりルキウス様は筋がいい!」
当たり前だ。仮にも僕はチート能力持ちだぞ……身体能力チートはないけど。
「さあ! 今度はこちらから行きますよ!」
暑苦しい掛け声を発し、ガイウスが攻撃を仕掛けてくる。子供が受け止められる速度を見極めての攻撃であるはずだが、かなり速い。僕はこれに対し、やむを得ずチート能力を発動させ対抗した。
『鑑定の魔眼』──これが僕が神に与えられたチート能力である。
テンプレな能力ではあるが、それ故にこの能力の応用性はかなり高い。このチート能力を一言で言うならば、リアルタイムであらゆる物事の情報を取得することができる眼。微細な筋肉の動きや力、魔力の流れを数値で正確に把握する解析眼と言えば、かなり戦闘面でも強そうな気がするだろう?
問題を挙げるとすれば──
(上腕三頭筋始動、総指伸筋、回外筋連動。腓腹筋、大殿筋、縫工筋に緊張有り)
視覚に飛び込んできた膨大な量の情報を脳内で必死に処理し、ガイウスの動きを予測する。
(広背筋と外腹斜筋に偏り──ここだ!)
──カァン!
「おぉっ! 流石ですな、ルキウス様!」
キレイに自分の打ち込みが防がれたことに、ガイウスは満面の笑みを浮かべる。
「さあ、次々行きますぞ!」
連続して放たれるガイウスの打ち込みを、僕は彼の全身をくまなく分析することで必死に防いだ──片頭痛と吐き気を必死に堪えて。
この『鑑定の魔眼』の最大の欠点は、得られる情報が詳細過ぎることだ。
例えば剣を鑑定しても、その剣の攻撃力とか価値とか、曖昧な情報は一切入ってこない。と言うより、攻撃力は剣がどう振るわれるかとセットだし、金銭価値は相対評価。リアルではそんな情報が存在しないというべきか。
分かるのはその剣の材質、強度、偏りといった詳細情報。要は、得られた情報を僕が分析しなおさなければ、意味わかんねーってこった。
人間を鑑定した時なんて最悪だ。人間にレベルとか能力の目安を示すものなんてあるわけがない。全身の筋肉一つ一つの強度、状態、あるいは内臓の疾患、生理機能といった、それそのものを示されても理解に苦しむような情報しか得られないのだ。
それでも僕は諦めず、本を読んで知識を蓄え、得られる情報の意味を理解してチート能力を少しでも役立てれるよう頑張ってきた。そもそも僕は前世ではラノベぐらいしか読まなかったし、決して読書好きではない。好き好んで解剖学の本を読んでいるわけではなく、それが必要だから仕方なく読んでいるのだ。
「いいですぞ! はい! それ! これはどうです!?」
嬉しそうに打ち込んでくるガイウスに、吐き気がしてくる。情報量が多すぎて脳がパンクしそうになるからというのもあるが。
(くそっ! 何が悲しくておっさんの上腕筋やらハムストリングスなんぞ観察しなきゃならないんだ!)
つまりは、そういうことである。
これが美人の女騎士とかならやる気が出るかもしれないが、この国では基本女性は戦いに出ない。だから僕は、この剣術の稽古が嫌いだった。
「はい。お疲れ様です。ルキウス様」
「……疲れた。もう寝たい。添い寝してくれ」
思わず本音が漏れるが、シータはあっさりスルーする。
「ダメです。この後、王族の方は全員参加の食事会がありますから、身体を洗ってきてください」
「……聞いてないぞ」
「言ったらルキウス様、理由つけて逃げちゃうじゃないですか。今日の食事会は陛下も参加されますから、絶対欠席しちゃダメですよ」
「……はぁ」
家族との対面、僕にとって気が重いイベントの一つだ。
「おお、久しぶりだなルキウス。前回の食事会では体調を崩したということで姿が見えなかったから、心配していたのだぞ」
僕の父であるアーレス・オルダレアが穏やかな笑みを浮かべてこちらに話しかけてくる。実際、王とは思えないほど温厚で気さくなこの人が、僕は嫌いではなかった。
「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません、陛下。もうすっかり体調は戻りましたので、大丈夫です」
「そうかそうか」
「ルキウスは読書ばかりしているからな、もう少し身体を動かさないと強くなれないぞ」
「兄上。人には向き不向きがありますから」
楽しそうに父と兄たちが談笑し、その様子を母と姉が微笑ましく見守る。
とても仲の良さそうな家族の一幕。僕は末っ子の第七王子なので、こうした場ではニコニコ笑っているのが役割だ。
「はいはい。それじゃあ食事にしましょう」
王妃の言葉で食事が運ばれてくる。
(…………はぁ、やっぱり)
僕はそこで見たくもないものを見て、表情には出さずうんざりする。
──毒だ。
(陛下と、第一王子の食事にだけ……それもすぐに死に至るような量じゃあない)
少しずつ身体を弱らせ、確実に命を削っていく遅効性の毒。仮に僕がここで毒の存在を指摘したとしても、この世界の技術でそれを検出することは難しいだろう。
要はこの一見仲の良さそうな家族も、裏では権力争いでドロドロの関係というわけだ。
順当に考えれば第二王子の仕業だが、彼は素行が悪く貴族からの支持が薄いので、第三王子あたりも怪しい。僕自身は王位継承権が下位なので今のところターゲットになっていないようだが、能力を示してしまえばいつどうなるかわからない。
(まぁ……それだけならいいんだけど)
見え過ぎる僕には他にも色んなものが見えていた。
(ああ……母上、今日も陛下以外の方と。あの使用人、この国の人間じゃないな……宮廷内まで他国のスパイが潜り込むとか、内通者かな)
母親の体内に父親以外の体液が入っているのを知ってしまったり。
化粧で誤魔化しているが異民族の刺青が刻まれた使用人が紛れ込んでいるのを見つけてしまったり。
食事会はいつも、見たくないものばかりが見えてしまう。
(うわ……とうとう小兄様まで毒牙に……)
ちなみに今僕が一番恐怖しているのが、第三王子の男色趣味。
彼は表向きうまく偽装しているが見目麗しい年下の少年が好みらしく、使用人や側近だけに飽き足らず最近は実の弟にまで手を出していた。
こうなると、神に頼んだ僕のイケメンフェイスが逆に疎ましい。
(能力はピーキーで使い勝手が悪い。王子だけど、家族はドロドロでいつ命と尻を狙われてもおかしくない危うい立場。あげく、どうもこの国自体に暗雲の兆し有り……)
客観的に見て勝ち組には違いないのだが、その実態が見えるだけにそんな気になれない。
(ああ……いっそ何も知らずに呑気に笑ってたいな……)
見え過ぎる僕は、今日も内心の溜息を噛み殺し、勝ち組のふりをしてニコニコ笑った。